神降ろし

 刃の根元まで深々と突き刺さった十文字槍を、敵の亡骸なきがらよりずるりと引き抜きつつ、ヒューズは辺りを確認する。

 そこに広がる光景に、思わず彼は溜息ためいき混じりに言う。

「いやぁ、これは……自信なくしちゃうねぇ」

「サーシャとルチルだけでいいよな……」

 ラーズも、少々落胆らくたんした顔で同意する。

「師匠の差かなぁ。おれらもそこそこやると思ってたけど、修行のやり直しかな。ラーズ、戻ったら頼むよ」

「おれのセリフだヒューズ。おチビちゃんに報酬払って指導してもらうべきだなマジで……」


 死屍しし累々るいるい

 脳の損傷と毒薬の苦しみにより力任せに暴れ、いていた怪物は、もう何処にもいない。

 ラーズとヒューズの視線の先には、大量の返り血により全身を真っ青に染めた鬼がいた。

 その周囲には大型オルディウムの首なし死体と、散乱した生首が3つ。

 しかし先ほどの鎧竜との戦闘と違うのは、ジェイルのまとっている殺気がおさえられていることか。

 瀕死の三体とは言え、ラーズとヒューズがたった一体を仕留める僅かな時間より早く、苦しみ力任せにのた打ち回る巨大な怪物三体の首を、瞬時に落としたという事になる。


 狙撃位置で待機していたルチルの魔術も切れた。

 皆、奇襲の成功に思わず気がゆるむ。

「いやあ、ひと段落つい──」

「──まだだ!」

 ヒューズの台詞をさえぎり、ジェイルがえる。

 刹那せつな、息が出来なくなる程の、凄まじい突風が辺り一面に吹きすさび、ラーズ隊を翻弄ほんろうする。


「来る……!」

 ジェイルが焦燥を隠さず呟く。

「昨晩言った通りだ、自分とアリア以外は撤退!今すぐだ!」

 感情を隠さないジェイルの喚呼かんこの声に気圧けおされ、メンバー達が行動を起こそうとしたその時。


「ああ。随分と遅いな」

 ラーズの背後、すぐ近くで聞こえる声。

 見ると、ジェイルによって斬り落とされ、地に転がった巨大なオルディウムの首の一つに、幼い少女がちょこんと腰掛こしかけている。

 年の頃は十二歳程だろうか。綺麗に切り揃えられた灰色のボブカットに空色の瞳。貴族が好みそうな、絹のように輝く糸で仕立てられた上品な服をまとっている。

 そして少女は気怠けだるそうに、動揺して言葉を失ったラーズ達に、そのみぎてのひらを向ける。

 すると、にわかに空気の流れが変わり始め…

「──ッ!」

 最初に動いたのはジェイルだ。

 少女に対し、強烈な殺意とともに放たれる抜打ぬきうち。

 狙いは、少女の白くか細い首だ。

 だが、しかし。


「ふふ、冗談だ冗談」

 ジェイルが数メートルの距離をまばたきより速くめ、少女の真横から放った必殺の一撃は、彼がこの作戦中に見せたどの攻撃より重く、鋭く、速かった。

 にも関わらず、まるでそれを予知していたかの様に、少女の身体は回転しながらふわりと宙に舞い上がり、ジェイルの小太刀は盛大に空を切った。

 ラーズ達は、すっかり硬直してしまっている。


 こちらを小馬鹿にする様な笑みを浮かべる、灰色髪の少女と対峙したジェイルが、左手でも小太刀を抜こうとしたその時。

「落ち着けゼル。こいつもこう見えて誇り高いヤツでな。人間の数人、殺すつもりならとっくにやってる。まずは一旦いったん、刀をおさめるんだ」

 事の成り行きを見守っていたアリアが、こちらへゆっくりと歩いて来つつ、たしなめるようにそう告げる。ジェイルの息は少々荒かったが、アリアの言葉に呼吸を整え、ゆっくりと納刀した。


「アリア、十五年振りだな。あいつらにやられた傷は、すっかりえたようだ」

 灰色髪の少女がアリアとの距離を詰め言う。二人は旧知きゅうちの仲らしい。

「おかげさまで、すっかりな」

「……あいつらの気持ちも理解出来る。それほど寵愛ちょうあいを受けていたのだ、お前は……」

「そうだったか?──とっくの昔に忘れたよ」

 アリアの冗談めかした答えに、相対する少女の声に急激に感情が込められていく。

「んん?何処かで見た顔だと思えば、あの時のにえの片割れか。死にぞこないの負け犬同士でお手手繋いで仲良く、というやつか?おまけのどもを奇襲でほふった程度で何を──アリア、その程度で、この私を殺すつもりなのか?」

