ヒトの世界

夏特有の蒸し暑さで目がさめた。ぼんやりとした視界で辺りに目を向けると、遥か彼女方にぼんやりと蛍の光のようなものが見える。


「なんだろう、あれ?」

 何故か惹きつけられるような異様な魅力を感じた。僅かに残っていた眠気が消えて、ただ光を求めて駆け出した。


 光の正体を目にした時、彼女は開いた口が塞がらなかった。


 言葉では言い表せないような大きなものが建っていたのだ。


 光はその建造物の中から間隔をあけて放たれていた。明らかに木や山といった自然物ではない。


 彼女は好奇心に任せて、建造物に足をかけた。


 天まで続くのはないかと思うほど長い建造物を順調に登り進めていく。真上には薄っすらと見える無数の星と煌々と輝く満月がある。


 ある程度のところまで登った時に視線を外に向けた。彼女は目を見開いた。


 辺りには同じような巨大な建物が無数に聳え立っていたのだ。鉛色の大自然というべきだろうか。


 様々な騒音が混じり合う中、彼女はその高台の壁に張り付いて蛍光色が飛び交う世界を見下ろしていた。


 自分達の住む世界とは違い、煌びやかさに満ちていて、まるで星空が地上に降りてきているような光景だ。


 好奇心にさらに火がついて、一番上まで速度を上げて駆け上がった。



 建造物の屋上にたどり着いた時、彼女は目を疑った。中間で見た光景よりも遥かに壮大で美しい景色が一望できたのだ。


 同じような建物が地平線の彼方まで無数に立っているように見える。


「よお」

 声のする方を向くと、美しい満月を背に一匹のヤモリが猫のような縦状の瞳で彼女を見つめていた。


「こんばんは」


「おう、トカゲの嬢ちゃん。見ねえ顔だな」


「私は遠い山間から来たんだ。ここは何?」


「ここはヒトが作った世界さ」


「ヒト?」

 ヤモリが向ける視線の先を見ると、あちらこちらに蟻ほどの大きさの何かがぞろぞろと歩き回っている。


「本当だ。何かたくさんいる」

 ヒトの群れを興味深く観察しているとその近くで素早く通り過ぎる何かが見えた。まるで木々の間を素早くすり抜ける大蛇だ。爛爛と目を光らせて、闇夜を駆け抜けていく。


「あの蛇のように長いものはなんだ?」

「あれは電車ってやつさ。遠くに行きたい時はあれに乗って移動するのさ」

 

 デンシャと呼ばれる物体を目で追いながら、この場所が自分の住んでいた世界とは全く別物だと彼女は深く理解した。


「まるで別次元にいるような感覚だよ。でもヒト達。顔色が悪いよ」

 ヒトの顔を見ると、ちらほら疲労感に満ちたような表情を浮かべているのが見えた。特に高い建造物の中にいるヒト達は露骨に辛そうだった。


「森と同じだよ。水や食物連鎖によって自然が成り立っているのと同じように彼らのこの煌びやかな生活は彼らの無数の汗と労力によって支えられているのさ」


 ヤモリがさも当然かのような口調で語った。


 確かにヒトの作った世界は素晴らしい。しかし、生気を奪われたような顔をしてまで保つに値する生活なのか。


 生き物が生き物らしさを失っているような気がする。


 本来なら夜には巣へと戻り、眠りにつくのが最適なはずだ。


「お嬢ちゃん。面白いところ連れて行ってやるよ」

 彼女は怪訝な表情を浮かべながらも、ヤモリの後に付いていった。

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