第64話 荒海へと漕ぎ出す機人たち 19
「悪いけど見逃してくれないか。僕は今、誰とも戦いたくないんだ」
「そいつはお前の勝手だ。俺は今ここで俺に恥をかかせた機械をスクラップにするだけだ」
「どうしてもやる気か」
僕の全身に緊張が走った。『タナティックエンジン』が起動しなければ、奴の言葉通り僕はスクラップだ。しかし起動すれば逆に僕がこいつを殺してしまうだろう。僕は少しづつ、後ずさっていった。
「逃がさねえぜ」
鬼藤は大股で足を前に踏みだすと、脇腹のハッチを開けて鎖のついた鉄球を取りだした。どうやら奴の強化は骨や筋肉に留まらず、内臓にまで及んでいるらしい。
僕は身構えつつ、鬼藤が手にしている武器の動きを追った。
「こいつが何かわかるか。スクラップ工場で機人を潰すのに使う道具のミニチュアだ。俺はお前を黙らせるのに失敗してから、毎日工場で機人を潰してきたんだ。楽しかったぜ」
鬼藤は僕を睨み付けると、嬉しそうに舌なめずりを始めた。
「命ある物を潰すことしか楽しみがないお前より、潰された機人たちの方が生き物としてまともだとは思わないのか」
「くだらないことを言うな。機械に心などあるものか。……あの時だってそうだ。潰そうとした機械が急に命乞いみたいな事をしたがるから、俺の手足が……くそっ」
鬼藤の目に暗い光が宿ると同時に、動きがぎくしゃくし始めた。どうやら奴が身体の大半を損傷したのは、工場での事故が原因らしかった。
「――死ね、ガラクタ!」
鬼藤が吠えた瞬間、僕の左側を凄まじい衝撃が見舞った。僕は横ざまに吹っ飛ぶと近くの電柱に激突した。
「ははは、ざまはないな。一度は俺を殺しかけた奴とはとても思えねえ」
やっとの思い上体を起こした僕は、折れた左腕をかばいながら、僕はやはりこいつはまだ人間だ、と思った。奴の笑いの中に混じっている狂気は紛れもなく『人間』の名残りだ。
「ちょっとは楽しませてくれよ、機人の小僧。弱すぎて手ごたえがないぜ」
鬼藤は目に嘲りの色を浮かべると、鎖を握った手をこれ見よがしにつき出した。
「あぶない基紀、逃げろっ」
ショウの声に反応し、逃げようとした僕の左脚を鬼藤の鉄球が襲った。
「――ぎゃっ」
「いいざまだ。手足の次は胴体、最後は頭を潰してやる」
僕は腹ばいになったまま呻いた。頭を潰されたらいくら『タナティックエンジン』が搭載されていても一巻の終わりだ。
「さて、お次は背中と行こうか、虫けら君」
頭上で鉄球が空気を鳴らず音が聞こえ、僕は辛うじて動く右手と左脚で地面を這った。
「逃げてもいいぞ、機人。逃げられるものならな」
鬼藤の勝ち誇った笑い声が聞こえ、僕が死を覚悟したその時だった。突然、全身が震え出すと額が割れ、銃身が身体の外に伸びた。
「――くたばれ!」
叫びと同時に銃口が火を噴き、鉄球が放たれるより一瞬早く鬼藤の足が撃ち抜かれた。
「ぐあああっ」
鬼藤が絶叫し、鉄球が地面に落ちる音と重い身体が地面に投げ出される音がした。
「今だ、立て基紀」
ショウの声が聞こえ、僕は潰された左脚を引きずりながら立ちあがった。
「畜生……からくり人形のくせに、いい気になるなよ小僧」
鬼藤は片足を銃で撃たれたにも拘らず、腕と無事な方の足だけで即座に身を起こした。
「基紀、奴も片足をやられてる。試合中にダメージを負った時の戦い方はわかるな?同じ条件なら小回りの効くお前に分がある」
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