神降ろし
刃の根元まで深々と突き刺さった十文字槍を、敵の
そこに広がる光景に、思わず彼は
「いやぁ、これは……自信なくしちゃうねぇ」
「サーシャとルチルだけでいいよな……」
ラーズも、
「師匠の差かなぁ。おれらもそこそこやると思ってたけど、修行のやり直しかな。ラーズ、戻ったら頼むよ」
「おれのセリフだヒューズ。おチビちゃんに報酬払って指導してもらうべきだなマジで……」
脳の損傷と毒薬の苦しみにより力任せに暴れ、
ラーズとヒューズの視線の先には、大量の返り血により全身を真っ青に染めた鬼がいた。
その周囲には大型オルディウムの首なし死体と、散乱した生首が3つ。
しかし先ほどの鎧竜との戦闘と違うのは、ジェイルの
瀕死の三体とは言え、ラーズとヒューズがたった一体を仕留める僅かな時間より早く、苦しみ力任せにのた打ち回る巨大な怪物三体の首を、瞬時に落としたという事になる。
狙撃位置で待機していたルチルの魔術も切れた。
皆、奇襲の成功に思わず気が
「いやあ、ひと段落つい──」
「──まだだ!」
ヒューズの台詞を
「来る……!」
ジェイルが焦燥を隠さず呟く。
「昨晩言った通りだ、自分とアリア以外は撤退!今すぐだ!」
感情を隠さないジェイルの
「ああ。随分と遅いな」
ラーズの背後、すぐ近くで聞こえる声。
見ると、ジェイルによって斬り落とされ、地に転がった巨大なオルディウムの首の一つに、幼い少女がちょこんと
年の頃は十二歳程だろうか。綺麗に切り揃えられた灰色のボブカットに空色の瞳。貴族が好みそうな、絹のように輝く糸で仕立てられた上品な服を
そして少女は
すると、
「──ッ!」
最初に動いたのはジェイルだ。
少女に対し、強烈な殺意とともに放たれる
狙いは、少女の白くか細い首だ。
だが、しかし。
「ふふ、冗談だ冗談」
ジェイルが数メートルの距離を
にも関わらず、まるでそれを予知していたかの様に、少女の身体は回転しながらふわりと宙に舞い上がり、ジェイルの小太刀は盛大に空を切った。
ラーズ達は、すっかり硬直してしまっている。
こちらを小馬鹿にする様な笑みを浮かべる、灰色髪の少女と対峙したジェイルが、左手でも小太刀を抜こうとしたその時。
「落ち着けゼル。こいつもこう見えて誇り高いヤツでな。人間の数人、殺すつもりならとっくにやってる。まずは
事の成り行きを見守っていたアリアが、こちらへゆっくりと歩いて来つつ、
「アリア、十五年振りだな。あいつらにやられた傷は、すっかり
灰色髪の少女がアリアとの距離を詰め言う。二人は
「おかげさまで、すっかりな」
「……あいつらの気持ちも理解出来る。それほど
「そうだったか?──とっくの昔に忘れたよ」
アリアの冗談めかした答えに、相対する少女の声に急激に感情が込められていく。
「んん?何処かで見た顔だと思えば、あの時の
「質問が多いぞ、レイア──そうだな、それが
対照的に、アリアは相も変わらずさらりと言う。
「全く解せんな──あの頃のお前は何処へ行った?王の命ずるままに、散々人間どもを
ついにレイアは激しい怒りを
しかしその様子は、アリアに対する何らかのコンプレックスを、彼女を罵る事で発散しようと試みている様にも見えた。
「その通りだ。レイア、もうわたし達はわかり合う必要もない……ここからは神としての領域だ。無関係な、人間と亜人類の娘は帰してやってくれ」
「言われずともそうするつもりだったさ。今日は特別な日になる。誰にも邪魔はさせない!」
ここで、時刻は昨晩まで遡る。
「──王から口止めされていたんじゃなかったのか?」
キャンプ地での夕食後、ラーズの就寝の提案を
「可能な限り、という前置きが付いている。今回はほぼ間違いなく『当たり』だろう?隠し通すのは不可能だ」
「うむ、確かにな」
アリアは納得した様子で答える。
そしてラーズ達は皆、真剣な面持ちでジェイルの言葉を待つ。それは、決して聞き逃してはいけない話だという気配があった。
「──そもそも、アリアは人間ではない……」
ジェイルのその言葉を受けて、サーシャが発言する。
「いやいや、だからルチルに聞いたけど、珍しい種族の、亜人種の人だよね?」
「彼女がそう結論付けたのも当然だ。しかしアリアは、亜人種とも全く違う」
「は……?」
予想外な一言に、サーシャは思わず聞き返す。
ジェイルは、言い
ここで、ラーズが
「やっぱりそうか。術師の気配を全然感じなかったからな、おチビちゃんからは。言った通り、初級回復術式も使えねえだろ?」
「初めゼルに絡んで来た時に言っていたな。その通り、わたしは魔術は一切使えない」
