知らない街の労働者

@lil-pesoa

第1話

ロウドウを終えて帰路に着く。風のようなナニカが西から東へ流動する。コウモリが頭上を翔ける。醜く翔ける。月が出るにはまだ早いので、俺は可能な限り月の存在を忘れようと努力しながら帰路に着く。左手で玄関のドアを開けて右足から廊下に上がる。右手でリビングのドアを開けて左足から部屋に入る。窓から見える落日が、俺の部屋を極めて怠惰に染めていた。机の上に、朝食のパンを置いていた皿と、コップに入った紅茶がそのままになっている。部屋の隅に乱雑に積まれた雑誌があって、表紙の美女が永遠に微笑んでいる。テレビがうわ言のように芸人の漫才を垂れ流している。冷蔵庫に貼り付けられたマグネットのキャラクターが変なポーズをしたまま静止している。電子時計が無機質なフリをして時を刻み続けている。二週間前にこの部屋で交わした彼女との最後の会話が未だに反響し続けている。もはやそこにあるべきではない髪留めと写真立てが、失敗作の絵画みたいに映っている。落日が、あまりにも文学的な落日がコップの中の冷えた紅茶を照らすので、まるで秘宝が入っているかのようだ。しかるに俺は、この剥き出しの郷愁を受け入れることにして、窓を開けてそのままベランダに出た。朱色の中に全身が溶けていく。もはや落日の一部となった俺は、ただぼんやりと物思う。月が出るにはまだ早いので、俺は可能な限り月の存在を思い出そうと努力して、それから涙を流した。

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