 詰問きつもんする少女の視線は、真っ直ぐにアリアの瞳に注がれている。

「質問が多いぞ、レイア──そうだな、それがさだめなら、仕方がない」

 対照的に、アリアは相も変わらずさらりと言う。

「全く解せんな──あの頃のお前は何処へ行った?王の命ずるままに、散々人間どもを蹂躙じゅうりんし尽くした癖に!そうしておきながら今度は人間を神子みこにして、同族を殺して回るだと?異端いたん過ぎる。かつては友だったよしみだ。この私の手で、殺してやる!」

 ついにレイアは激しい怒りをあらわにし、殺意の込められた瞳でアリアを睨み付ける。

 しかしその様子は、アリアに対する何らかのコンプレックスを、彼女を罵る事で発散しようと試みている様にも見えた。

「その通りだ。レイア、もうわたし達はわかり合う必要もない……ここからは神としての領域だ。無関係な、人間と亜人類の娘は帰してやってくれ」

「言われずともそうするつもりだったさ。今日は特別な日になる。誰にも邪魔はさせない!」



 ここで、時刻は昨晩まで遡る。

「──王から口止めされていたんじゃなかったのか?」

 キャンプ地での夕食後、ラーズの就寝の提案をさえぎって発言したジェイルの言葉に、アリアがジト目で冗談めかして言う。

「可能な限り、という前置きが付いている。今回はほぼ間違いなく『当たり』だろう?隠し通すのは不可能だ」

「うむ、確かにな」

 アリアは納得した様子で答える。

 そしてラーズ達は皆、真剣な面持ちでジェイルの言葉を待つ。それは、決して聞き逃してはいけない話だという気配があった。


「──そもそも、アリアは人間ではない……」

 ジェイルのその言葉を受けて、サーシャが発言する。

「いやいや、だからルチルに聞いたけど、珍しい種族の、亜人種の人だよね?」

「彼女がそう結論付けたのも当然だ。しかしアリアは、亜人種とも全く違う」

「は……?」

 予想外な一言に、サーシャは思わず聞き返す。


 ジェイルは、言いがたい事実を、言葉を慎重に選んで伝えようとしている。

 ここで、ラーズが合点がてんがいった様子で会話に参加する。

「やっぱりそうか。術師の気配を全然感じなかったからな、おチビちゃんからは。言った通り、初級回復術式も使えねえだろ?」

「初めゼルに絡んで来た時に言っていたな。その通り、わたしは魔術は一切使えない」

 アリアへの問いに、彼女は含みを持たせて肯定する。

「人間でも亜人種でもない……それは、つまりどういう事だ?」

 結論を出せないジェイルにそれをうながすべく、ヒューズが努めて穏やかなニュアンスで問い掛ける。


「──アリアは、ある存在によって作られた、人ならざるもの。人の形をした兵器。

 ……今伝えられるのは、これだけだ」

 ジェイルの突然の発言に、場の空気が凍り付く。

「兵器って、何を馬鹿な!突拍子も無い…どう見ても、普通の女の子じゃないか…!」

 ヒューズは狼狽ろうばいを隠せない。

「信じる信じないは今はいい。明日、アリアと同じような存在と、う可能性が高いんだ。王がお前達に知らせなかった自分の本来の目的は、その兵器の破壊だ」




 先程の戦地より、もうどれ程離れただろうか。

 ラーズ隊は皆、沈痛ちんつう面持おももちで退却していた。

 言葉に出したい事がある。

 しかし、この重くし掛かる空気が、それを許さない。


「──みんな、本当にこれでいいのか?」

 重苦しい沈黙を破ったのはルチルだ。

「私達だけおめおめと逃げ帰って、本当にそれで、任務完了って言えるのか?」

 一呼吸置いてから、反応の無い他のメンバーに向かって問い掛け続ける。


「さっきの、ジェイルの踏み込み、体捌たいさばき。おれは一切目で追えなかった……剣の振りが見えないってならまだ分かる。でも、身体が消える程に鋭い踏み込みなんて、本当に人間業にんげんわざじゃねえ。おそらくあれが、ジェイルの本当の実力だ。でもそれを、あのガキは楽にけた……」

 ラーズが諦めの表情を隠さず静かに言う。

「兵器と言われてもあの子もただの女の子に見えたが、彼を手玉に取るって、とんでもない化け物だ。あの攻防を見たらおれ達に出来ることは、何もないって理解させられたよ。悔しいけど……」