アリアへの問いに、彼女は含みを持たせて肯定する。
「人間でも亜人種でもない……それは、つまりどういう事だ?」
結論を出せないジェイルにそれを
「──アリアは、ある存在によって作られた、人ならざるもの。人の形をした兵器。
……今伝えられるのは、これだけだ」
ジェイルの突然の発言に、場の空気が凍り付く。
「兵器って、何を馬鹿な!突拍子も無い…どう見ても、普通の女の子じゃないか…!」
ヒューズは
「信じる信じないは今はいい。明日、アリアと同じような存在と、
先程の戦地より、もうどれ程離れただろうか。
ラーズ隊は皆、
言葉に出したい事がある。
しかし、この重く
「──みんな、本当にこれでいいのか?」
重苦しい沈黙を破ったのはルチルだ。
「私達だけおめおめと逃げ帰って、本当にそれで、任務完了って言えるのか?」
一呼吸置いてから、反応の無い他のメンバーに向かって問い掛け続ける。
「さっきの、ジェイルの踏み込み、
ラーズが諦めの表情を隠さず静かに言う。
「兵器と言われてもあの子もただの女の子に見えたが、彼を手玉に取るって、とんでもない化け物だ。あの攻防を見たらおれ達に出来ることは、何もないって理解させられたよ。悔しいけど……」
ヒューズもまた、疲れ切った顔で呟く。
「何だそれ!お前達、それでも傭兵の
「ルチル」
サーシャは優しく彼女の肩に手を置く。
ルチルは
「──で、お前のも呼んだらどうだ?もう邪魔者はいない。あっちの山の陰にいるのはわかってるぞ」
レイアと向かい合うアリアが真っ直ぐに指差した方向には、比較的低い山々が密集している。
「何でもお見通しという訳か……来い、フォルス!」
灰色髪の少女が一喝すると、アリアが指差した方向から一際大きな猛禽型オルディウムが、凄まじいスピードでこちらへ飛んでくる。その速度、実に秒速五十メートル以上。
それがこちらへ接近し、ジェイル達の頭上で急上昇すると、遅れて激しい暴風が辺りを包む。
そうしてゆっくりと翼を羽ばたかせながら下降し、レイアの
──何という大きさか。
未だに止まない暴風から腕で目を保護しながら、ジェイルはそう思わずにはいられない。
先程のオルディウムとは比較にならない。体長は恐らく七メートル。翼長は十五メートル以上、体重は二トンに達するだろう。
「どうだ?こいつは雛から育ててやったんだ。私の神力を十二分に吸わせてな。可愛いだろう?非力な人間など相手にならん。お前の自慢の
「アリア、頼む」
レイアの宣言を無視し、ジェイルは
板鎧はかなりの重量があったようで、ゴシャッ!という音とともに地に落ちた。
「ゼル、死んでは何にもならん。耐えろよ、いつも通り本気でいくぞ」
晴れていた筈の空は、いつの間にか雲が
「…いた」
ほぼ呼吸だけの音でルチルは漏らす。
戦地へ一人戻った彼女は、ジェイル達から相当離れた小高い丘の上で息を殺している。
サーシャから
役に立てないなら、せめて離れたところから仲間の勝利を祈る、それが彼女が辿り着いた答えだった。
彼女の位置からは、丁度ジェイル達の姿を真横から観戦する形になる。
場には先程はいなかった超大型の飛行型オルディウムも加わっているが、場を支配する異様な緊張感の原因は、それだけではないと断言出来た。
言葉に出来ない何かが、彼女の本能に生命の危機を訴えかけていた。
ルチルはカラカラに乾き切った自身の口内に気付くこともなく、アリアとジェイルの様子をただ見つめている。
やがてルチルは、アリアの胸の辺りに、僅かだが黒い穴が空いている事に気が付く。
ルチルが怪訝な表情でそれを
やがてその真っ黒い穴が
あそこだけ光が届いていない──あれは完全な闇なのだ、と。
ジェイルはと言うと、アリアの前に背を向け跪き、レイアと超大型オルディウムと
やがて異変はそれだけではなく、アリアの全身で起こり始める。
銀髪は重力に逆らって髪束の一つ一つが生きている様にうねり、両眼はそれら自体が光源となって紅く輝いている。
その表情には、ルチルが知っている、いつも穏やかに微笑んでいる少女の面影は一切なく、見る者の本能に強烈な【死】を
そうして、アリアは大きく息を吸ってから、感情の一切込められていない冷え切った声で、歌うように
『天に
我が神子ジェイル=クロックフォード、我、
来たれ
来たれ
ルチルの位置からでは、アリアの詠唱の内容までは聞き取れなかったが、それが極めて異質なものであることは理解させられた。
しかし、そんな恐ろしい光景を目の当たりにしても、ルチルは目を
双眼鏡を握り
やがて、アリアの胸元の闇が分散しながら
それは彼が黒い霧に食われている様にも見えた。
ぐああ……!
