第43話 明日なき戦いに挑む機人たち 10
ショウのボディブローを受けた僕がマットに這いつくばると、ショウは一歩下がって距離を取った。さあ逆襲だ。ぼくがゆっくりと立ち上がろうとした、その時だった。身体の奥で、不穏な唸りと共に何かが動き出す気配があった。
――これは、『タナティックエンジン』だ!
またしても暴走を始めた怪物に、僕は心の中で止まってくれと必死で呼びかけた。
立ちあがっても一向に動こうとしない僕にショウは眉を顰めた後、はっと目を見開いた。
――まさか基紀、『タナティックエンジン』か?……仕方ない、シナリオ変更だ。
ショウは何かを決意したように頷くと、僕に向けてシナリオに無いパンチを繰り出した。
ハンマーで殴られたような衝撃が僕の顔面を襲い、僕の身体は独楽のようにくるりと回ってロープに激突した。
そのまま動けずにいると、ショウはロープにしがみついている僕の背に反則紛いのパンチを浴びせ始めた。
「卑怯だぞ、人間!」
機人側の観客がブーイングを始めた、その時だった。何発目かのパンチが背中に当たった瞬間、かちりと音がして不穏な唸りが嘘のように消え失せた。そうか、今ショウが打った場所に『タナティックエンジン』を止めるスイッチがあったのだ。……でも。
――なぜショウは、エンジンを止めるスイッチの位置を知っていた?
僕は戸惑いながらも、ショウに向かって再びファイティングポーズをとった。……と、一瞬、観客席に知っている人間の顔が見え、僕は思わず目を見開いた。
客席に並んで座っていたのは八百長で儲ける予定のブランシェという中年女性と、もう一人はなんと――生島だった。
なぜ生島が?僕は二人の顔にもう一度目をやり、あることに気づいた。二人は面影がどこか似通っていた。もしかしたら二人は姉弟なのかもしれない。まずいぞ、これは。
――どうした、基紀。試合中にぼんやりするなとさんざん言った筈だぞ。
ショウの目が苛立ったように光り、僕は慌ててフックを繰りだした。僕のフックはことごとくガードされ、代わりにショウのパンチが僕のいかにも弱そうな部分にヒットした。
「そろそろフィニッシュだ、機人」
ショウがファイティングポーズをとり、僕も迎え撃つ空気を出しながら身構えた。
機人側からは「強化人間を叩きのめせ」「今日こそ逆転だ」と声援が巻き起こり、人間側からは「ぶっ壊せ」「スクラップにしてやれ」といった不穏な野次が浴びせかけられた。
タイミングが狂えば最後のクロスカウンターは成立しない。僕の全身を緊張が包んだ。
「行くぞ」
ショウが動き、僕が一瞬遅れてクロスを繰りだした瞬間、爆発のような衝撃を受けて僕の身体は後方にふっ飛ばされた。僕は背中からマットに叩きつけられ、数秒間、機能が停止してしまったかのような感覚に襲われた。
「ワン、ツー」
レフェリーがカウントを取り始め、僕は二、三度身体を起こしかけて再びダウンした。
僕が先に立てば八百長が完成するのだが、僕らのシナリオはそれとは真逆の展開――機人側の勝利を期待していた八百長連中は青ざめ、人間側の観客が沸くという仕掛けだった。
仰向けになったままの僕はショウが早く立ってくれることを祈りながら、一方で観客席に生島がいたことに奇妙な引っかかりも覚えていた。
もしブランシェさんが奴の身内だったら、僕がイカサマのイカサマをやったことに気づいて彼女に暴露するのではないか?
――たのむショウ、早く立ってくれ。
だがおかしなことに、いくら待ってもショウが立ちあがる気配はなかった。
――どうしたんだショウ、このままじゃ計画がおじゃんだぞ!
「ファイブ、シックス……」
残り少ないカウントに耐えかねた僕が仕方なく立ちあがると、それまでぴくりとも動かなかったショウがエイトを告げられた途端、むくりと起き上がった。
「ショウ……」
ショウは虚ろな目でふらりと僕の前に進み出ると、「よくも俺をたばかったな」と囁いた。
「え?」
「偽物のコントローラーなんかつけやがって。罰として本気のパンチをくれてやる。カウントが終わるまで起き上がるな」
ショウはそう囁くや否や、目にもとまらぬストレートを僕に向けて繰りだした。僕は今までに味わったことのない衝撃と共に吹っ飛び、コーナーポストに激突してダウンした。
「――テン!」
僕がどうにか動けるようになったのは、ショウの勝利が高らかに告げられた後だった。
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