 ヒューズもまた、疲れ切った顔で呟く。


「何だそれ!お前達、それでも傭兵のはしくれか?戦いで暮らしている身分か?何よりも、作戦を共にすれば、もう仲間だろう!」

 不甲斐ふがいない仲間と、不甲斐ない自分自身に、怒りで顔を紅潮こうちょうさせながら、ルチルが涙目で叫ぶ。

「ルチル」

 サーシャは優しく彼女の肩に手を置く。

 ルチルはうつむいて、黙り込んでしまう。

 刻一刻こくいっこくと、作戦終了の時間が近づいていた。



「──で、お前のも呼んだらどうだ?もう邪魔者はいない。あっちの山の陰にいるのはわかってるぞ」

 レイアと向かい合うアリアが真っ直ぐに指差した方向には、比較的低い山々が密集している。

「何でもお見通しという訳か……来い、フォルス!」

 灰色髪の少女が一喝すると、アリアが指差した方向から一際大きな猛禽型オルディウムが、凄まじいスピードでこちらへ飛んでくる。その速度、実に秒速五十メートル以上。

 それがこちらへ接近し、ジェイル達の頭上で急上昇すると、遅れて激しい暴風が辺りを包む。

 そうしてゆっくりと翼を羽ばたかせながら下降し、レイアのそばへ地響きと共に降り立ったのは、先程撃破したよりも、遥かに巨大なオルディウムだった。


 ──何という大きさか。

 未だに止まない暴風から腕で目を保護しながら、ジェイルはそう思わずにはいられない。

 先程のオルディウムとは比較にならない。体長は恐らく七メートル。翼長は十五メートル以上、体重は二トンに達するだろう。

「どうだ?こいつは雛から育ててやったんだ。私の神力を十二分に吸わせてな。可愛いだろう?非力な人間など相手にならん。お前の自慢の神子みこをボロ雑巾ぞうきんに変えてやろう」


「アリア、頼む」

 レイアの宣言を無視し、ジェイルは着装ちゃくそうしていた簡素な板鎧と上着を脱ぎ捨て、鍛錬に鍛錬を重ねた半身をさらけ出す。

 板鎧はかなりの重量があったようで、ゴシャッ!という音とともに地に落ちた。


「ゼル、死んでは何にもならん。耐えろよ、いつも通り本気でいくぞ」

 晴れていた筈の空は、いつの間にか雲がおおい、昼とは思えない暗さになりつつあった。


「…いた」

 ほぼ呼吸だけの音でルチルは漏らす。

 戦地へ一人戻った彼女は、ジェイル達から相当離れた小高い丘の上で息を殺している。

 サーシャからなかば、奪い取る様な形で借りた双眼鏡をのぞきながら、人ならざるもの達の戦いを見守ろうとしている。

 役に立てないなら、せめて離れたところから仲間の勝利を祈る、それが彼女が辿り着いた答えだった。

 彼女の位置からは、丁度ジェイル達の姿を真横から観戦する形になる。


 場には先程はいなかった超大型の飛行型オルディウムも加わっているが、場を支配する異様な緊張感の原因は、それだけではないと断言出来た。

 言葉に出来ない何かが、彼女の本能に生命の危機を訴えかけていた。

 ルチルはカラカラに乾き切った自身の口内に気付くこともなく、アリアとジェイルの様子をただ見つめている。


 やがてルチルは、アリアの胸の辺りに、僅かだが黒い穴が空いている事に気が付く。

 ルチルが怪訝な表情でそれを凝視ぎょうししていると、その穴は段々と広がっていく。

 やがてその真っ黒い穴が一抱ひとかかえ程の大きさになった時、彼女は気付く。

 あそこだけ光が届いていない──あれは完全な闇なのだ、と。

 ジェイルはと言うと、アリアの前に背を向け跪き、レイアと超大型オルディウムと相対あいたいしている。


 やがて異変はそれだけではなく、アリアの全身で起こり始める。

 銀髪は重力に逆らって髪束の一つ一つが生きている様にうねり、両眼はそれら自体が光源となって紅く輝いている。

 その表情には、ルチルが知っている、いつも穏やかに微笑んでいる少女の面影は一切なく、見る者の本能に強烈な【死】を想起そうきさせる、原始的で正体不明の恐ろしさをたたえていた。

 そうして、アリアは大きく息を吸ってから、感情の一切込められていない冷え切った声で、歌うようにとなえ始める。


『天にまします我等が王の御名みなにおいて、われおさつかさりし力、此度こたびえにしもやい辿たどり、我が神子みこ顕現けんげんせしめるなり

 我が神子ジェイル=クロックフォード、我、第十三荒あら御霊みたまアリア=リリウムワイズの神兵しんぺいとなりて、諸々もろもろ禍事まがごとあだす者共、諸々もろもろやきがまがまたずさはらうべし。

 来たれ神劔かみつるぎ、神子に呼応こおう一切いっさいすべての災厄を断ち、

 来たれがい羸弱るいじゃくなる神子を庇護ひごせしめよ。

 つみけがれに満ちたる人の子ら、等しく無に帰すべし』



 ルチルの位置からでは、アリアの詠唱の内容までは聞き取れなかったが、それが極めて異質なものであることは理解させられた。

 しかし、そんな恐ろしい光景を目の当たりにしても、ルチルは目をらす事が出来ずにいる。

 双眼鏡を握りめる手は震えながら硬直し、両の瞳は決して閉じられず、まるで魅入みいられたかの様に、一心にアリア達を見つめる。

 やがて、アリアの胸元の闇が分散しながら虚空こくうを移動し、ジェイルの全身をおおい尽くす。

 それは彼が黒い霧に食われている様にも見えた。


 ぐああ……!