黒い霧は、ジェイルの全身をくまなく包むように浸透すると、無数の
その際にジェイルが受ける苦痛は、酸に全身を焼かれるのにも等しかった。
そして彼の装着していた簡素な板鎧とは全く違う、ぬらぬらとした生物的な艶と質感を持った、全身を
それは例えるならムカデやクモを無理矢理、人型に変形させた様な生理的な嫌悪を引き起こす姿であった。
同様に腰に差した双剣も、鈍く赤黒く光る金属に変質している。
「……」
変貌したジェイルは無言で黒い双剣を抜くと、肩の力をだらりと抜き、
同時に、レイアもほぼ同じ方法で相棒の超大型オルディウム、フォルスに何らかの術式をかける。しかし、その見た目には特別な変化はなかった。
「人間のような
レイアが勝ち誇った様な笑みで言い放つと、アリアは何処か哀しそうな表情で返答する。
「レイア、思えばお前とは長い仲だったな。どちらが勝っても恨みっこ無しだ。さあ、白黒を付けようか」
──ギン!
その時、アリアの
およそ二メートルの光の球体は、二人を内部に拘束、取り込んだまま地上から数メートルの高さまで、ゆっくりと浮かび上がった。
間もなく始まる、
兵器。
ジェイルはそう言ったが、この戦闘は現代の兵器の特徴には全く当てはまらない。
ルチルにとってこれは、魔術の領域。
しかし、
これほど禍々しい術式は、相当高い練度で魔術を修めたルチルにとっても、未知のものだったからだ。
──
この瞬間まで完全に
それは二十数年前、彼女がまだ幼かった頃。
初めての師でもあった父が手渡した、
そして、彼が語った失われた歴史の伝承。この星イースレイを襲った厄災の
目を輝かせて聞き入る彼女に、生前の父は
この伝承と本は一族に伝わっては来たものの、今の文化から考察すれば
しかし幼い頃の自分は、その恐ろしい物語に妙に引き込まれ、読めない字や、理解出来ない表現の意味を父に
その物語中で、厄災の起こる直前の世に、かつて
『祟り神』と。
それらの兵器はそれぞれ、この世界を構成する様々な力を司り、
ルチルはなおも思考を
もしもアリア達がそれと関係があるなら、魔術と似て
狙いは超大型オルディウム、フォルスの脚だ。
しかし儀式によって感覚器官を大幅に強化されたフォルスは、その巨体に見合わぬ素早い反応で、ジェイルの身体の軌道上に右の翼を合わせて力任せに薙ぎ払う。
バキャッ!
