第24話 街道での一幕

 ゴタゴタのあった街を出て二日。

 特に何も起きることなく平和に過ぎていった。まあ、最初の二日間が色々あり過ぎだったと思うわけよ。 

 手作りの布草履の履き心地は快適で街道沿いを歩いていて問題は何一つ発生しなかった。私はたぶん天才なんだと思う。

 いやマジで。


 日が昇っている間は歩き続けているわけだけど、どれだけ快適な靴を手に入れたところで普通にしんどいです。そりゃあ学校までの距離とか、都会人とは比べ物にならないけど島育ちだからって体力が無尽蔵なんてことはない。

 一時間に一度くらいは休憩を挟んでいるけど、もう足はパンパンパンである。昔の人は歩いて旅をしていたっていうけど尊敬するわ。


 それに問題は足だけじゃなくて肩だ。

 私が持っているのって着替えとコップとかその他いろいろで多分3キロくらいだと思う。それでもずっと背負い続けていたら肩が痛くなってくる。

 オルトはやさしいから持ってくれようとするけど、何でもかんでも頼るのは悪いと思うんだ。


「そろそろ休憩するか」

「ええ、お願い」


 私がそういうと、ささっと毛布を広げて座る場所を作ってくれる。この毛布だって私がこういう風に使っていることを考えれば、私の荷物であっても可笑しくないのだ。というか、正直に言うとこの毛布は私のものである。結局持ってもらってるやんってツッコミはなしの方向で。

 着替えとかでお金を使い切った私がどうやって毛布を手に入れたのか。

 オルトに内緒で手に入れたへそくりで買ったわけじゃない。だって、無人の屋敷があったんだよ。買う必要なくね。

 ほかにも色々使えそうなものはあったけど、なんか貴族の持ち物って実用性に欠けるというか、装飾過多だったり持ち運ぶには重すぎたりしていまいちだったんだよね。銀食器とか売れそうなのもあったけど、オルトは火事場泥棒みたいなことには反対するし、じゃあ誰がそんな嵩張るものを持つのかっていうと私になるわけで、ほとんどのものは諦めました。まあ、いくつか使えそうなものはこっそり入れてますが何か問題でも?


 でも、旅をするなら荷物を持って移動しなきゃいけないんだよね。

 オルトについて行くと宣言したけど、基本徒歩の旅っていうのは中々どうして、漫画の世界みたいなストレージとか無限収納はこの世界にはないらしい。

 いまはそんなに色々なもの持ってないけど、この先確実に荷物が増える自信がある。もちろん極力荷物は最小限にするよ。でもさ、私も女子なのよ。女子ってば色々と物が増えていくものじゃない。


「馬ってやっぱり高いのかな」

「歩くのしんどいか」

「いや、歩くのはまだ平気なんだけど、肩が痛くてね。荷物とか運んでくれたら楽じゃない」

「だから、荷物なら俺が」

「これ持ってもらってるだけで十分だよ。でも、この先、荷物も増えてくると思うのよね。それで、馬なんだけど」

「買ったことないから正確にはわからんが大金貨数枚ってところじゃないか」

「それなりってことね」


 この世界の平均月収は小金貨5枚くらいらしい。ということは、月収の数倍ということだから、庶民には手が出ない金額だろう。車とかバイクを買うようなものと思えば同じかもしれない。


「それに街道沿いならともかく山道は場所によっては厳しいし維持費も掛かる。えさ代もそうだが、街に入れば預けるのに宿代以上に掛かるからな」

「それもそうか」

「この辺は走ってないが、主要都市間なら乗合馬車も通ってるぞ」

「もしかしてレムリアについたら、私を馬車にのっけてさよならしようとか考えてる」

「それに関してはあきらめたよ。アイカが元の世界へ帰れるように協力するさ。だけど、歩けないっていうなら話は別だが」

「だから、大丈夫だってば」


 投げ出した足をマッサージしながら私は口を尖らせる。

 その間にもオルトはせっせと働いて、紅茶を用意してくれる。それを一口含めば疲れた体に仄かに甘い紅茶が染みわたり、爽やかな風が肌を撫でていく。

 空は高く雲はまばらだ。


「それにしても天気がいいわね」

「ああ、この時期はあまり雨が降らないからな」

「長雨の時期もあったりするの」

「いや、そういうのはないが夏に入ると夕立が多くなるな」

「ってことは結構気温は上がるのね」

「北の方に行けばそうでもないんだが、この辺りは暑くなる」

「うへぇ。お風呂もないうえに暑いなんて最悪じゃない。レムリアにはお風呂付の宿ってあるのかしら」

「あるとは思うが俺の手持ちじゃまず無理だ」

「だよね。聞いてみただけ」


 街を出てから二日、当然のことながらお風呂に入ってない。化け狒々に舐められた時みたいな悪臭はなくなったけど、歩いているから汗を掻く。そうなると当然肌はべたべたしてくるし髪もギスギスしている。これでも野営の時には濡れタオルで拭いたりはしているけど、それだけじゃ足りない。