 屈強くっきょうなジェイルが苦痛に耐えられずうめき声を上げる。

 黒い霧は、ジェイルの全身をくまなく包むように浸透すると、無数のくいを生成して彼の全身の骨に食い込み固着こちゃく、実体化していく。

 その際にジェイルが受ける苦痛は、酸に全身を焼かれるのにも等しかった。


 そして彼の装着していた簡素な板鎧とは全く違う、ぬらぬらとした生物的な艶と質感を持った、全身をおおう装甲が現れる。

 それは例えるならムカデやクモを無理矢理、人型に変形させた様な生理的な嫌悪を引き起こす姿であった。

 同様に腰に差した双剣も、鈍く赤黒く光る金属に変質している。


「……」

 変貌したジェイルは無言で黒い双剣を抜くと、肩の力をだらりと抜き、かすかに前傾姿勢のかまえを取った。


 同時に、レイアもほぼ同じ方法で相棒の超大型オルディウム、フォルスに何らかの術式をかける。しかし、その見た目には特別な変化はなかった。

「人間のようなもろいものを選ぶから、肉体の強化自体にも神力を使うことになる。極めて非効率だ。その選択、後悔するぞ?」

 レイアが勝ち誇った様な笑みで言い放つと、アリアは何処か哀しそうな表情で返答する。

「レイア、思えばお前とは長い仲だったな。どちらが勝っても恨みっこ無しだ。さあ、白黒を付けようか」


 ──ギン!


 その時、アリアの台詞せりふに合わせたかのように突如とつじょとして虚空から現れた、青白い光の格子で出来た球体が、アリアとレイアを瞬時に拘束こうそくする。

 およそ二メートルの光の球体は、二人を内部に拘束、取り込んだまま地上から数メートルの高さまで、ゆっくりと浮かび上がった。

 間もなく始まる、異形いぎょう同士の死闘を見守る為に。


 兵器。

 ジェイルはそう言ったが、この戦闘は現代の兵器の特徴には全く当てはまらない。

 ルチルにとってこれは、魔術の領域。

 しかし、双眼鏡越しのその有り様は、魔術と断ずるにも無理があった。

 これほど禍々しい術式は、相当高い練度で魔術を修めたルチルにとっても、未知のものだったからだ。

 ──いな。必死で記憶を手繰たぐり寄せていたルチルは、突如としてハッと気が付く。

 この瞬間まで完全に忘却ぼうきゃくしていた事だが、彼女には心当たりがあった。

 それは二十数年前、彼女がまだ幼かった頃。

 初めての師でもあった父が手渡した、所々ところどころ落丁らくちょうしているほど古ぼけた書物。

 そして、彼が語った失われた歴史の伝承。この星イースレイを襲った厄災の顛末てんまつ

 目を輝かせて聞き入る彼女に、生前の父はたしなめるようにこうも言っていた。

 この伝承と本は一族に伝わっては来たものの、今の文化から考察すれば眉唾まゆつばだから、話半分に聞くようにと。

 しかし幼い頃の自分は、その恐ろしい物語に妙に引き込まれ、読めない字や、理解出来ない表現の意味を父にたずねながら、その本を何度も何度も読んだ。

 その物語中で、厄災の起こる直前の世に、かつて君臨くんりんした絶対的な王が、ある目的の為に生み出した兵器の総称が、昨晩ジェイルの話を聞いた時にはすぐに結びつかなかったが、それをこう記していた。

『祟り神』と。


 それらの兵器はそれぞれ、この世界を構成する様々な力を司り、自在じざい使役しえきしたと。

 ルチルはなおも思考をめぐらせる。

 もしもアリア達がそれと関係があるなら、魔術と似てなる、あの不可解で独特な術式もうなずける。そして、父があの古文書こもんじょを創作だと断じたのも、魔術を深い領域までおさめた彼だからこそ、想像すらつかなかったからだろう。


 変貌へんぼうしたジェイルが、十五メートルは開いていた間合いを、地面に穴を穿うがつ程の驚異の鋭さの踏み込みで瞬時に詰める。

 狙いは超大型オルディウム、フォルスの脚だ。

 しかし儀式によって感覚器官を大幅に強化されたフォルスは、その巨体に見合わぬ素早い反応で、ジェイルの身体の軌道上に右の翼を合わせて力任せに薙ぎ払う。


 バキャッ!