凄まじい音と共に炸裂した一撃で、ジェイルが踏み込み方向と真反対へ吹き飛ぶ。
通常であれば絶対に起こりえない、慣性の法則を完全に無視した動きだ。
「
レイアの視線の先にあるのは、青い鮮血に一部を染められた、フォルスの翼。
インパクトの瞬間、ジェイルのカウンターの斬撃が、
「レイア、神子を
ルチルが家族の死後に身に付けた一番大きな要素は、新たな魔術でも、魔術使用回数を伸ばす為の精神力の強化でもない。
『
この事実は、彼女を
結果、彼女は自身を厳しく
決して既知の敵に対して油断せず、未知の敵に対しては早急に性質を見極め、彼女自身が突破口を作る、と。
その確固たる決意と、ラーズの部隊員として積み重ねて来た経験が、双眼鏡越しの未知の戦闘をさらに解析、推測する。
彼らが
だとすると、今ジェイルが
巨大なオルディウムを使役している正体不明の少女は、激しい暴風と共に
着地したジェイルは、ゆっくりと立ち上がると、やはり双剣を握った両腕をだらりと脱力させ、前傾姿勢になる。
そして先程と同じく、膝の抜きを利用した独特の蹴り出しで瞬時に最高速まで加速、怪鳥フォルスへと再度肉薄する。
相当の手練れであっても目で追えない程の、斬撃に
それらは先程よりも明らかに速度を増している。
黒い影が、怪鳥の周囲を
フォルスもまた、その巨大な身体からは考えられないほどの速度のカウンターで応戦するが、先程とは違い、ジェイルの速度に僅かに届かず、やがて少しずつ全身の羽毛が青い血で濡れ始める。
やがてフォルスの巨大な
間髪入れず、小太刀を握った右腕を自身の
しかしその
手に汗を握りながら見守るルチルが、
ズドン!
極限まで圧縮された空気の
「図に乗るなよ、
状況を逆転する一撃が見事に決まり、したり顔でレイアが言う。
ジェイルの身体はだらりと脱力した状態で、フォルスの体高から更に十メートル程、
そして、そのまま地面に激突するかに見えたその瞬間、またもや慣性の法則を無視したような動きで、身体を半回転させて体勢を整え、ほぼ無音で着地する──
「む……」
レイアはそれを目の当たりにして、
黒い
「体重を、忘れる」
自分自身の考えに、ルチルはハッと気付く。
フォルスとレイアの能力は、風を自在に操る術式であることは
しかしここでルチルは、ようやく結論に至る。
ジェイルは、『自身の重さを自在に変えられる能力』を
ジェイルの二度に渡る、
すると作用が増した
不自然と言えば、彼が刃物が通じない筈の鎧竜や、巨大な猛禽類の頸椎を、苦もなく切り
ジェイルはおそらく、斬撃のインパクトの瞬間だけ、自身や剣の質量を
しかし、敵自体の重さや、身体に触れていない物体の重さを変えることは不可能なのだろうということを、ルチルは今までの彼の戦闘を
ジェイルがまたも刀を
ジェイルの膝が
「
ルチルが小声で
アリアの未知の強化術式で、全身を鎧に包まれたジェイルではあるが、頭部は視覚や聴覚を
「
レイアが悪意に満ちた笑みで、呟く。
フォルスはそれに呼応し、その巨体を突進させようとする。
ジェイルは苦し紛れに、左の膝を突いたまま、右手で
しかし、
レイアとフォルスにとっては、好機に次ぐ好機──だが。
「見事に
言葉を
フォルスの左首筋の辺りの空間で、
「人間の
レイアの視線の先では、ジェイルの
ジェイルは、わざと小太刀を投げ
ジェイルの必殺の一撃が完璧に防がれた様を目の当たりにし、
フォルスが風の
「その見てくれから隠し球を持っていることは
レイアがそう言うと、間合いを詰めていたフォルスが、片膝を突いたままのジェイルの
ジェイルは防御に邪魔な左手の刀を瞬時に
「…!」
声を上げそうになるのを左手で必死に抑えながら、ルチルは涙目で見守り続ける。
ジェイルの身体は爆風で後方に吹き飛ばされ、
装甲は
しかしその表情は、
フォルスもまた、
そしてジェイルを足と足の間に
そして決闘の敗者の
フォルスはその巨大な嘴で、敗者に
──その時。
そしてそのまま、彼のほぼ真上に位置する、フォルスの
フォルスは頭部を振り被った事で、
凄まじい速さで放たれた小太刀の切っ先が、フォルスの頭部を喉から
フォルスはまるで喉に目が付いているかの様な
「全く、油断も隙もないやつだ」
レイアは口の片側を
「今のは本当に危なかった───なかなか、楽しませてもらったぞ」
それは武とは
その様子を見て、オルディウムとしての本能を大いに刺激されたフォルスは、眼を血走らせ、ズドンという地響きと共に、ジェイルの左腕を荒く踏み付ける。
「ぐっ!」
ジェイルが苦痛の声を漏らす。
外骨格の強度により辛うじて千切れず、骨折だけで済んだものの、ジェイルの身体は完全に地に
「…あ…あ…」
最後の悪あがきが
彼女の祈りは届かなかった。そう絶望した彼女は、ここで
「はは!これ程の
「そうだなレイア。これでお前とも
圧倒的に不利な立場の筈の、アリアの
強がりではない──こいつは決してそんな性格では、ない!
