第147話.急展開

「お疲れ、レオ。お前、想像以上に良い動きしてくれたな。マジで助かったよ」


「いえ、そんなたいしたことはしてませんよ。それより、陛下が自信を取り戻されたようで、何よりです」


 ――翌日。


 昨日の夜の戦いでは、別々の行動を取っていたリガルとレオの2人が、再会して言葉を交わす。


 昨日の夜は、戦いが終わった時点で日をまたいでいたほどに、遅くなってしまったのだ。


 事が終わってからは、リガルもすぐに兵を休ませ、自分もすみやかに就寝した。


 そのため、ゆっくりレオと話す時間など無かったのだ。


 現在は朝食が終わり、捕虜の移送といった、後始末をおこなっているところである。


 下っ端の魔術師は朝からせわしなく働いているが、リガルやレオなどのそれなりに身分が高い人間は、非常に暇な時間なのだ。


「しかし、これからどうしようかね。ひとまずハイネス将軍のところに合流するのが普通だと思うけど……」


「ですね。そうなれば、今ハイネス将軍と戦っているヘルト王国軍の部隊も、慌てて退却してくれるでしょう。この戦争も終わりを迎え、一件落着です」


「だなー。早く帰ってダラダラとした日常を過ごしたいよ。ヘルト王国も言葉では言い表せないほどの大損害だが、ロドグリス王国も父上を失っている。さっさと帰って内部をまとめることに注力しないと……」


 戦争が始まる前は、「暇すぎる」などと常日頃からボヤいていたリガルだが、こうも忙しい日々が続くと、その暇すぎた日々がいとおしくなってくる。


 冬は「早く涼しくなってくれ」と言い、逆に夏は「早くあたたかくなってくれ」と言うようなものだろう。


 そんなことをボソボソと呟いていると、リガルはある、当たり前の重大な事実に気が付く。


「あれ、待てよ? もしかしてさ、俺って帰ったら国王に即位しなきゃいけないじゃん? 全然俺ゆっくり出来ないんじゃね?」


「はい……? いや、当たり前じゃないですか。今更何を言ってるんですか?」


「う、うっそーん……」


 リガルの言葉に、呆れたように返すレオ。


 対するリガルは、がっくりと肩を落として、絶望的な表情を浮かべる。


 それからしばらくは、レオがどんなに話しかけても、「返事が無い。ただのしかばねのようだ」状態となってしまった。


 しかし、突然ガバリと身体を起こすと……。


「いや、ここで帰るのって勿体無くね?」


「え、いきなりどうしたんですか?」


「だからさ、もっと戦争継続した方がいいんじゃないかってことだよ」


 リガルがそう言うと、レオは一つ大きく嘆息し……。


「はぁぁ……。また何を言うかと思えば……。陛下が面倒事を嫌うことは分かっていますが、だからと言って、国の方針をそんなことで転換されては困りますよ……。仕事なら私も多少なら手伝えますし、他の臣下の人たちもきっと陛下のためなら手を貸してくれるはずです。だから、大人しく王の責務を果たしてください」