 ここはひとつ、オルトにバレてしまうがへそくりを使うことも考えないといけないかもしれない。


 そんな風に短い休憩を挟んで歩き始めた私たちは、小高い丘を越えたところで初めて街道を進む人達を見かけることになった。


「襲われてるわね」

「襲われてるな」


 街道の先にいたのは荷馬車を引いた行商人だった。遠目にその周りを狼の鬼獣が襲っているのが見える。

 それでいて、なんでこんなにのんびり喋っているのかといえば、別にピンチっぽくなかったから。行商人の馬車は四人の護衛で守られているようで、行商人も馬も荷車も無事みたい。

 鬼獣も元々は10匹の狼の群れだったみたいだけど、すでに4頭が倒されていて、って見ているうちにさらに1頭倒された。つまり助けに入る必要はないということだ。


「馬車の向きからするとこっちに向かってるみたいけど、あの街に行くのかな」

「どうだろうな。護衛を四人も雇っているしそこそこの商人だと思う。途中に分かれ道もあったし、別の街に行く可能性が高いと思うが」

「そういえば西に進む道があったっけ」


 狼がこっちに向かって来ても困るので、私たちはその場に留まって様子を伺っていた。のんびり会話をしている間にさらに一頭が撃退されていて残り4頭である。

 さすがに半数以上減らされたら狼も不利を悟ったのか、尻尾を巻いて逃げ出そうとした。が、それはこっちを向いていた。すかさずオルトが剣を抜いて構えるが、逃げていく狼に向かって護衛の一人が黒い何かを放つと、それが狼をズタズタに引き裂いた。


「あれって……」

「魔術だな。かなりの使い手らしいが1頭外した。アイカ、動くなよ」

「ええ」


 向かってくるのが1頭だけならオルトなら鼻歌まじりでも楽勝だろう。もちろん、そんな油断をするようなオルトじゃない。そして予想通り狼はあっさりと切り捨てられる。

 相対したのは1頭だけど、オルトの剣の腕というのは素人目にもすごい。

 例えばさっきの状況だけど、商人は10頭の鬼獣に襲われていた。それをたった一人で守るのは普通に考えて不可能だ。商人を背後に守ったとして、前方の敵は倒せても背後の敵はどうすることもできない。だから、商人は護衛を4人雇ったのだろう。

 そういう点から言っても、水不足の街の荷馬車は護衛が一人だけとか不自然だったのだ。

 

 その条件を私たちに当てはめれば、まともに旅ができていることがどれだけ異常なことかわかると思う。10頭の狼に取り囲まれた場合、私という足手まといがいる状況で立ち回るのは非常に難しい。

 でも、オルトは違った。

 昨日、そんな場面が一度あったのだ。

 どうしたのかといえば、私の手をとって社交ダンスを踊る様に戦ったのだ。時に私を遠くに突き放し、次の瞬間には自分の近くに引き寄せて、とクルクルと回りながら鬼獣を殲滅した。鬼獣に襲われて危険な状態には変わりないんだけど、守られている感じが堪らかったので、なんだったら鬼獣にもう一回襲われてもいいかも、なんて不謹慎なことを思っている。


「済まなかったな。1頭そっちに逃がしてしまって」

「いや、この程度問題ないさ。それより怪我人は」

「大丈夫だ。気遣い感謝する」


 会話というほどのものでもないけど、二言三言言葉を交わして行商人の側を通り過ぎる。魔術を使って倒した狼はそれはもうスプラッタな感じだった。

 それにしてもすごい威力である。

 戦っているときに使わなかったのは、使えなかったというよりも使うことを躊躇していたのかもしれない。オルトの話じゃ魔神教徒ってよく思われてないみたいだしね。いまも商人とすごい剣幕で護衛の人たちに何かを言っている。


 行商人とすれ違ったのを皮切りに徐々に街道沿いに人とすれ違うことも多くなり、街を出発して3日目国境近くの街レムリアに到着した。

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