小説家になろう
「まずは俺の言うとおりに書け、一言一句、今の言葉もだ。まずは情景描写してみろ、それから記録だ」
男の人が私に拳銃を向けて言いました。
私はいま、半壊したコンクリートの建物の中にいます。
男の人が、適当な瓦礫を積み上げて机を作ってくれました。
この手帳と、ペンを渡されました。
「まあ、上々だろう。最初はこんなもんだ」
男の人が咳払いしました。
「これは記録だ。ビデオカメラとか写真とか日記とか、そういうのと同じように、俺はこの女を脅して記録を残す。もし読者がいるなら、これは異常なことだと思うだろうか。あるいは理解してくれるだろうか。いまここは、ある時代や立場からすれば異常なことが普通になっている。いま大事なことは本質的なことだけで、つまり、俺が女を、しかも子供を拳銃で脅して何かを書かせたとしても、これは記録なのだということだけが重要で意味があるようなところに、いまいる。悪い。しゃべるのが、苦手なんだ。ちょっと前までは上手だったかもしれないが、よくわからない。とにかく、今はもつれて痙攣する舌を必死に動かして話している。」
咳払い。今度は少し苦しそう。
「続けよう。今日は……多分2021/02/24。何日か前に核戦争になった。第三次世界大戦ってことになるんだろうか。正直、情報が混乱しててよくわからない。ひどい有様だ。上空で核が爆発した。この街から見てもっと西の方。2021/02/14。バレンタインデーには派手すぎるよな。昼夜の感覚がおかしい。体内時計が狂ってなきゃ今日はあれから10日後ってことになる。上空でドカンと爆発した。電磁パルスっていうのか?とにかく、核爆発のあとで発生した磁場のせいで電子機器はみんな使えなくなった。スマホもパソコンもテレビもラジオもアウトだ。情報は混乱。エビデンスのない噂話が口伝いに広まってみんな疑心暗鬼だ。いろんな店に強盗が入ったり、避難してる家族を横目に空き巣が横行したりした。いろんな陰謀説とか悪い噂でもうすでにみんなのストレスはマックスだって言うのに、暴力があちこちで立ち現れ始めた。それは次第に燃え広がって暴動になった。山火事より伝染するのが早かったかもな。普段のパリの暴動とは比べ物にならない。カオスだ。もしカメラが動いたらすごい写真が撮れただろうな。今どきデジタルじゃないフィルムカメラなんて殆どないけどさ。それが多分5日か、6日前だ。まあもう、日付は今更どうでもいい。今後きちんと日付を数えられる人間がどれだけ生き残ってるかわかったもんじゃない。ひどい噂ばかりだ。色んな国でここと同じ有様だってのがみんなの話だ。世界中被爆大国だってこと。そんな世界でどんな人類が生き残るって言うんだろうな。いや、もうそういう事は考えないでおこう。」
息継ぎ。深呼吸?
「俺には子供はいない。もう30後半だってのに、独り身だ。それで多分、もうすぐ死ぬ。さっきから頭もぼんやりしやがる。政府が、多分政府が、街の混乱を沈静化するためにドローンを使って催涙爆弾をぶちまけやがった。ただの催涙弾なら良かったんだが、そうじゃなかったらしい。人間の生理機能に直接作用して感情をコントロールする代物だ。昔付き合ってた彼女が勤めてた薬品会社が、たしかそういう薬品を実験していた。もしかしたらそれかもしれない。今はそれ以外の情報がない。違うかも。わからない。とにかく、そいつのおかげで街は別の意味でパニックになった。地べたに座り込んで泣き出すやつ、瞑想する僧侶みたいに静かになっちまったやつ、さっきまでバール振り回して暴れてたやつがだ、それから笑いが止まらないやつ、笑い泣きするやつ、倒れ込むやつ。もしかしたら俺みたいに、副作用で痙攣が止まらなかったり、動機が激しくなってるやつもいただろう。血管がどくどく言うのがわかる。血流がガンガン回ってやがる。心臓が暴走してる。多分、このまま長くは持たないだろう。なにより、こういう生理的な面で死ななくとも、これまでの人生で体験したことのない強烈な希死念慮に襲われてる。催涙弾が内蔵にききすぎたんだな。悪い方に。まあ、こいつを催涙弾と呼んでいいかどうかもわからんが。とにかくそのうち俺は死ぬ。内臓の暴走についていけない。死ぬ。今すぐ死にそうだ。かろうじて、この少女に拳銃を向けることで奇妙な均衡が保たれてる。理性が、少女を撃たないよう歯止めをかける。死への欲動は、拳銃が少女に向けている。」
男の人はうつむいて、震える手をもう片方の手で抑えた。銃口が揺れる。人差し指はトリガーからハズレてる。
「ダメだ、多分、これ以上長くは続けられない。あー。あああああああああああああ。」
怖い。男の人が銃を持ったまま頭を抱えてる。
腰を浮かせて、逃げようとしたら、しっかり銃口を向けられた。呼吸は荒いけど手は震えてない。
「悪いな嬢ちゃん。最後の願いだ。付き合ってくれ。」
「これは記録だ。遺言みたいなものかもな。広い意味では、死ぬまでの間人間が残す言葉の全部が遺言かもしれない。こいつはそのほんの一部だ。けどまあ、何も残らないよりは、少しでもなにか残そうとするもんだろう。この先、この記録を読むやつがいるかどうかもわからない。そいつが人間かどうかすら怪しい。けど、それでも、俺達はなにか残そうとせずには居られないんだと思う。だけど、何を語ればいいんだろうか。俺に語るべき言葉があるかどうか。よくわからない。わからないことばかりだ」
「けど、確かなのは、何か残さずには居られないってことだ。自分の爪痕とか、そういうものを。俺たちは、人間は、肉体は永遠には生きられない。だから何か永遠なものがいるんだ。それがもし、もう使い古された話をなぞることになっても、他人の永遠に奉仕する結果になってもだ。そういう性に俺は忠実に生きる。小さいときからそうだった。それが俺だ」
「あんた死んだ彼女に似てるよ。きれいだ。俺がもっとガキだったら、拳銃突きつけて書かせたりセずに犯してたかもな」
男の人は、立ち去りました。拳銃を持って、建物の外に。半壊した建物に外と中の区別があるとしたらの話ですが。
「ついてくんなよ」
そう叫んでいいました。腰がすくんで動けなかっただけで、今すぐ逃げるつもりです。
銃声がしました。
多分、希死念慮のせいで死んだのだと思います。
記録はこれで終わりです。
多分。
でも、そういえば、記録は終わりだとは一言も言われませんでした。
もしかしたら、もっと書いたほうがいいのかもしれません。
手帳にはまだ白紙があります。それに、書いていると、怖くても、一歩引いた感じで落ち着く気がします。
男の人の話がほんとなら、市街地には行けないと思います。行かなくてもいっぱい辛くて怖い目に合うかもしれません。怖いのは嫌なので、ちょっとでも落ち着けるのがいいです。
それに、爪痕を残すのが性だって言ってました。多分私もそうだと思います。
本当にそうかわからないので、わかるまで続けようと思います。
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