第7話 彼も妖精が見える

 ――魔術師――?


 魔術師――というと、絵本の中の存在だ。

 どちらかというと、女性の魔術師――『魔女』のイメージの方が強い。森の中に住んでいて、大抵はお婆さんで、良い魔女は物語の主人公を助けてくれて粗末なドレスを素敵なドレスに変えてくれたりして――悪い魔女は主人公の敵になって主人公の姿を醜い動物に変えたりする。


 アジュール王国の先々代の国王殿下――アネッサと婚約が決まった王太子ヒューゴ様の曽祖父にあたるケイレブ様は魔術に精通していたと言われるけれど――、今の王国には魔術師・魔女と呼ばれる人たちはいないと思う。


 私は、目の前でしゃがんでいる黒髪の青年を眺めた。

 黒い古びた全身を包むローブ姿は確かに魔術師のイメージに合う。

 それに、さっき妖精たちを空に飛ばした風。それから、この不思議な場所。


「どうした? 俺んに来るのは嫌? 取って食ったりしないよ。お茶くらい出すし」


 白い犬の頭を撫でながらアルヴィンは気さくに笑った。

 私は「いえ――」と呟く。

 私ってばさっきからこの人のことを呼び捨てにしてしまっているけど――、もしかして凄い人?


「――ごめんなさい。ちょっとびっくりしてしまいまして。魔術師って本当に――いるんですね」


 思わず口調を正すと、彼は露骨に顔をしかめた。


「堅苦しいのは止めてくれよ。君だって妖精が見えるじゃないか。俺と君は仲間だよ」


「そう、妖精……! あなたも見えるのよね? あのお花畑――あそこに行きそうになったことがあるってさっき言ってたのは――あなたも、私と同じように、妖精たちに『行こう』って言われたの?」


 アルヴィンは立ち上がると、私に笑いかけた。


「ずっと昔に。君よりもっと小さい頃だけど。――――歩きながら話そうか」


 私も立ち上がる。

 妖精たちがアルヴィンの起こした竜巻で飛ばされていなくなってしまったので、周囲は葉っぱが風に騒めく音が聞こえるだけで――とても静かだった。

 思わず瞳を閉じる。こんなに静かな夜はいつぶりだろう? 

 

 私は大きく森の空気を吸い込んで、先を歩き出したアルヴィンを追って歩き出して――、転んだ。


「きゃあ!」


 思わず悲鳴を上げて尻餅をつく。


「どうした?」


 駆け付けたアルヴィンは転んだ私の足元を見た。室内履きの靴は泥だらけになっている。


「ああ、そうか――、ごめん、気づかなくて」


 彼は少し考えるように首を傾げると、私に背中を向けてしゃがんだ。


「え――? え?」


 私は困惑する。これは――背負ってくれるってことだろうか――、でも、さすがにそれは申し訳ないし、というよりさっき会ったばっかりだし――……。


「家まで草むら歩くから道が悪いし――、その靴じゃ怪我するよ」


 アルヴィンがそう言うと、ジャックが急かすように一声吠えた。

 私は周りを見回した。森は鬱蒼としていて、足元は木の根っこや石で凸凹していた。


「じゃあ――、ごめんなさい。お願いします」


 私は彼の背中に近づくと首に手を回して身体を預けた。 

 「よっ」と小さく呟いて、アルヴィンは立ち上がった。ぐんと視界が高くなる。


 ――人に背負われるなんて――いつぶり?

 

 アルヴィンの背中は、ひょろりとした姿から想像したよりもずっと広くて、黒いローブごしにじんわりと温かい人の体温がした。


 私はふと、本当に小さかった――3つか4つの頃、お父様におんぶしてもらったことを思い出した。じわりと熱いものが目にこみ上げてくる。

 ――あの頃のままだったら良かったのに。


「大丈夫か?」


 アルヴィンは歩みを止めた。私は「うん」と頷いて彼の首をぎゅっと抱きついた。


「ねえ、アルヴィン。妖精たちは、何なの? 何で他の人たちには見えないの?」


「妖精が見えるのは君が特別だからだよ、メリル。君には魔法の力があるんだ」


 彼は私に言い聞かせるように静かにそう言うと、ゆっくりと歩き出した。


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