 凄まじい音と共に炸裂した一撃で、ジェイルが踏み込み方向と真反対へ吹き飛ぶ。

 呆気あっけなく決着かと思われたが、彼が地面に叩き付けられる事はなく、空中で不自然に急減速きゅうげんそくしたと見るや、ほぼ無音で斜め方向の入射角で着地する。

 通常であれば絶対に起こりえない、慣性の法則を完全に無視した動きだ。

小癪こしゃくな。あの領域までお前の力を使えるか。しかも──」

 レイアの視線の先にあるのは、青い鮮血に一部を染められた、フォルスの翼。

 インパクトの瞬間、ジェイルのカウンターの斬撃が、接触せっしょく箇所かしょを切り裂いていた。

「レイア、神子を丹念たんねんに育てたのはお前だけじゃない。ジェイルは十五年間ずっと……文字通り、血反吐ちへどを吐きながらわたしの力と同調してきたんだ」


 ルチルが家族の死後に身に付けた一番大きな要素は、新たな魔術でも、魔術使用回数を伸ばす為の精神力の強化でもない。

れであったはずの父の油断のせいで、家族全員が命を落とした。』

 この事実は、彼女をながらく苦しめた。

 結果、彼女は自身を厳しくりっするルールを定めるにいたる。

 決して既知の敵に対して油断せず、未知の敵に対しては早急に性質を見極め、彼女自身が突破口を作る、と。

 その確固たる決意と、ラーズの部隊員として積み重ねて来た経験が、双眼鏡越しの未知の戦闘をさらに解析、推測する。

 彼らが使役しえきする世界を構成する力とは、おそらく火の力や雷の力等、魔術と共通する属性エネルギーに違いない。

 だとすると、今ジェイルが対峙たいじしている少女は、空気もしくは風に関係する力を自在に扱えると見て良い。

 巨大なオルディウムを使役している正体不明の少女は、激しい暴風と共に突如とつじょ現れ、あのジェイルの渾身こんしんの斬撃をふわりと、まるで風に乗る様にかわしたからだ。


 着地したジェイルは、ゆっくりと立ち上がると、やはり双剣を握った両腕をだらりと脱力させ、前傾姿勢になる。

 そして先程と同じく、膝の抜きを利用した独特の蹴り出しで瞬時に最高速まで加速、怪鳥フォルスへと再度肉薄する。

 そと骨格こっかくとでも言うべき鎧に、僅かに光が反射しにぶく輝く。

 相当の手練れであっても目で追えない程の、斬撃にぐ斬撃。

 それらは先程よりも明らかに速度を増している。

 黒い影が、怪鳥の周囲を縦横無尽じゅうおうむじんに舞う。

 フォルスもまた、その巨大な身体からは考えられないほどの速度のカウンターで応戦するが、先程とは違い、ジェイルの速度に僅かに届かず、やがて少しずつ全身の羽毛が青い血で濡れ始める。

 やがてフォルスの巨大なくちばしが、ジェイルの残像の頭部を虚しく貫いた時、ジェイルの実体はフォルスの後頭部に飛び乗っていた。

 間髪入れず、小太刀を握った右腕を自身のひだりほおに付けんばかりに振りかぶり、必殺の一撃をフォルスの首へ放つ。

 しかしその刹那せつな、ジェイルの斬撃が、見えない壁にはばまれ止まった。

 手に汗を握りながら見守るルチルが、怪訝けげんな表情を浮かべた時──何もないはずの空間が轟音ごうおんと共にはじけた。


 ズドン!


 極限まで圧縮された空気のかたまりがジェイルのゼロ距離で炸裂さくれつし、ジェイルの身体が宙に舞う。

「図に乗るなよ、人間にんげん風情ふぜいが」

 状況を逆転する一撃が見事に決まり、したり顔でレイアが言う。


 ジェイルの身体はだらりと脱力した状態で、フォルスの体高から更に十メートル程、錐揉きりもみ飛行で斜めに上昇した後、頭部から真っ逆様まっさかさまに落下していく。

 そして、そのまま地面に激突するかに見えたその瞬間、またもや慣性の法則を無視したような動きで、身体を半回転させて体勢を整え、ほぼ無音で着地する──

「む……」

 レイアはそれを目の当たりにして、うらめしい表情でジェイルをめ付ける。



 黒いがい骨格こっかくまとったジェイルの回避かいひの動作は、やはり異常で、ルチルはまるでジェイルは自分の体重を忘れたようだ、と思う。

「体重を、忘れる」

 自分自身の考えに、ルチルはハッと気付く。

 フォルスとレイアの能力は、風を自在に操る術式であることはすでに間違いなかったが、対するジェイルの能力はずっと見当けんとうが付かなかった。

 しかしここでルチルは、ようやく結論に至る。

 ジェイルは、『自身の重さを自在に変えられる能力』を駆使くしして戦っていると。

 ジェイルの二度に渡る、不自然極きわまりない着地のプロセスの原理としては、空中で自重を極端きょくたんに軽く変化させ、運動エネルギーを激減させる。

 すると作用が増した空気くうき抵抗ていこうで落下速度はほぼゼロとなり、無傷で着地することが出来る、というものに違いない。それは、ありがどれほど高所から落下しても、決して致命傷ちめいしょうを負わないように。

