第154話.攻撃は最大の防御

 帝国の侵略を防ぐべく、ヘルト王国の元王都をったリガル一行いこう


 しかし、その日は一日中歩いただけで日が落ちてしまい、野営となってしまった。


 当然だろう。


 ヘルト王国の領土は、非常に広大だ。


 帝国との国境線からヘルト王国の元王都までは、大体3日ほどの距離がある。


 帝国軍の方も、リガルの方へ近づいてきていると考えても、3日の半分――つまり、1日半はかかる計算だ。


 距離があるため、敵の動向についての正確な情報は入らない。


 なので、接敵することになる正確な時間の予想は立てられないが、まぁ大体1日半と考えて問題ないだろう。


 そのため、早ければ明日の昼。


 遅いと、日が落ちてようやく戦闘が起こるほどの距離まで近づくことになるかもしれない。


 そうなれば、本格的な戦いが始まるのは、さらに翌日に持ち越しとなるだろう。


 とはいえ、もうそろそろであることは間違いない。


 いよいよ近づいてきた戦いの足音に、リガルは若干の緊張感を覚えつつ、その日は早めに眠りについた。


 やはり、今日も一日中行軍している。


 もちろん無理な行軍をしたつもりはないが、疲労を溜めないことは、最優先事項だ。


 少し神経質なくらいがちょうどいい。


 そんな訳で、翌日――。


 今日もやることは昨日と同じだ。


 急いで朝食を取り、起床から2時間程度で行軍を開始する。


 そして、それから3時間後――。


 昨日から全く代わり映えのしない行動に、リガルにも他の魔術師にも、いい加減フラストレーションが溜まり始めたところで、ある変化が訪れた。


 それは……。


「陛下。帝国軍の情報が新たに入りましたので、それをお伝えさせて頂きに参りました」


 突如、リガルのもとに一人の魔術師がやってきて、言う。


「お、やっとか! で、どんな情報なんだ? とりあえず兵力と居場所の情報はあるんだろうな?」


「は、はい。帝国の兵力は、どうやら一万程。現在は行軍を開始したばかりとのことで、いまだ元ヘルト王国と帝国の国境付近にいます」


 ものすごい勢いで食いつくリガルに、報告に来た魔術師は若干気圧けおされながらも、しっかりと報告していく。


 しかし、その内容はリガルにとって、中々予想外な内容であった。


「行軍を開始したばかり?」


「え、えぇ……」


「マジか……。まぁいいや……。下がっていいぞ」


 リガルが驚いた点は、帝国軍が行軍を開始したばかりであるという点であった。


 昨日の時点で、国境線付近に集結しているという報告が入っていた。


 それを考えると、帝国軍は集結してから行軍を開始するまでに、少なくとも1日以上の時間をようしているという事だ。


 いくらなんでも遅すぎる。


(まぁ恐らく、帝国は焦っていたのだろう。早く戦争に介入しなければ、自国の南から西に渡り広がる、超大国が誕生してしまうからな。慌てて軍勢を編成することには何とか成功したが、代わりに何か別の問題でも発生したのだろう)


 しかし、そうなるとこれからの予定に、だいぶ変化が生じそうだ。


 最も、別にリガルにとって嫌なことではないが。


 むしろ、これはラッキーでもある。


 元々、リガルは今日の昼頃から明日の朝頃に、戦うことになると予想していた。


 しかし、そうなるとかなり領土の深くまで侵略されることになり、都市などは荒らされることになる。


 最も、追い返すことに成功すれば、都市は取り返せるのだが、荒らされることだけはどうにもならない。


 都市の一つや二つをちょっと復興することなど、国の財力から考えれば、そこまで大した痛手ではないが、面倒事は避けられるのならば避けたい。


 しかし、帝国の動き出しが遅れているとなれば、どうなるだろうか。


 接敵までの時間が、予想より大幅に後ろ倒しになり、戦場は必然的に国境線の方に近づく。


 となると、荒らされる都市の数は減り、ロドグリス王国軍側には途端に余裕が出てくる。


 都市一つは譲って、その次に通る都市で待ち構える、などといった選択肢もありそうだ。


「さーて、楽しくなってきやがったぜ。帝国軍を一体どう調理してやろうか」


 ワクワクとした様子で考え込むリガル。


 かつては、エイザーグの王子であるアルディアードを「戦闘狂」などと揶揄やゆしたりしていたが、今は自身がまさにそれだ。


 戦う事が楽しく感じられるほど、今のリガルは自信に満ち溢れている。


 しかし……。


「いやいや、一昨日おとといから何故か自信満々ですが、一体陛下が言っていた『策』というのは何なんですか?」


「ん? あれ? 言ってなかったっけ? まぁでもちょうどいいや。毎回毎回俺が答えを教えていたら、つまらないだろ? って訳で、たまには自分で考えてみるんだな。大体、そもそもお前に作戦を教える必要なんてないんだからな」


