剥ぎ爺さん

「爺さんまたやってんのか」

「ええ、もう3日は納屋にこもってます」

「飯は?」

「カロリーバーとかなんとか食べてるみたいですよ。ちょっと見てきてくれますか」

「未だに婆さんは入れてもらえねえのか」

「ええ。怒ってると言うよりは、前のことで警戒してるらしくて……」

「まぁ知識がなかったとはいえ、俺だってあんな事されたら信用なくすわ」

「お恥ずかしい限りで」

「爺さん?」

「京滋か。もう少し待て、今剥がし終わるからな」

「また剥がしてんの。今度は」

「今度も猫だ。だいたい猫だな」

「しかし何でこんな熱心にやってるの。ろくに寝てねえんだろ」

「寝ちゃいるさ。それに老い先短い老人が今更睡眠不足を警戒しやせんよ」

「いやボケられても困るだろう。寝ねえと脳みそは回復しねえんだからさ」

「京滋。どうして俺が熱心に名前を剥がすかわかるか」

「さあ。最初は趣味とか暇つぶしだと思ってたが、そういう入れ込み方じゃないな」

「おうさ。俺にはちゃんと名前剥がしの哲学があるんだ」

「名前剥がしの哲学?」

「猫は何回生きるか知ってるか」

「そりゃ1っかいだろう」

「9回だ」

「そりゃ伝承の話だろ。エジプトのバステトとかイギリスの魔女の猫とか」

「いいや、9回だ。あるいはもっと多いかもしれんな」

「じゃあ仕様とかバグとか」

「原因はなんにせよ事実さ。問題は9回も生きてる猫がどうなるかってことだ」

「生きることに飽きてくる……とか」

「暗いなあ。猫はたしかに飽きっぽいが悲壮じゃないぜ。あいつらは自由なんだ」

「じゃあ何が問題なんだ」

「名前がいくつもつくのさ。色んな所で可愛がられてな」

「それの何がいけないんだ」

「名前ってのは縛るもんだ。良くも悪くもこの世のモンはみんな名前に縛られる」

「名前に縛られる?名前は実体じゃない。何をどう縛るんだ」

「馬鹿野郎。物理の話じゃねえ、精神の話だ。京滋、お前名前でからかわれねえか」

「刑事とかデカとか言われるよ、よくね」

「しかもおまえは結構正義感あるよなあ。考える力も調べる力も人並み以上だ」

「確かに言われてみると刑事っぽくなってるのか。縛るってもしかして」

「そういうことだ。どんな名前であれ、そいつはその名前に自然と似てくる」

「でも、似てくるだけで何が問題になるんだ。別にそのくらいいいじゃねの」

「猫だからな。猫は自由じゃなきゃいけねえんだ」

「そういうもんかね。まあ、元気にしてるんなら帰るわ」

「おうよ。あ、そこのコード踏むなよ。婆さんのニノマエになるな」

「好奇心で引っこ抜いたりしねえよ。猫じゃねえんだから。しかし……」

「なんだ、変な顔して」

「いやー、今どきテキストエディタでオブジェクトのタグに介入するハッカーなんて居ねえなと思ってさ」

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