 不自然と言えば、彼が刃物が通じない筈の鎧竜や、巨大な猛禽類の頸椎を、苦もなく切りきざんだ事にも、ジェイルの能力がもしそうだとすれば、合点がてんが行く。

 ジェイルはおそらく、斬撃のインパクトの瞬間だけ、自身や剣の質量を劇的げきてきに増す事で、超人的な威力の斬撃を実現じつげんしている。

 しかし、敵自体の重さや、身体に触れていない物体の重さを変えることは不可能なのだろうということを、ルチルは今までの彼の戦闘をかえりみて結論付けた。


 ジェイルがまたも刀をたずさえ、傷だらけのフォルスとのかなり開いたいを詰めようとしたその時。

 ジェイルの膝が突如とつじょ、ガクッと落ちる。

脳震盪のうしんとう……!」

 ルチルが小声でらす。

 アリアの未知の強化術式で、全身を鎧に包まれたジェイルではあるが、頭部は視覚や聴覚を遮断しゃだんする訳にはいかず、装甲の隙間から侵入した爆風が、僅かではあるがジェイルの脳に損傷そんしょうを与えていた。


好機こうき

 レイアが悪意に満ちた笑みで、呟く。

 フォルスはそれに呼応し、その巨体を突進させようとする。

 ジェイルは苦し紛れに、左の膝を突いたまま、右手で小太刀こだちを背にかつぐ様にかまえ、そのままフォルスの頭部目掛めがけ、投擲とうてきする。

 しかし、脳震盪のうしんとうの影響か、右手からすっぽ抜けた小太刀はその狙いを大きくれ、ジェイルから見てはるか右側へ飛んで行く。

 レイアとフォルスにとっては、好機に次ぐ好機──だが。


「見事にはかれた、そう思ったか?」

 言葉をはっしたレイアの表情は、一瞬前とは打って変わり、極めて冷静だった。

 フォルスの左首筋の辺りの空間で、見当違けんとうちがいの方向へ飛んでいった筈のジェイルの小太刀が、静止している。

「人間の神子みこよ、私はお前の力を見誤みあやまっていた。だから、先程は追い詰められた。今こそ認めよう、私は間違っていた。そして、お前ほどのれがこの局面きょくめんで、こんな悪手を打つ筈がないのだ」

 レイアの視線の先では、ジェイルのてのひらから伸びた、外骨格と同色の太さ1センチほどのワイヤーが、空中で静止している小太刀の柄頭つかがしらへ真っ直ぐに伸びている。

 ジェイルは、わざと小太刀を投げそんじた様に見せ、外骨格の能力を密かに発動し、モーニングスターや鎖分銅の要領で、フォルスの頸動脈を狙ったのだった。

 ジェイルの必殺の一撃が完璧に防がれた様を目の当たりにし、茫然ぼうぜんとしたルチルは、『ああ、だからあの鎧は虫みたいに気持ち悪い外見なんだな」と現実げんじつ逃避気味とうひぎみな事を、意識の外で考えていた。


 フォルスが風の防壁ぼうへきをかき消すと、ジェイルの小太刀が重力に従って落下し、フォルスの足元に落ちる。

「その見てくれから隠し球を持っていることは予見よけん出来た。しかし流石さすがはアリアの神子だ。惜しかったぞ」

 レイアがそう言うと、間合いを詰めていたフォルスが、片膝を突いたままのジェイルの至近しきん距離きょりで無数の圧縮空気を炸裂させる。

 ジェイルは防御に邪魔な左手の刀を瞬時に納刀のうとうし、両の腕で頭部を防御するが、それだけで防ぎ切れるほど、甘い火力ではない。


「…!」

 声を上げそうになるのを左手で必死に抑えながら、ルチルは涙目で見守り続ける。

 ジェイルの身体は爆風で後方に吹き飛ばされ、だいの字で空をあおぐ。

 装甲は所々剥がれ、生身の部分からはことごとく出血している。そしてそのままの体勢で微動だにせず、完全に沈黙した。

 しかしその表情は、いま健在けんざいの兜に隠されうかがい知ることは出来ない。


 フォルスもまた、血塗ちまみれの巨体をり、地響きを立てながらジェイルへ近付く。

 そしてジェイルを足と足の間にはさむように立つと、身体を天へらせ、その巨体に見合う凶悪な咆哮ほうこうとどろかせた。

 勝鬨かちどきだ。

 そして決闘の敗者の末路まつろは定まっている。

 フォルスはその巨大な嘴で、敗者に引導いんどうを渡すべく、頭部を高く天に振りかぶる。


 ──その時。

 たいに見えたジェイルが間隙かんげきを突き、残った右腰の小太刀を、仰向けの状態とは思えない速度で抜刀ばっとうする。常人じょうじんでは考えられないほど発達した脊柱せきちゅう起立筋きりつきんがあってこその芸当げいとうだ。

