第5話 花畑

“こっちだよ、メリル”

“ついてきて”


 妖精たちは私を導くように飛んで行く。私はその後を追いかけた。

 自分の部屋の窓から飛び降りて着地した裏庭を抜けると――その先には原っぱの丘があって、その丘の下には領地の畑が広がっているはず……なんだけれど、丘の上からはなぜか眼下に一面の花畑が見えた。


 私は立ち止まって目を凝らした。


 赤・黄色・紫・オレンジ・ピンク――色とりどりの花々の間を無数の光が楽し気に飛び回っている。


 直感的に私は悟った。

 ――あの花畑の向こうは、この世じゃない――妖精の世界だ。

 

“さあ、行こうよ”

“みんなメリルを歓迎してる”

“楽しみだね!”

“ボクらと向こうでずっと一緒に遊ぼう!”


 私の手の周りに妖精たちが集まってきて、花が咲き誇る方へと引っ張った。

 一瞬身体が強張った。


 ――向こうに足を踏み入れたら、もう戻れない――そんな気がする。


 ――でも、


 私はふっと力を抜いた。


 ――もう、いいか――


 だって、私に帰る家はないし、私の居場所はもうどこにもないんだもの。

 この子たちは、少なくとも、私を必要としてくれている――。


 手を妖精たちに引っ張られるまま、一歩二歩と歩みを進める。

 一面の花畑に向かって丘を下る。


 ――その時、何かがスカートを引っ張った。


 ぐるるるると犬の唸る声がする。


「――何?」


 振り返ると白いふわふわした毛の大きな犬が私のスカートに噛みついていた。


「――その先に行くんじゃない!」


 鋭い男の人の声が響く。

 ――誰?


 顔を上げると、丘の上から黒いローブを来た男の人がこちらに向かって手を伸ばして走ってくるのが見えた。


“だれ?”

“なんで止めるの?”

“なんで?”

“せっかく、メリルが来てくれるのに”


 妖精たちは私の手から離れると、私のスカートに噛みつく白い犬に群がった、


「きゃん!」


 白い巻き毛を妖精に引っ張られて犬が悲鳴を上げた。

 サーっと血の気が引いて背筋が凍り付いた。

 赤く弾けたお父様とお母様の姿が頭に浮かんで――私は思わず妖精たちに向かって大声で怒鳴った。


「そんなことしないで!!!!!!!」


 妖精たちの光は一瞬にして周囲に飛び散った。

 彼らは私の頭の周りをくるくる飛び回りながら騒いだ。


“メリル、怒ってる?”

“ごめんね”

“ごめんね”


 私はしゃがむと、「ハッハッ」と舌を出してお座りしている白い犬の背中を撫でた。


「ジャック!」


 さっきと同じ男の人の声がした。顔を上げると、さっきこちらに向かって走ってきてた男の人が私と犬の前で膝に手をつきながら息を切らせていた。白い犬は立ち上がって尻尾を振りながらその男の人の周りをぐるぐる回る。この人はこの犬の飼い主みたいだ。


「あなたは――、誰?」


 私はその人を見つめた。少し年上だろうか――背の高いひょろりとした印象の男の人だった。少し長めの黒髪と着ている黒いローブが暗闇に溶け込んでいて、綺麗な青い瞳だけが月明りで輝いて見えた。


「アルヴィン――、君は? こんなに妖精がいるなんて――」


 彼は青い瞳を大きく見開いて、私の周りを飛び回る妖精たちを見回した。

 

「私は、メリル――」


 私は名乗ってから言葉を止めた。


 ――ちょっと待って。今、この人――『妖精がいるなんて』って言った――?


「あなたには、見えるの?」


 アルヴィンと名乗った彼は、大きく頷いた。


“見えてる!”

“私たちがわかるんだ!”

“アルヴィン?”

“はじめまして!”


 妖精たちは彼の周りをくるくると飛び回った。


「相変わらず騒がしいな」


 アルヴィンは苦笑すると、私の手を取った。


「メリル、何があったか知らないが、とにかく、あっちには行っちゃだめだ。二度と戻って来られなくなる」


 彼は花畑の方を指差して言った。

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