最終章.即位編

第171話.戦後処理

 ヘルト王国との長きに渡る戦いが、ついに幕を閉じた。


 そもそも、ヘルト王国とロドグリス王国との争いの歴史は長く、リガルの曽祖父そうそふの時代から続いてきた。


 その過程で、ある程度互いの中が改善されたり、悪化したりという波はあったが、古くから続く宿敵と言える関係だ。


 しかし、リガルの手によって、ついにその長きに渡る争いは、終止符が打たれたのである。


 この話は、またたく間に大陸中に広まり、世界中の国の政治に大きな混乱を起こしていく。


 大陸の西に位置する超大国である、ヘルト王国がその勢力を大きく落とし、逆にロドグリス王国が圧倒的な力を持つ強国へと成長したのだ。


 当然と言えるだろう。


 しかし、具体的にはどんな影響があったのか。


 まず一つ目は、ヘルト王国にこれまでしいたげられてきた者たちが、今回の事を機に一斉に強硬な態度を取り始めたのである。


 これまで虐げられてきた者たち、というのは、主にヘルト王国の北に位置する騎馬民族だ。


 彼らは、大陸の北西部に、かつてのヘルト王国に並ぶほどの領土を持っている。


 ならば、互角以上の戦いを繰り広げることが可能なのではないか、と思うかもしれない。


 だが、騎馬民族というのは、一つのまとまった集団ではなく、実はその中にいくつもの部族がある。


 その部族同士は、外敵が現れた時には一致団結して戦うものの、基本的には仲が悪い。


 だから、一致団結などと言っても、戦いの最中に足の引っ張り合いなどが起こることも、しばしばある。


 また、騎馬民族と聞くと、戦争に強いイメージがあるかもしれないが、この世界の騎馬民族はそんなことは無い。


 それは、この世界の戦争が魔術を用いるからだ。


 地球における騎馬民族の最大の特徴は、その全員が優秀な騎兵であること。


 しかし、残念ながらこの世界に騎兵なんて兵科は存在しない。


 理由は簡単。


 馬はそんなに人間の思うように動かせないからだ。


 この世界の戦場では、基本的に魔術を防ぐというよりは、避けることをメインにして戦う。


 しかし、果たして馬に乗っていて魔術を避けることなど、可能だろうか。


 馬はラジコンじゃない。


 人間が咄嗟に「右に移動したい」「左に移動したい」などと思っても、馬が思ったように動いてくれるまでには、かなりのタイムラグがある。


 そんな長いタイムラグを許してくれるほど、この世界の魔術師は甘くないだろう。


 つまり、騎馬民族とて、戦争する時は馬から降りて戦わなければならないのだ。


 だから、この世界の騎馬民族は、別に弱いわけでもないが、特別戦闘能力が高いわけでもないのである。


 そのため、一枚岩になっていないと言うマイナスポイントだけが残ってしまい、これまでヘルト王国に戦争で勝てず、辛酸を舐め続けてきた。


 ついこの間までは、ヘルト王国に対して、貢物を捧げることで侵略をしないで貰っている状況だった。


 しかし、ヘルト王国がロドグリス王国に敗れ、衰退したことをきっかけに、急に「貢物など捧げない」などと言い出したのである。


 対するヘルト王国側も、それを大人しく受け入れるようなタマではなく、ふざけるなと激怒。


 ロドグリス王国の、実質的な属国になったことを盾に、ヘルト王国側も強気な姿勢だ。


 いざとなれば、ロドグリス王国が助けてくれるため、下手に出る必要はないということだろう。


 そんな訳で、まさに一触即発である。


 しかし、ロドグリス王国も、他の国との間でも面倒事が発生している状態で、戦争などさせられたらたまったもんじゃない。


 ということで、必死になって双方の仲介を行っているのである。


 しかも、この問題の厄介なところは、部族それぞれと話を付けなければならないところだ。


 複数の外交官を派遣し、しかもそれぞれが全く違う内容の話を付けてくるから、その管理が面倒で仕方がない。


 そして、二つ目の問題は、エイザーグ王国との関係だ。


 これまでは両国ともに、大陸の中でもどちらかと言えば小さな国に分類されるような規模の国だった。


 だから、大陸の列強と肩を並べるために、互いが友好関係を築くのは、双方にとってメリットが非常に大きかった。


 だからこそ、エイザーグとの同盟は100年近くにもわたって継続した訳である。


 友情なども勿論両国の間にはあっただろうが、利益なしには流石にここまで続かない。


 だがしかし、この状態は、数日前をって終わりを迎えた。