 そしてそのまま、彼のほぼ真上に位置する、フォルスののど目掛めがけて投擲する──

 フォルスは頭部を振り被った事で、真下ましたにいるジェイルは完全に死角しかくに入っている。

 凄まじい速さで放たれた小太刀の切っ先が、フォルスの頭部を喉から串刺くしざしにする直前。

 フォルスはまるで喉に目が付いているかの様な超反応ちょうはんのうで、頭部を左方向へ素早く振って死の刃から逃れた。


「全く、油断も隙もないやつだ」

 レイアは口の片側をり上げ、心底しんそこ嬉しそうに呟く。

「今のは本当に危なかった───なかなか、楽しませてもらったぞ」

 万策ばんさくきたジェイルは、あろうことか反射的に腕で顔を守るような防御反応を取ってしまう。

 それは武とは程遠ほどとおい、しいたげられる弱者の命乞いのちごいの所作しょさ


 その様子を見て、オルディウムとしての本能を大いに刺激されたフォルスは、眼を血走らせ、ズドンという地響きと共に、ジェイルの左腕を荒く踏み付ける。

「ぐっ!」

 ジェイルが苦痛の声を漏らす。

 外骨格の強度により辛うじて千切れず、骨折だけで済んだものの、ジェイルの身体は完全に地にはりつけにされてしまった。


「…あ…あ…」

 最後の悪あがきが徒労とろうに終わったと知ったルチルの頬に、やがて涙がつたい始める。

 彼女の祈りは届かなかった。そう絶望した彼女は、ここでついに見守る事を止めてしまう。


「はは!これ程の逸材いつざいでも命乞いとはな!所詮しょせんは人間、呆気あっけないものだ。だがアリア。ここから先は、うらみっこ無し、そう言ったな?」

「そうだなレイア。これでお前とも今生こんじょうのお別れなのは、わたしも結構、本気で残念に思っているんだ」

 圧倒的に不利な立場の筈の、アリアのふくみを持たせた台詞。

 強がりではない──こいつは決してそんな性格では、ない!


「フォルス!」


 レイアの悲痛な叫びが響く。

 視線を戻した彼女の目に飛び込んで来たのは、相変わらず空を仰ぐジェイルの上半身に、青い液体が滝のように降り注いでいる光景。

 それは石像のごとく、硬直したフォルスの後頭部から口内までつらぬくように穿うがたれた傷から、一定のリズムに合わせてなくあふれる、青い血。


「ああああ…馬鹿な!…なぜ…なぜだ…!」

 全くの想定外に勝敗が決したのを目の当たりにして、レイアはうわ言のように繰り返す。

 アリアは、何も言わない。至極しごく当然とうぜんの結果だと表情が語っている。


「──投げた刀を……フォルスが避けることも、織込おりこみだったのか……」

 レイアは、悲しげな表情を隠すことなく俯いたまま、独白どくはくする。

「いや、そもそも一度目の投擲も当てる気がなかった……生成した縄の太さを、印象付けるために……あれすらも、布石ふせきに過ぎなかったのか……」


「さっきお前は、ゼルをあなどるのは止めたと言ったな。その台詞せりふを聞いた時点で、こっちの勝ちを確信したよ」

「……」

 だまるレイアに、アリアは続ける。

「根本的に違う存在に抱いた認識を、そう簡単に変えられるものか。刃物を持った人間が、子猫に対して油断せずに戦うと口で言ってみても、意識まではそうはいかない」

 レイアはぎりりと奥歯を食いしばる。目に浮かぶのは、紛れもない屈辱。


がいで作れる糸の強度は、精々せいぜい同じ直径の麻と同程度だ。しかしその細さは、肉眼でギリギリ見える程の細さにまでしぼれる。もしもお前が、あの動作に違和感を覚えていれば、の話だが」

