第155話.冷静さ

「何ですか? その『攻撃は最大の防御なり作戦』って……。しかも、ネーミングがふざけ過ぎてますし……。本当に真面目に考えた作戦なんですよね?」


「おいおい失礼だな。確かにネーミングはふざけたけど、中身は大真面目だっつーの」


 心外だ、とでも言うように、リガルは答える。


「ネーミングはやっぱりふざけてたんですよね……」


「ぐっ……。ま、まぁそんなことはどうでもいいだろ。この作戦は至って真面目でシンプルだ! 敵が攻撃してくるのを無視して、逆にこちらが相手に攻め込む。相手はこっちよりも数が多いんだ。交戦はしたくない」


 リガルは適当に誤魔化して、勢いで自分の考えた作戦について説明していく。


 しかし……。


「はぁ!? いやいや、どこが至って真面目なんですか! 攻め込む、は流石にふざけているでしょう! 交戦したくないのなら、尚更です! たった3000の兵で帝国の領土内に侵入しようものなら、帝国内に元々いる魔術師と、侵略から引き返した軍勢に挟み撃ちにされて、一瞬で全滅ですよ!」


 そう、リガルの考えていることの無謀さ具合を力説するレオ。


 だが、それに対してリガルは余裕の表情で……。


「ふふ、甘いなぁ、お前は相変わらず。そうやって、常識にとらわれて、それが本当に正しいか確かめようとしないから気付かないんだ。少し考えれば、簡単に分かるはずなのに」


「え、どういうことですか?」


「つまりだな。結論から言うと、挟み撃ちにはならない。俺たちは三日から四日ぐらいの間、帝国内で鬼ごっこをした後、ロドグリス王国に逃げ帰って来ればそれで終わりって訳だ」


「え? 全然説明になってませんよ。なんで挟み撃ちされないんですか?」


「ん? そりゃあ、そもそも帝国に待ち構えている軍勢なんていないからだよ」


「え?」


 そうなのだ。


 帝国は、確かに大軍を持っているが、沢山の国と国境を接しているという、唯一にして最大の弱点がある。


 そのせいで、その高い国力を満足に生かせないでいる。


 だからこそ、帝国は元々置いてある魔術師を中々動かせないのだ。


 ほとんどの魔術師を国境戦に置いておかなければならないのだから。


 しかし今は、その必要性が無い場所がある。


 それが、現在絶賛戦争中のヘルト王国とロドグリス王国の、国境線沿いに配置している魔術師たちである。


 そのため、そこから集めたのが、今回帝国が編成した10000の軍勢という訳である。


 つまり、だ。


 ヘルト王国、もしくはロドグリス王国の国境線沿いから、帝国の領土内に侵入すれば、その先にリガルの行動を阻むことが出来る者は残っていないのだ。


 無論、新たに部隊を編成すれば、リガルを挟み撃ちにすることは不可能ではないだろう。


 しかし、軍隊を編成するのは、そんなに容易なことではない。


 そのため、タイミングを誤らなければ、挟み撃ちにされる可能性は、限りなく低いはずだ。


 そしてリガルは、帝国の領土から退散するタイミングを見逃すほど甘い指揮官ではない。


 それをリガルはレオに説明してやると……。


「なるほど。そう言われてみると確かに……って、ちょっと待ってください。一瞬騙されそうになりましたけど、その作戦にはまだ欠陥があります。一番最初に交戦する場所は、元ヘルト王国の領土内になりますよね? そしたら、相手は陛下の侵略を無視するという選択肢も出てくるじゃないですか」


「おい待て。何が一瞬騙されそうになりました、だよ。誰も最初から騙そうとしてねぇよ。てか、そんなお前でも気づくような落とし穴に、この俺が気づかないわけがないだろ。そりゃあ当然、さっき言った作戦を何の工夫もなしに行ったら、失敗する」


「何の工夫もなしに? ということは、何かその『工夫』というのを考えている訳ですか?」


「まぁな。いいか? この戦いは、まず三つのフェーズに分けることが出来る。まず、帝国領に侵入するフェーズ。次に、帝国領で鬼ごっこを繰り広げるフェーズ。そして最後に、ロドグリス王国に逃げ帰るフェーズ」


 リガルは指を一本ずつ立てていき、説明する。


「えぇ、まぁそうですね」


 レオも、曖昧な表情で頷く。


 リガルの言葉の表面上の意味は理解できるが、いまだ真意は分からないようだ。


「そして、お前の疑問の回答となるのが、フェーズ1である、帝国領に侵入するフェーズだ。お前の言う通り、このまま何の工夫も無く帝国領に侵入しようとしたら、相手が俺たちを無視して、刺し違えてくる可能性がある。そうなると、被害を多く受けるのは、俺たちの方だ」