「フォルス!」
レイアの悲痛な叫びが響く。
視線を戻した彼女の目に飛び込んで来たのは、相変わらず空を仰ぐジェイルの上半身に、青い液体が滝のように降り注いでいる光景。
それは石像のごとく、硬直したフォルスの後頭部から口内まで
「ああああ…馬鹿な!…なぜ…なぜだ…!」
全くの想定外に勝敗が決したのを目の当たりにして、レイアはうわ言のように繰り返す。
アリアは、何も言わない。
「──投げた刀を……フォルスが避けることも、
レイアは、悲しげな表情を隠すことなく俯いたまま、
「いや、そもそも一度目の投擲も当てる気がなかった……生成した縄の太さを、印象付けるために……あれすらも、
「さっきお前は、ゼルを
「……」
「根本的に違う存在に抱いた認識を、そう簡単に変えられるものか。刃物を持った人間が、子猫に対して油断せずに戦うと口で言ってみても、意識まではそうはいかない」
レイアはぎりりと奥歯を食い
「
「──あれは……
やがてフォルスの出血が弱まり、その巨体が
それと同時に、少女二人を拘束していた光の球体がゆっくりと地に降りると、パキィ!という
そこに立っているのは、
アリアは倒れているジェイルに歩み寄る。
いつの間にか
ジェイルは青い血と、自らの赤い血で染まった
「今回は特に手こずったな。凄く強かった。ほら、治すぞ」
アリアは我が子を見つめる母のような優しい表情をすると、両の
アリアの髪が、この戦闘の開始時と同様、生き物のようにうねり、その瞳が紅く光り出すが、その表情は変わらず穏やかなままだ。
ジェイルの傷は、アリアの掌から放たれる青い光に包まれ、急速に
ものの数十秒でジェイルの身体は、ほぼ完治してしまったようだった。
多少のふらつきは残っているものの、ジェイルは自分の脚で立ち上がり、フォルスの
そうして血塗れのまま、脱ぎ捨てた鎧を素早く着装していく。
その間レイアは、
「情けは、無用だ。これは誇り高き我らが、力を尽くして闘った結果。人間の
その一言に、ジェイルは数秒の間、何かを
「ゼル……仇を、忘れたわけではないだろう?」
アリアの、
「……無論だ、わかっている。今の自分は、ただ一つの為だけに生きている」
自分自身に言い聞かせるかのように返答したジェイルは、続けてレイアに言う。
「風の神よ、今からお前を斬る……」
「ジェイル、何を気に病むことがあるか。確かに、今は私も王など実はどうでも良い。しかしあの時……私はセラを止めずにただ見ていた。そして……お前の絶望は限りなく
気丈にそう言い放つも、その瞳を見ると涙が
レイアは決してそれを
──彼女の身体は、
ジェイルは自身の滲む感情に、強く歯噛みする。
アリアは少し離れた場所から、このやり取りを見守っている。
「今までに、
ジェイルの死の
「この子も、フォルスも死なせてしまった。やはり私は、ここで、いなくなるのか…人の神子よ。
レイアは消え入る様にそう言うと、ゆっくりと
それを目の当たりにしつつジェイルは更に強く一度、奥歯を
「レイアよ。自分は、お前を殺さねばならない。その事実は変えようもない。しかし……自分は決して、敗北を受け入れたお前を、憎しみのままに斬りはしない。その
ジェイルは、レイアの目を見る。自分の言葉に
少女は、涙が流れるままの顔を上げて、しばらく無言で真っ直ぐにジェイルを見返す。
白く細い首筋が
レイアは、一度ゆっくりと瞬きをすると、落ち着いた声でジェイルに返す。
「不思議だ。お前にそう言われると、少しだけ、怖くなくなった。
私も本当に、そうなれるかな……そうなれれば、いいな……」
レイアは独り言の様に小さく呟く。
間もなく、その時が訪れる。
ここに至って、ジェイルに一切の殺意はなかった。
やがて意を決した少女はその両目を閉じながら、遂にジェイルに告げる。
涙はもう、流れてはいない。
「アリア、そして強き人間の神子よ、ありがとう。さようなら」
「──さらばだ。誇り高き、風の神よ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます