第32話 寄る辺なくさまよう機人たち 25


「私は永見瑠佳えいみるか。機人病院の看護師よ。拓とは同時期に造られた、まあ幼馴染ね」


「どうして人間の街に?」


「お休みを二日ほど貰ったから、ちょっと知り合いに会いに来たの。そしたら見たことのある人たちが悶着を起こしてるのが見えたってわけ」


「僕は……自分でも自分の身体に何が起こったか、まだわからないんです。でも相手を殺したいなんて思ってはいませんでした」


「そうね、見えたのは一瞬だったけど、あなた多分、何か特別な目的のために設計された機人の一体なんだわ」


「特別な目的?」


「あなたどうして工場で働くようになったの?何か覚えてる?」


「僕は『両親』がマザーファクトリーに『子供』が欲しいと申請して与えられた機人なんです。だからなぜ僕が選ばれたのか、出荷当時の事情は知りません。単純作業用とどこかに刻印されていたのかもしれません」


「ふうん……なんだかそのあたりに秘密があるのかもしれないわね。……まあいいわ、機人の街まで送ってあげるから、乗りなさい」


 瑠佳はそう言うと、近くに停まっている白いワゴン車を指さした。僕が気後れしつつ乗り込むと、瑠佳はワゴン車を急発進させ「……で、どこに住んでるの?」と問いを放った。


「それは……」


「わかったわ、言えないのね。それじゃどこか近くで降ろすわ」


「ごめんなさい。……あの、やっぱり拓さんを探してるんですか?」


 僕がおずおずと尋ねると、瑠佳さんはふうとため息をついて「ええ、まあね」と言った。


「拓とは長い付き合いだけど、私を取るか自由を取るか、そろそろはっきりさせたいの」


「もし拓さんが自由を選ぶと言ったら?」


 瑠佳は目を二、三度瞬かせると、僕の無遠慮な問いに怒りもせず「仕方ないわ」と答えた。


「機人同士、同じ工場で造られたからといって、心が通い合うとは限らないもの」


 一見強く見える瑠佳さんのため息は、なぜか僕の胸を締め付けた。心が通い合う……か。


           ※


「二日前、自分が何を言ったか覚えてるか基紀」


「はい、試合まではもう勝手に出歩いたりしないと言いました」


「自分で誓ったことを破るという行為の意味は、わかるな?」


「……信用を失ったと思います」


「その通りだ。今後、お前が何を誓おうと、俺は信用しない」


 ショウの厳しい言葉に、僕はただ黙って項垂れた。自分の軽率な行動を悔やみつつ僕は、ショウが徹也と拓さんのことまで見放したりしませんようにと祈った。


「本来ならお前には挽回のチャンスも与えられないところだ。……が、肝心のファイトがまだ終わっていない。今、お前を放りだせばせっかく準備してきた計画が水の泡だ。お前が俺の信用を取り戻すとすれば、試合で最高の演技をすること……それしかないと思え」


「――はい、わかりました」


「それから、試合までの三日間はこの建物から出るな。トレーニングと食事の時間以外は、部屋から出ることも禁止する。いいな?」


「そうします」


「もし約束を破ったら、ハンターの代わりに俺がお前を始末する。よく覚えておくんだな」


 ショウはそう言い放つと、くるりを身を翻して地下のリビングから去っていった。僕が自己嫌悪に打ちひしがれていると、ふいにドアが開いて白い服を着た少女が姿を現した。

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