Scene2/8

 バレンタイン当日、大地だいちは緩んだタイを締め、妹のきよらと一緒に家を出た。


 清はそんな大地を白い目で見つめ、


「いまさら取り繕っても遅いよ」


「もしかしたらってことがあるだろ?」


「ない、ありえない!」


 清は大地の胸元を掴み、タイを緩めた。


「いつもの緩い感じでいきなよ。杏香きょうかちゃんあたりがくれるって」


 そのとき、大地達の進行方向から、清の名前を呼ぶ生徒の姿があった。ボブカットで黒縁メガネが似合う細身の女子。あまり外出しないのか、色白で頬が赤みがっている。


 柚木胡桃ゆずきくるみ。清が仲良くしている女子だった。清は胡桃に手を振り返し、


「胡桃ちゃんいるから先にいくね!」


 そう言って清は胡桃に駆け寄っていく。


 大地が彼女達を遠目で眺めていると、背後から短髪の男子生徒が現れた。大地よりも一回り大きい身長と鞄を握りしめるゴツゴツした手が威圧感を出している。彼は前を歩く清達を眺め、ニヤついた。


「朝からイチャイチャするねぇ」


海路かいじか。オレはシスコンじゃないぞ」


「でも、清ちゃん制服からも胸膨らんでるの判るし、ポニーテール似合うし、顎のホクロとか……エロいじゃん?」


「清はあくまで妹だからな?」


 大地の澄ました表情を見て、海路は苦笑した。


「でも、妹のチョコしかもらってないじゃん」


「去年は妹からしかもらえなかったんだよ!」


 海路はゲラゲラ笑い、鞄から包みを取り出し、大地に放り投げた。


「しょうがない奴だなぁ。チョコやるよ」


 大地はそれを受け取り、苦笑した。


「初めて男からチョコもらった」


「友チョコだよ。男女関係なく配れば、女の子とも自然にお近づきになれるって寸法だ」


「おぉ、このチョコで女子に近づけばいいんだな?」


「女子にはお前にやったことを口実にチョコ渡すからばれるぞ」


 大地は包みを見ずに鞄に詰め、


「まじかぁ」


「残念だったな」


 海路はゲラゲラと笑った。


 二人はこんな感じでふざけ合い、学校に登校した。こうして大地は一番最初に海路からチョコレートを獲得したのである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る