 今、ロドグリス王国は、大陸の中でも帝国に次ぐ大国だ。


 それに対して、エイザーグ王国の国力は、以前と変化はない。


 となると、ロドグリス王国にとって、同盟を組むメリットが非常に薄いのだ。


 いや、それどころか、大きなデメリットを背負うことになると言える。


 大国となったロドグリス王国が、戦争でピンチになる可能性は非常に低い。


 だから、これ以降エイザーグ王国の力を借りる機会は、激減するはずだ。


 にも関わらず、エイザーグ王国は、国力に変化はない。


 エイザーグ王国も、背後にロドグリス王国という強国と同盟関係を結んでいる。


 そのため、以前よりは他国も攻めづらいかもしれないが、それでもロドグリス王国よりはくみしやすい相手だ。


 その点については、疑いようが無いと言える。


 このまま同盟を組み続けていれば、ロドグリス王国がエイザーグに助けられることよりも、エイザーグ王国を助けることの方が、断然多くなるだろう。


 つまり、はっきり言ってしまうと、ロドグリス王国としては、エイザーグ王国との同盟は足枷だ。


 一刻も早く解消したい。


 とはいえ、「解消したいから、じゃあ今日から同盟は解消しよう」なるほど、簡単に片付く問題ではない。


 いきなりそんなことを言い出したら、エイザーグ王国は間違いなく怒る。


 好感度MAXの状態から、いきなり目のかたきにされているような状態に急降下だ。


 ヘルト王国とアスティリア帝国という、大陸の二大大国と戦争を行った後に、エイザーグ王国とも戦争をする羽目になってしまう。


 それは当然リガルも望まない。


 だから、少なくとも「解消する理由」くらいは必要だ。


 ということで、とりあえずは2年後。


 ロドグリス王家へのエイザーグ王国の訪問の時期に、それを適当な言い訳をして中止することにする。


 百年近くに渡って続いていた決めごとを、そんなあっさりと中止しては、流石にエイザーグ王国の方も怒るだろう。


 そうやって、徐々に互いの関係に溝を開けていき、最終的には同盟の解消を目指す。


 そんな形で、この問題は進めようとしていた。


 しかし、その必要はなくなった。


 ――戦争が終わってリガルが王都に帰ってきた翌日。


 なんと、エイザーグ王から書状が届いていたのだ。


 今回戦争を手伝ったことへの見返りでも要求されるのか? などと予測していたリガルだったが、それに目を通してみると、そうではないことが分かった。


 そこに書いてあったのは単純に、「ロドグリス王国に訪問したい」という内容だった。


 それだけ聞くと、大して重要でもない話であるかに聞こえるが、リガルは同盟解消の問題について関係のある事と、予想していた。


 ロドグリス王国訪問と、同盟解消についてが、一体どう関係しているのか。


 恐らく、エイザーグ王――エルディアードは、リガルが同盟を解消したいと考えていることを、察しているのではないだろうか。


 だから、とにかく直接話す機会を設けて、同盟が解消される未来を止めようという事だろう。


 エイザーグ王国としては、ロドグリス王国の庇護が得られなくなることは非常に痛い。


 しかし、そうなっては非常に厄介だ。


 訪問してきて、そこで「これからも貴国とは仲良くしていきたいものだ」などと言われたら、当然頷くしかない。


 となると、そう頷いた後で、同盟解消のための行動はしづらくなる。


 忙しいなどと言って、訪問を断ることも出来るが、それをしても問題の先延ばしにしかならない。


 これについては、リガルも中々結論が出ず、現在は一時保留となっている。


 だが、そう何日も保留しておくことは出来ない。


 遅くとも、手紙が届いた翌々日くらいには返信しなければならないだろう。


 また、この二つ以外にも、細かな問題は沢山ある。


 新しい領地は一体誰が治めるのか。


 また、それについてのロドグリス王国貴族たちの声。


 後は、早急に元ヘルト王国領の検地と、そこに住んでいる民の住民票作成を済ませなければならない。


 ここをしっかりやっておかないと、税の横領が高確率で起こるからだ。


 他にも些細ささいな問題は数えきれないほど存在する。


 これらの問題に頭を悩ませながら、リガルが大量の書類確認作業に忙殺ぼうさつされる毎日が始まった。

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