 予想される交戦地点は、元ヘルト王国領なのだ。


 そこから同時に動き出して、どちらの方が相手国の都市を多く落とせるかの競争をしたら、当然敵の方が多く落とせるに決まっているだろう。


 リガル達ロドグリス王国軍は、交戦地点から帝国領に入るまでのタイムロスがあるのだから。


 そして、ここまではレオも分かっていること。


 というか、そもそもレオが指摘したことだ。


 レオが気になっているのは、その問題をどう解決するのか。


「しかし、逆に言えば、敵が我々の都市を攻撃してくる前に、こちらが帝国領に侵入してしまえば、こちらの方が相手により多くの損害を与えることが出来る。そうなれば、敵も攻め合いではなく、引き返してくることを選択するはずだ」


「た、確かに、理屈で言えばそうなりますが、それはあまりに現実的では無いような気が……」


「いや、現実的だよ」


 否定しようとするレオに、リガルは言葉を重ねる。


「え?」


「シンプルな事さ。敵が気づかないうちに――例えば夜間だな。夜間に行軍して、一気に帝国領に侵入。そうすれば、相手は引き返してこざるを得ない」


「な、なるほど……。確かに……それなら……」


 ぽつりとレオが呟く。


 頭の中で、今のリガルの話した策の穴を探そうとするが、どうやら見つからなかった様だ。


「そういうことだ。ということで、これから俺たちがやるのは、帝国領まで一晩で移動できる場所まで向かう事。もう一つは、ガチガチに防御を固めているように見せることだ。こちらの作戦を悟られないように、な。そうだな……。どこら辺で敵を待ち構えようか……」


 そう言いながら、リガルは地図を取り出す。


 そして、それを眺めながら、じっくりと悩み込むと……。


「うん、ここだな。予測される敵の行軍ルートから考えても、ここ付近は絶対に通るし、丘だからちょっとした高台となっていて、防衛するにはもってこいだ。かといって、川ほどじゃないので、逆にこちらから移動する時も楽に行ける。これ以上ないほど、今回の作戦に置いて都合のいい場所だ」


 そう言いながら、リガルは地図のとある地点を指さし、レオに見せる。


「なるほど。確かにその作戦ならこの地点が最も有効ですね。しかし、間に合いますか? いや、移動自体は問題ないと思うんですけど、深夜に行軍するというのなら、その前に兵を休ませておく必要性があります」


「そうなんだよなぁ。無理ない程度に、もう少しだけ行軍スピードを速めるか」


 どんなに行軍スピードが遅くても、休みなしに進み続けることは出来ない。


 しかし、どんなに無茶な行軍をしても、休みを取れば全回復する訳ではない。


 重要なのは、休みを取ることで、ギリギリ全回復できるような速度を見極めることだ。


 だが実は、その辺はリガルの苦手な分野なのである。


 こういうのは、センスよりも経験が物をいう。


 そして経験というのは、リガルに最も足りていないものだ。


 特に、リガルは常日頃つねひごろから軍事演習を見学したりするほど、勤勉な人間ではない。


 そのため、ロドグリス王国軍の魔術師が、最大でどれくらいの速度で行軍できるのかが、かなり曖昧あいまいなのであった。


 無論、経験値が低いとはいえ、リガルも13歳で戦場を経験している。


 それから今日まで、計4回の戦争があった。


 そのため、大体はの移動スピードは分かっているが。


(しかし、『大体』などと、曖昧あいまいな理解であるのにも関わらず、攻めた選択は出来ない。ここは行軍スピードを上げるとは言っても、そこそこ余裕のあるスピードにすべきだろう)


 結果、リガルは妥協した判断をする。


 悪く捉えると、日和ひよったようにも聞こえるが、裏を返せば身の程をわきまえた冷静な判断とも言える。


 現状はまだ無茶をするべき状況にまで、追い込まれてはいない。


 ここは、リスクを回避するべきだろう。


 そういうことを考えると、ただ単に根拠のない自信をいだいているわけではないようだ。


 ある程度自分の力量を正確に把握できていて、それをもとに様々な判断を下せる、冷静さを持ち合わせている。


 そうして、リガルは行軍スピードを早めつつ、目的地となる丘へを進めるのだった。

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