第150話.譲らぬ姿勢

 ランドリアによって、リガルのもとに派遣された使者。


 その使者によってもたらされた書状によると、どうやらランドリアは降伏を望んでいるらしい。


 しかもランドリアは、足を怪我しているなどという見え見えの嘘で、リガルを自分たちのテリトリーに来させようとしている。


 だが、そこまではリガルも受け入れられなかった。


 そこでリガルは、新たな要求を使者に突き付け、それをランドリアに伝えるように言う。


 その結果、使者は「明日中には返答を持ってこい」というリガルの命令を守り、その翌日には返答を持ってきた。


 気になるリガルの要求に対するランドリアの返答は――yes。


 そして今日、リガルとランドリアはついにリノ村にて、長く続いた戦争を終わらせる話し合いを行う事となったのである。


「ついにヘルト王国との戦いも決着を迎えるかもしれないんですよね……。ロドグリス王国とヘルト王国の因縁いんねんは、最近に限らず何代も前から続いています。それに陛下が終止符を打つことになるなんて、流石です」


「まぁ、偶然の力も大きいけどな。それに、まだ丸く収まるとも限らない。俺は一歩も譲るつもりは無いから、ヘルト王の態度次第で、交渉は決裂する可能性もある」


「まぁ、それはそうですけど……。てか、俺は譲るつもりは無いって、どこまでの要求をするつもりですか?」


「うーん、そうだなぁ。まぁ、少なくとも王都以南の領土は頂く。これは絶対だ」


 王都以南は、リガルが現在制圧しているヘルト王国の領土。


 これを要求するのは、当然だろう。


「まぁ、そうですね」


 そのため、レオも当たり前だとばかりに頷く。


「後は……そうだな。金とかはらないが、何かヘルト王国をある程度で良いから、掌握できるようにする条約だな」


 ヘルト王国の領土を半分も奪い取れば、弱体化などと言うレベルの話ではない。


 リガルが逆侵攻に出た時に言った通りの、「世界の勢力図を変える」という言葉がまさに現実となる。


 しかし、かといって完全に無視しても問題ない程の小国に成り下がるわけでもない。


 恐らく、これからも厄介な敵国として付き合っていかなければならないだろう。


 ならば、今のうちに未来の関係を良くしていこうというのが、リガルの考えである。


「条約ですか。具体的にはどんな?」


「うーん、そうだなぁ。別にこれは絶対、というものは決めてないけど、自由貿易協定はとりあえず撤廃して、新たにロドグリス王国側にだけ有利な協定を結びたいな」


 ヘルト王国はこの戦争が終わった後、再興さいこうしなくてはならない。


 となると、長期的な目線で見てる場合ではなく、とにかく今すぐに金が欲しいはずだ。


 だから、ランドリアは恐らく金を要求されるのが嫌なのではないか、とリガルは踏んでいる。


 対するロドグリス王国は、別に金を必要としていない。


 ヘルト王国の領土を大量に入手すれば、金はすぐに回収できる見込みもある。


 ならば、交渉が上手くいきにくいであろう、金銭を要求するよりも、すぐには害が無い条約などを講和の条件に提示した方がいい。


 その方が、最終的により大きな利益を獲得できるはずだ。


「そうだな……。とりあえず日本に対する諸外国の仕打ちにならって、関税自主権でも奪い取るか。けど、それだけじゃ弱いんだよなぁ。もうちょっと半分属国みたいな扱いに出来るほどの強力な条約を取り付けておかないと、将来不安過ぎる……」


「ちょ、今考えないで下さいよ……。話し合いはもう目前まで迫ってるって言うのに……」


 中々考えがまとまらず、悩み込むリガルに、レオが困ったような声を上げる。


 だが……。


「仕方ないだろ。戦略とかに関しては、まぁそれなりに自信が付いたが、内政に関してはまだまだ凡人レベルかそれ以下なんだ。正直俺には荷が重いっての」


 一応リガルも、王族として教育を受け、その勉強もそれなりに真面目に受けているので、最低限の内政知識はある。


 ただ、他の王族と比較した時、秀でているかと問われると、疑問符が付く。


 そんなレベルであった。


 また、時間に追われている状況でもなければ、外務大臣などといったその道のスペシャリストに交渉を任せるつもりだったのだが、今はそれも出来ない。


 リガル自身で何とかしなければならない状況だ。


「はぁ……。まぁ、リノ村に着くまでの数時間で、何とか頑張って考えてみるさ」


 そして、いつになく弱々しく肩を落としながら、リガルはポツリとそう言ったのだった。






 ー---------






 ――そして、14時。


 ついに、その時は訪れた。


 簡素な木造住宅の一室で、2人の王族が、長机を挟んで相まみえる。


 一人は、大国ヘルト王国を納める王、ランドリア・ヘルト。


 そしてもう一方は、ロドグリス王国を納める王、リガル・ロドグリス。


 ついさっき二人が、交渉の席に着き、ついに話し合いの幕が上がる。


 最初に口火を切ったのは、リガルの方だった。


「さて、まずはお久しぶりだな。ヘルト王。怪我をなされていると聞いたが、ご無事か?」


「こちらこそ、久しいな。リガル王子。おっと、もうロドグリス王か。すまない。そして、心配をかけて申し訳ない。足の方の怪我はまだ治っていないが、部下に手伝ってもらい何とかここまで来ることが出来た。非常に大変ではあったがな」


 前にも一度、話し合いの席で向かい合った経験のある二人。


 まずは挨拶をわししつつ、嘘と思われる足についての話を持ち出し、早速主導権を握ろうとするリガル。


 しかし、これを軽やかに躱すランドリア。


 逆に、「非常に大変ではあったが」などという余計な情報を話すことによって、暗に遺憾いかんであるという意思を伝える。


 やはり、お互いに敵対している以上、穏やかな始まり方にはならない。


「そうか。では、早速本題に入ろうか。書状によると、和平を望んでいるとのことだったが……」


 しかし、リガルはランドリアの裏に込めた意味が伝わっていないかのように、スルーして本題について話始める。


 もちろん、わざとだ。


 いちいち相手の言う事に取り合っていると、相手のペースにいつの間にか引き込まれてしまう。


 こういう交渉の場で重要なのは、常に自分が主導して話し合いを進めること。


「……あぁ、その通りだ。このような凄惨せいさんな戦いを続けていても、互いに犠牲が出るばかりで仕方がないだろう? ここは一旦全てを水に流して、和平を結ぼうではないか」


 いきなり本題に入ったリガルに、少しムッとした様子を見せたランドリアだったが、すぐに冷静さを取り戻したようだ。


 しかも、早速「全てを水に流して」などという、ふざけた発言をぶち込んでくる。


 当然そんなことを受け入れることが出来ないリガルは……。


「それは関係だけの事を行っているのであって、こちらが制圧した領土を返せと言っているわけではないだろうな?」


 これまでの張り付いたような笑みを崩し、問いかける。


 今回の話題の核心を突く話になり始めて、いよいよ空気もピリピリとしてきた。


「ん? 何か問題でも?」


 それに対し、あくまでとぼけるランドリア。


 当然、ランドリア自身も、そんなふざけた粘りがまかり通るなどとは思っていない。


 これは単にリガルを煽っているだけ。


 しかし、いくら煽り耐性がそこまで高くないリガルでも、流石にこんな見え透いた挑発には引っかからない。


 あくまで冷静に……。


「違う。我々はまだまだ余力を残している。戦いなら望むところだ。もしもこの戦争をやめたいというのなら、これまでそちらがしてきた仕打ちについて、謝罪及び誠意を見せて貰おうか」


 謝罪というのはそのままの意味。


 誠意というのは、言葉そのままの意味ではなく、物を差し出せという事だ。


 リガルの「戦いなら望むところ」という言葉は嘘だが、譲歩するくらいなら戦うつもりはあった。


 かたくななリガルの姿勢を、ランドリアも読み取ったのか、一つ嘆息すると……。


「分かっている。冗談だ。まずは、二度に渡る貴国への侵略について、謝罪する。申し訳なかった。そして、我々はそのあかしとして……。王都以南の領土を割譲かつじょうしよう」


(ほう……。流石に領土を守れないことは分かっているか。だが、それだけしか提示してこないとは、相変わらず極限までケチろうとしてきやがる。その程度で俺が納得しないことくらい、分かっているだろうに)


 リガルは、ランドリアの言葉に、内心呆れてうんざりする。


「貴国の誠意はそれだけかな? もしもそうならば、我々は今一度矛を交えなければならないことになるだろう」


 対するリガルは、面倒な駆け引きは好まないので、ストレートに高圧的な言葉を投げかける。


 言っていることは、「もっと出せや。じゃなきゃ殺すぞ」みたいなものだ。


 完全にヤクザである。


 しかし、意外にもランドリアはここで退かなかった。


「やれやれ、恐ろしいね……。しかし、こちらとてこれが最大限の誠意だ。これ以上はな……。帝国も騒がしいようだし、ここらで譲歩してほしいのだが」


 そっちだって、帝国の介入が怖いだろ? とランドリアは脅す。


 確かに、リガルがポール将軍を撃破するまでは、帝国はヘルト王国に侵略する可能性が高かった。


 しかし、今は違う。


 ロドグリス王国がヘルト王国を飲み込めば、帝国と肩を並べるほどの大国が誕生することになるだろう。


 いや、それどころか、地政学的に見てロドグリス王国の方が帝国よりも強くなるはずだ。


 帝国としては、そんな事態になることは何としても避けなくてはならない。


 そのため、今はロドグリス王国が、帝国と仲が良いアルザート王国と同盟を結んでいようが、お構いなしに帝国はロドグリス王国を攻撃してくるだろう。


 だから、ランドリアの脅しはリガルにもく……と思われた。


「帝国? どうしてそこで帝国の名前が出てくるのかは分からないが……。貴国の誠意がそれで限界というのなら、もう少し戦いを続行しようか。そして最終的にどうなるか、実際にその眼で確かめてみると良い」


 堂々と、脅しに動揺することなく、リガルはそう言い切って見せる。


 もちろんリガルは、ランドリアが帝国の名前を出した意味を、分かっていないわけではない。


 分かった上で、こう言い放ったのだ。


 これには、仕掛けたランドリアが逆に動揺する。


「ほ、本気か? 貴国とてアドレイア殿を失っているではないか。その状態で、我が国に続き帝国と連戦することになどなったら、かなり危うい状況になることくらい、自明だろう」


「相変わらず言っていることがよく分からないな。結局、我々との戦いを継続するという結論でいいのかな?」


 しかし、リガルはこれに対してとぼける。


 ――譲歩はしない。


 その点は、最初から一ミリも変わっていなかった。


 余裕の笑みでランドリアの返答を待つリガル。


 それに対し、ランドリアの次の言葉は……。

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