第53話 荒海へと漕ぎ出す機人たち 8


「なんだ、てっきり料理店だと思ったら、違うのか。ちょうど腹がすいたところなんだがな」


 『変身屋』の戸を開けて入ってきたのは鼻の下に髭を蓄えた恰幅のいい男性機人だった。


「残念だけど、料理は出ないよ。お客さん人相よくないね。私と同じ闇稼業の臭いするね」


 周が遠慮のない感想を口にすると、男性は「たしかにな」と笑いだした。


「やあマルセリーノ坊や。久しぶりだな」


「あんたは……ええと」


 店先に現れたスティンガーが声をかけると、髭の機人は愛想笑いを引っ込めて唸り始めた。


「今はスティンガーと名乗っている。実はショウが『機生界』がらみのトラブルで拉致された。機人刑務所に収監されたんだが、どうにかならないか?」


 ショウがいきなり本題を口にすると、マルセリーノと呼ばれた機人は「ショウが?本当か」と表情を曇らせた。


「坊やがまだストリートギャングの使いっ走りをしてた頃、ショウにさんざん世話になったろう?かつての兄貴分がピンチなんだ。力を貸してもらえないかな」


「確かにショウのピンチと聞いちゃあ、知らん顔はできない。……だが、『機生界』がらみとなると少々、厄介だ。とうとう奴ら、機人刑務所とつるみ始めたか」


「とりあえず、脱獄……救出の手引きだけしてくれればいい。後は私が何とかする」


「そうしてくれると有り難い。なにせマフィアもこう見えて忙しいんでな。俺が手助けに割ける期間はせいぜい、三日だ。マフィアのボスが組織を五日も六日も放っておいたら、手下どもが喰い詰めてみんな堅気になっちまう」


「監獄に潜入する手だてはあるのか?」


「ないこともない。あそこには俺の手下が常に何人か世話になっている。ちょうど脱獄にかけちゃ一級品の腕利きが入ってるはずだ」


「脱獄のプロだと?」


「俺の生え抜きの部下『十二人の聖者』の中でも取り分け頭が回る奴で、仲間内では奇術師と呼ばれてる。奴は看守が近くに居ても、独房から囚人を消すことができる男だ」


「人間を消すだって?そりゃあ大したもんだ」


「ただショウと俺の部下、二人同時に脱獄するとなると、もう二人ほど補助人員が要る」


「俺と基紀が行くよ。徹也だと体格的に目立っちまうからな」


 話を聞いていたのか、店の奥から現れた拓さんが僕と自分を指で示しながら言った。


「よし、決まりだな。よろしく頼むぜ、ボス」

 

          ※


 ジャンと名乗るマフィアの構成員から連絡が入ったのは、マルセリーノが店にやって来た翌日のことだった。


「やあ、あんたがスティンガーか」


 端末の向こうから聞こえる声は、懲役刑で刑務所に収監中の人間とは思えないほど屈託のないものだった。


「せっかく裏稼業を離れて優雅な別荘暮らしを満喫していたのに、とんだ災難だぜ」


「すまない。ボスの兄貴分を助けると思って頼む。……で、脱獄の方法は?」


「明日の三時、二人房からショウを消す。そっちで看守と入れ替わる奴を二人、選んでくれ。入れ替わる看守はすでに抱きこんである。時間を置いて一人づつ中に入るんだ」


「こっちから潜入する二人はすでに選んである。看守の写真を送ってくれ。顔を似せなきゃならないからな」


 スティンガーが端末越しに要求すると、ジャンは「了解した。せいぜい怪しまれないよう、看守の振る舞いでも研究しといてくれ」と返した。


「それで?肝心の『人間を消す』マジックってのはどういうからくりなんだ?」


「ふふん、細工は流々さ。いいか、一度しか言わないからよく聞いておけよ」


 ジャンが端末越しに僕らに語った脱獄計画は、驚くべきものだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る