「えー、まぁ、確かにそれはそうなんですけど……」


 リガルの言っていることは間違いなく正論なのだが、レオはどこか釈然としない。


 例えそれが許されない事でも、これまで黙認されてきていたにもかかわらず、突如怒られたら、逆切れしたくなるという心理だ。


 今まで戦争に関する重要情報を、レオは全てリガルから聞いていた。


 だから、本来はそれがむしろ異常なことだったのだと分かっていても、納得いかないのだ。


 まぁ、だからと言って別に冷静さを欠くようなことでもないので、大人しく引き下がったが。


 しかし、そんなレオの釈然としない様子は、リガルも見て取れたようで……。


「仕方ない。ヒントだけ教えてやろう。俺の見立てでは、1週間程度持ち堪えれば、帝国は勝手に帰っていくはずだ。さて、何故でしょうか?」


「えぇ? 勝手に帰っていく? さっぱり分かりませんよ……。けど、陛下は対策を打ったって言ってましたよね?」


「ん? まぁ言ったな」


「ですよね? けど、それだと矛盾しませんか? 帝国は勝手に帰っていくんですよね? なのに陛下は対策を打ったんですか?」


 リガルが対策を打ったのに、帝国は勝手に帰っていく――。


 確かに、一見すると矛盾しているようにも聞こえるかもしれないが……。


「ははは。お前、意外と目の付け所がいいじゃないか。まさか俺の言い回しをもヒントにするとは……。ちょっとだけ見直したぜ。けど、俺の言葉に嘘偽うそいつわりはない。そこまで分かっていれば、もう答えを導き出すための材料は揃ってるな。ま、そういう訳だから頑張って考えてくれ。俺はこれからの作戦を新たに組み直さないといけないから、そっちに集中させてもらうよ」


「えぇ? そんなこと言われても……」


 そう言いながらも、レオは必死に考え込むのだった。


 そして、リガルもそんなレオの姿を後目しりめに、自分の放った言葉通り、これからの作戦について思考を巡らす。


(とりあえず、1週間程度持ち堪えればいい。敵の兵力を削る必要はないだろう。完全に最初から時間稼ぎに徹する場合は、どのような作戦を取るのがいいのだろうか……)


 通常、時間稼ぎだけなら地の利を活かして、ゲリラチックな戦いを展開するのが定石だ。


 逃げ一辺倒となると、相手のペースに引き込まれてしまう。


 そのため、逃げていると見せかけながら、時折反撃を織り交ぜるのが効果的なのである。


 こうすることによって、相手は気が抜けず、隙を見せることが出来ない。


 また、警戒心をいだかせるだけでなく、選択肢の幅を狭める効果もある。


 もちろん、反撃に出る分、リスクもかなり生じてくるわけだが。


 しかし、今リガルはそのセオリーとは、全く異なる戦略を取ろうと考えていた。


 具体的に思い付いているわけではないのだが……。


(都市を落とされたくない以上、敵が俺たちの軍勢を無視して都市を攻撃したら、その対応をせざるを得ない。となると、あんまり逃げるような作戦は取りたくないんだよな……)


 敵に動向を左右されてしまうことを、リガルは嫌ったのである。


 都市も落とされたくないし、敵も足止めしたい。


 両立するには非常に厳しい、わがままな考えだが、今のリガルにはそれを成功させる自信があった。


 まぁ、やはりその自信に根拠はないのだが。


(防衛だからと言って、消極的になりすぎるのも問題だ。ここは、えて強気に。しかし、兵力的に劣っていることは、厳然たる事実で、そこに関しては、すぐにどうこうは出来ない。うーん……あ! いや、思いついたな)


 先ほどから、ずっと黙って悩みこんでいたリガルが、突如ひらめいたように顔を上げ……。


「喜べ、レオ。最高の防衛作戦を思いついた」


「おぉ! 流石は陛下です。して、その作戦の方は教えてくれるんですか?」


「ん? まぁこっちは教えてやろう。作戦名は、『攻撃は最大の防御なり作戦』だ!」


「……はい?」


 得意げな表情で、そう高らかに宣言したリガル。


 それに対し、レオは怪訝けげんな表情で、疑問の声を上げるのだった。

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