生贄として召喚された私が、歴史上最悪の悪女と呼ばれた理由 (仮) 

朝倉神社

プロローグ 森の主と生贄召喚

第1話 憧れの東京から異世界へ

 ぐるぐるに圧縮されていたマットレスが袋を破ると一気に広がった。やっとの思いで組み立てたベッドに思い切り飛び込むと、心地いい弾力が背中を押し返す。


「あー、疲れたー。1500円で組み立ててくれるなら払えばよかったなー」


 ベッドでごろごろと転がりながら、散らかった床に目を落とす。段ボールに衝撃吸収用の発泡スチロール、カッターナイフに予備の部材が転がっている。

 私、偉い。

 全部で50個以上はパーツがあったんだよ。それを一人で組み立てたんだからすごくない?

 まあ、二時間も掛かっちゃったけど。

 それに、全然部屋は片付いてない。壁際を見れば段ボールは山のように積み上げられている。これを全部片づけなきゃいけないと思うとため息の一つも尽きたくなるというものだ。


「はぁ。どうしよっかなぁ。もう夜だし、とりあえずご飯でも食べようかな?」


 憧れの東京に引っ越しした初日のご飯だし、前からチェックしていたメキシコ料理のお店に行こうと思っていたけど、部屋の片づけでもうクタクタ。今日はコンビニで軽く済ませてしまおうか。

 だってここにはコンビニがあるんだもん。私の田舎とは大違い。

 マンションを出て角を曲がればすぐそこに、24時間お店が開いているなんて流石は東京だよね。


「でも、とりあえずシャワーでも浴びますか。汗かいたし」


 着替えはどこに入れてたっけと、段ボールの表に書いた品目を確認していく。本やCD、文房具、洋服、化粧品などなど。お風呂セットは化粧品と一緒に入れていたのでそれをぐっと引っ張って抜き取った。新生活だから、新しく購入するのもいいけども節約するところは節約しておきたい。

 ベッドは引っ越し当日に届くように手配したけど、冷蔵庫とかはこれから買う予定だ。一応予算は組んでるけど、引っ越してから必要だと気づくものも多いはず。


 段ボールを開けて、お気に入りのシャンプーなんかを取り出して着替えを探す。コンビニはマンションのすぐ裏にあるけども、島と違って部屋着で外に出るわけにはいかないよね。引っ越し当日がコンビニなんてさみしい気もするけど、見方を変えればまさに都会って感じがする。

 まあ、さすがにおしゃれをする必要まではないかなと比較的ラフな服装を手に取った。


 その瞬間、不思議な光が当たりを包み込んだ。


「えっ? なにこれ」


 余りの眩しさに目を閉じて、再び開けると世界が一変していた。

 どういうこと?

 動揺する私を見つめる数十の瞳。

 島の集会場のような薄暗い室内には大勢の人々が集まっていた。みんな一様に疲れたような顔をしていて、ってそんなことよりどう見てもみんな外国人だ。

 どういうこと。

 そもそも、ここはどこよ?


「聖女様!!」


 ぱっとしない男女の中から白髪の老人が一歩近づいてきた。みすぼらし人たちの中で、唯一といっていいくらいまともな服装をしている男だ。まともといっても、村長とかそんなレベルだけど。


「聖女様、この世界は闇に覆いつくされているのです。どうか、聖女様のお力で闇を払っていただけないでしょうか?」


 代表者らしき老人の言葉で、なんとなく状況が理解できた。これはいわゆる異世界召喚とかいう奴ではないだろうか。私ははっきり言って田舎の出身だ。田舎にもレベルはあるだろうけど、私の田舎は日本でも最底辺レベルの絶海の孤島だったりする。

 辛うじてネットはつながるけども、回線速度なんていまどきADSLかって速度しか出ない。流行りの動画サイトなんかを閲覧できないから、もっぱらweb小説で時間をつぶしたりしてた。だから、その手の物語もいくつかは読んだことがある。


「普通、王様とか王女様とかがいるんじゃないの? まさかお爺さんが王様ってことはないですよね」

「もちろんでございます。召喚術は大変危険を伴うものであるため、召喚術の失敗による被害を考え王城からは離れたこの地で儀式を行っております。聖女様の召喚に成功したことはこれからすぐに陛下へ連絡しますので、すぐに人が派遣されてくるはずです」


 まあ、言っていることはわからなくはないわね。

 っていうか、なんで言っていることがわかるの? ここ異世界だよね。


「なんで言葉が通じるの?」

「そ、それは……」


 代表者らしき老人が後ろをちらりと振り返る。そこにいたのは一人だけフードを被った怪しげな男。ぎょろりとした目つきだけど、なんだか右目がちょっと変。この儀式を執り行った人だろうか、いかにもって雰囲気がある。