「──あれは……おびえていたのではなく、刀の落下地点を……そうか、私はやはり侮っていたのか。所詮しょせん人間ならば、死を恐れて当然だと……思い込んでいた……」


 やがてフォルスの出血が弱まり、その巨体が轟音ごうおんを立てて倒れる。

 それと同時に、少女二人を拘束していた光の球体がゆっくりと地に降りると、パキィ!という甲高かんだかい音と共に空気に溶けるように消えた。

 そこに立っているのは、銀髪ぎんぱつせきがんの少女、ただ一人だけだ。


 アリアは倒れているジェイルに歩み寄る。

 いつの間にか異形いぎょうの鎧は消え去っており、ジェイルの裂傷れっしょうだらけの肉体が露わになっていた。

 ジェイルは青い血と、自らの赤い血で染まったうつろな表情でアリアを見上げている。


「今回は特に手こずったな。凄く強かった。ほら、治すぞ」

 アリアは我が子を見つめる母のような優しい表情をすると、両のてのひらをジェイルの身体にかざす。

 アリアの髪が、この戦闘の開始時と同様、生き物のようにうねり、その瞳が紅く光り出すが、その表情は変わらず穏やかなままだ。

 ジェイルの傷は、アリアの掌から放たれる青い光に包まれ、急速にふさがっていく。

 ものの数十秒でジェイルの身体は、ほぼ完治してしまったようだった。

 多少のふらつきは残っているものの、ジェイルは自分の脚で立ち上がり、フォルスの亡骸なきがらから小太刀を回収する。投擲を防がれ地に落ちた方も同様だ。

 そうして血塗れのまま、脱ぎ捨てた鎧を素早く着装していく。


 その間レイアは、たおれた相方あいかたそばに力なく寄り添い、その羽毛を優しく撫でていたが、やがてジェイル達の後始末あとしまつがひと段落したと見るや、その場で正座をし、無念さをし殺した表情でジェイルとアリアに告げる。

「情けは、無用だ。これは誇り高き我らが、力を尽くして闘った結果。人間の神子みこよ、その刀で始末しまつを付けるがいい」

 その一言に、ジェイルは数秒の間、何かを思案しあんしてから、レイアのみぎななめ前に立ち、右手をいつも通りの滑らかな動きで左腰へと伸ばすが、そのまま動きを止める。


「ゼル……仇を、忘れたわけではないだろう?」

 アリアの、たしなめるような声。

「……無論だ、わかっている。今の自分は、ただ一つの為だけに生きている」

 自分自身に言い聞かせるかのように返答したジェイルは、続けてレイアに言う。


「風の神よ、今からお前を斬る……」

「ジェイル、何を気に病むことがあるか。確かに、今は私も王など実はどうでも良い。しかしあの時……私はセラを止めずにただ見ていた。そして……お前の絶望は限りなく甘美かんびなものだったぞ」

 気丈にそう言い放つも、その瞳を見ると涙が眼球がんきゅうに沿って、盛り上がっているのが確認出来た。

 レイアは決してそれをあふれさせるまいと、必死でこらえている。

 ──彼女の身体は、小刻こきざみにふるえている。


 ジェイルは自身の滲む感情に、強く歯噛みする。

 アリアは少し離れた場所から、このやり取りを見守っている。

「今までに、八柱屠ほふった。いずれも決着後でも、お前の様にいさぎよい者はいなかったから、こうしてゆっくり話をするのは初めてのことだ。潔く敗北を認めたお前を殺したくはない。だが、それでも自分は、お前を殺さねばならない」

 ジェイルの死の宣告せんこくに、ついに限界が来たのかレイアの両目から涙があふれ、ゆっくりと頬を伝う。

「この子も、フォルスも死なせてしまった。やはり私は、ここで、いなくなるのか…人の神子よ。今更いまさら命乞いのちごいなどしないが、人の絶望をかてとするたび、心のどこかに、疑問はあったのだ。しかし……私には最後までそれを変える事は出来なかった。もしも、もしも私も、アリアの様な生き方が出来ていたら。違う未来が、あったのかも知れないな……だがそれも、全て、遅過おそすぎた事だな……」

 レイアは消え入る様にそう言うと、ゆっくりとうつむき、右のてのひらを口に押し当てて、泣き声を押し殺し、ぼろぼろと涙をこぼす。

 それを目の当たりにしつつジェイルは更に強く一度、奥歯をめ、呼吸を整えてから、ついに右手を、小太刀のつかに掛ける。


「レイアよ。自分は、お前を殺さねばならない。その事実は変えようもない。しかし……自分は決して、敗北を受け入れたお前を、憎しみのままに斬りはしない。そのむくろは、お前の尊厳がそこなわれない様、自分がこの手で、丁重ていちょうほうむろう。願わくば、次に生まれる時は、普通の人の子として、幸せに生き天寿てんじゅを全うするがいい。一人の神子みことして、その祈りを捧げる」

 ジェイルは、レイアの目を見る。自分の言葉にうそいつわりは無いと、伝える為に。

 少女は、涙が流れるままの顔を上げて、しばらく無言で真っ直ぐにジェイルを見返す。

 白く細い首筋があらわになる。

 レイアは、一度ゆっくりと瞬きをすると、落ち着いた声でジェイルに返す。

「不思議だ。お前にそう言われると、少しだけ、怖くなくなった。

 私も本当に、そうなれるかな……そうなれれば、いいな……」

 レイアは独り言の様に小さく呟く。


 間もなく、その時が訪れる。

 ここに至って、ジェイルに一切の殺意はなかった。

 やがて意を決した少女はその両目を閉じながら、遂にジェイルに告げる。

 涙はもう、流れてはいない。

「アリア、そして強き人間の神子よ、ありがとう。さようなら」

「──さらばだ。誇り高き、風の神よ」

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