「召喚したものと意思疎通が出来ねば問題だろう。言葉そのものはわからずとも、そこに込められた思念が感じ取れるようになっている」


 ぶっきらぼうにフードの男が答えた。

 つまり言葉が翻訳されているわけではないけども、言いたいことが伝わるということらしい。意識して相手の声に耳を傾けると、聞いたことのない言語でしゃべっているのがわかった。頭が認識している内容と、相手の言語の違いなんて意識してないと気づかないレベルのようだ。なんともご都合主義っぽいけど、話が通じないよりましかもしれない。


「変な感じね。意識してなければ、言葉の違いに気づかないくらいだわ。ところで私は元の世界に帰れるの? っていうか、帰らせてほしいんだけど」


 あいにくと私には異世界召喚ひゃっほーなんて喜ぶ趣味はない。これから白衣の天使と呼ばれる予定だった私が聖女というのは納得だけど、世界の闇を払うなんて大役が務まるはずもない。

 それに、ようやく憧れの大都会東京に出てきたんだよ。何が悲しくてこんな文明レベルの怪しげな世界で生きていかなくちゃいけないの。島の人たちだって腕時計くらいはしていたのに、ここにいる人たちはみすぼらしい服装ばかり、どこにも文明の片鱗何て見えてこない。


「そ、それは……もちろん可能です。送還術を使えば元の世界に戻すことはできるのですが、召喚術で大量のマナを消費したばかりでして……回復するまでお待ちいただけないでしょうか」

「それってどれくらい?」

「三日ほどいただければ」


 再びちらりとフードの男を振り返ると、男は頷き返していた。しゃべっているのはこの老人だけど、あの召喚術士?の方が偉いのか。まあ、実際に召喚をしたのはフードなんだろうけど。

 それにしても三日か。

 短いようで長いなぁ。

 東京は危ないから毎日連絡しなさいって、しつこいくらいにお母さんに言われていたから、三日も連絡がつかないと警察に連絡が行きそうで怖い。どうやって言い訳しよう。異世界に召喚されてました。なんて信じてくれるはずないよね。まあ、今それを考えても仕方ないか。


「じゃあ、三日後には元の世界に帰してください」

「は、それは、その。できればその三日の間にこの世界の現状などを説明させていただいてもよろしいでしょうか。それでも、決心が揺らがないようでしたら、仕方ありませんが……」

「別にいいですけど、決意は変わりませんよ」


 なんというか、頼りない老人だ。

 本当に国の代表者の代わりにここにいるのかと疑問に思ってしまう。まあ、でもあれなのかな。失敗して死んじゃっても惜しくない人が派遣されたのかもしれないと思えばそんなものかもしれない。お爺さんには申し訳ないけど。

 とにもかくにも三日もここで過ごすのなら、ちょっと現状を把握したほうがいいかもしれない。


「そうだ、お風呂はありますか?」


 召喚される前はシャワーを浴びるところだったんだと思い出す。それにこの世界の文明レベルもわかるというものだ。


「風呂でございますか」

「あー、お風呂がないパターンか。困ったなー」

「そ、その。このような田舎では、お風呂は、その申し訳ございません。とりあえず、お食事などはいかがでしょうか。聖女様のためにご用意しております」

「ご飯か。うん。じゃあ、頂こうかしら。お腹もすいているし」


 人々の服装を見ていれば裕福とは思えないし、ご飯もあまり期待はできない。でも空腹は最大の調味料というし、ないよりマシかな。はぁ、コンビニで夕飯食べるつもりが異世界でご飯って。

 たった三日間だけなら異世界を楽しむのも悪くないと思うけどどうなんだろうな。隣の部屋に移動したところで、召喚の間?と同じくらい何もない場所で、それどころかテーブルの上にも何も用意されていなかった。


「あれ、用意しているって言いませんでした?」

「も、もちろんでございます。聖女様には出来たてを食べていただく予定でしたので、すぐに運んでまいりますので少々お待ちくださいませ。まずはお飲み物でもいかがでしょうか」


 召喚の儀式がうまくいくか不明だとか言う話だったし、食事が用意されていないのも当然なのかな。奥の方からふわふわと食べ物のにおいも漂ってくるし、準備しているのは本当なのだろう。そんな風に様子をうかがっていると、並々と注がれたワインっぽいものが運ばれてきた。


「ささ、どうぞ」

「お酒ですか?」

「ええ、この村で作っているワインです」


 やっぱりワインらしい。未成年なので飲酒の習慣はないけども、ここは異世界だし問題はないかなとゴブレットに手を伸ばした。


 だけど、私は安易に飲み物に手を伸ばしたことをすぐに後悔することになった。

 なぜなら次に気がついた時、私は両手を縛られていたのだから。

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