 そう言って、レオはリガルを説得しようとするが……。


「ちっげーよ! バカか! 確かに王になるのは憂鬱だが、だからと言って、そのために戦争を継続しようとするほどなまけ者じゃねぇよ!」


 ふざけんな、とリガルは凄くい勢いで反論する。


 どうやら、レオの予想は大きく外れていたようだ。


「え?」


 それに対してレオは、本気で驚いたような表情を浮かべる。


 どうやらリガルを説得しようとしたのは、冗談などではなかった様だ。


「お前なぁ……。今回の戦功帳消しに加えて、減俸の刑に処してやろうか」


「えぇ!? 流石に冗談ですよね? いくら王でもそれは横暴ですよ!?」


「どうかなぁ? お前が冗談じゃなかったように、俺も冗談じゃないかもしれないなぁ?」


 と、2人で茶番を繰り広げること数分。


 それもひと段落したところで、リガルは真剣な表情になり……。


「まぁ、お前の戦功取り消しと減俸の話は置いておいて、失礼なお前に戦争を継続しようと俺が言っている理由を教えてやる」


「って! やっぱり冗談じゃなかったんですか!?」


「だからその話はもういいわ! 一向に話が進まねぇだろ! ったく……」


 どうしても戦功取り消しと減俸の話が気になるのか、話がひと段落しても引きずるレオ。


 リガルはそれに、呆れたように嘆息する。


 先ほどとは立場が逆転したようだ。


 リガルは一つ咳払いをして、今度こそ仕切り直すと……。


「まず俺は、今は全てが上手くみ合っていて、ヘルト王国をほろぼす最大のチャンスだと思っている」


「ほ、ほろぼす!? って、それはあまりに急展開過ぎませんか!?」


「まぁ、驚くのも無理はないだろうが、とりあえず聞け。いいか? まず国がほろびるには2つの条件があると思っている。何だと思う?」


「うーん、そうですねぇ……」


 レオはリガルの問いに、少しだけ考えた後……。


「戦力差。それと第三者の動向ですかね?」


「その通り」


 レオの回答に、リガルは笑みを浮かべる。


 国がほろびる時は、必ず何者かが要因となっている。


 国が自然と弱っていくことはあっても、国が自然と滅亡することは基本的にあり得ない。


 内部の有力者による反乱、他国の侵略。


 それ以外で滅びることは基本的に無い。


 基本的に、と言ったのは、可能性の話にとどまるものの、後継者が見つからず滅亡、という可能性もあるからだ。


 ただ、後継者は正当な血統を持つ人間でなければならない訳じゃなく、子供が生まれなければ養子を取ればいい。


 だから、これは現実的には絶対あり得ないと言って差し支えないはずだ。


 そのため、国がほろびる――何者かにほろぼされる条件は、まず戦力差。


 非常に当たり前なことだが、ほろぼそうとしている者の戦力が、ほろぼされる国の持つ戦力を大きく上回っている必要性がある。


 また、第三者の動向も非常に重要だ。


 どの国だって、どこか一つの他国が突出した力を持つのは好まない。


 国同士のパワーバランスが崩れれば、自国も強大化した国によって、被害を受けてしまうからだ。


 だからそれを避けるため、どこかの国が滅びそうになったら、積極的にそれを助けようとする。


 まぁ、助けようとするというよりは、ほろぼすのを妨害すると言った方が 語弊ごへいが無いが。


「では、今お前が答えてくれた二つの条件を踏まえて、今の状況を整理してみよう。さて、まず現在のヘルト王国とロドグリス王国の戦力差は?」


「え? そうですねぇ……。ヘルト王国軍は今ハイネス将軍と戦っている軍勢が5500。今はもっと少なくなっているかもしれませんが、大体それくらいでしょう。それに加え、ヘルト王国の本土には、まだ防衛用の魔術師が5000ほどは……。あ、でも陛下がその前にヘルト王国南部を防衛している魔術師は全部奪ったから、それを考えると、全部で8000ちょっとって感じですか」


「そうだな。んじゃあ、対する俺たちの戦力は?」


「えーっと、こちらはハイネス将軍が全く兵を消耗していないと仮定すると、ハイネス将軍が4800持っていて、さらに今陛下が率いている兵力が3000ちょっとなので……。あれ? 全然戦力の上で優位に立ててないじゃないですか」


 レオが状況を整理していくと、全然ヘルト王国を兵力で上回れていないことに気が付く。


 むしろ、現在動員しているロドグリス王国の軍勢の中には、侵略にもちいることが出来ないエイザーグ王国の援軍が混ざっているので、ヘルト王国よりも兵力的に負けていると言える。


 いくら大勝たいしょうを上げようと、ヘルト王国とロドグリス王国では、元々の国力差が違うのだ。


 地球における、ローマとカルタゴのようなものだろう。


 ハンニバルがどれだけ連勝しようと、ローマという強大な国は倒すことが出来ない。


 まぁ、ロドグリス王国とヘルト王国の関係を、ローマとカルタゴに置き換えるのは、少し大袈裟おおげさだが。


 いきなり、リガルの「ヘルト王国をほろぼす最大のチャンス」という言葉に疑問が生じるレオ。


 だが……。


「まぁ早まるなって。確かに、単純に計算すると、戦力差は無しとなってしまう。だが、ここで一つ重要なことを思い出してほしい」


「え? 重要な情報?」


「そう。俺たちが、ポール将軍たちを包囲によって、全滅させた事さ」


「……はい? そんなこと、これまでの話とどう関係があるんですか?」


 あまりに突拍子もないリガルの言葉に、レオは首をかしげて怪訝けげんな表情を浮かべる。


「相手に俺たちがポール将軍を撃破したって情報が伝わるのがかなり遅くなるってことさ」


「あ……!」


 そう言われて、レオも気づく。


 全滅させたことによって、ポール将軍を倒したことが、ハイネス将軍と戦っているヴィクト将軍率いる部隊や、ヘルト王国の中枢ちゅうすうに伝わっていないということに。


 この情報が伝わっていないだけで、敵はロドグリス王国軍への対応が一気に難しくなる。


 まず、ヴィクト将軍はいまだポール将軍が戦っていると思っているため、本国を防衛することなど考えてもいないだろう。


 無論、ヴィクト将軍とポール将軍は、定期的に連絡を取り合っていたはずだ。


 そのため、ポール将軍からの連絡が急に途絶えたら、ヴィクト将軍も不審に思って調べるだろう。


 だから、いつかはポール将軍がやられたという情報も、ヘルト王国全体に伝わってしまう。


 それでも伝わるのが非常に遅くなるのは間違いないはずだ。


「となると、だ。ハイネス将軍とヴィクト将軍は、これからもしばらく戦い続けることになるだろう。これは偶然だが、エイザーグ王国の援軍もハイネス将軍の方に編成しておいたから、その点も追い風だな」


「なるほど……。それに、ヘルト王国の南部にある都市は、防衛の魔術師が完全にいなくなっているので、王都にも妨害されずに一直線で行ける……!」


「その通り。つまり、敵の兵力はゼロも同然という訳だ。侵略が成功しないわけがない。他国の動向についても、もう何度も話した通り、俺たちが妨害される可能性は低いし、そもそも知られなければ妨害も何もないしな」


「確かに……」


 驚いたような表情で呟くレオに、リガルはニヤリと首肯しゅこうする。


 もちろん、ロドグリス王国と友好的な関係を結んでいる、エイザーグ王国やアルザート王国も、ロドグリス王国の強大化は好まないだろう。


 特にエイザーグは、両国との同盟関係のパワーバランスが完全に傾くため、何としてもヘルト王国の滅亡は阻止したいはずだ。


 しかし、それも知られなければ良い事。


 となると……。


「ここからは、とにかく電光石火の動きで行くぞ。速攻でヘルト王国の王都を陥落させ、その広大な領土を飲み込む」


 目指すは速攻。


 ヘルト王国及びその周辺国に、リガルたちの動向が知られる前に、全てのカタを付ける。


「こ、これは……。大変なことになりましたね……。でもまぁ、了解です。それじゃあ、準備を始めましょうか」


 想像だにしていなかった、衝撃の展開に、レオは顔を引きらせたような――しかしどこか楽しな表情を浮かべ、動き出す。


 それに対して……。


「あぁ。それじゃあ、始めようか。世界の勢力図を変える戦いを」


 獰猛どうもうな笑みを浮かべ、力強くリガルはそう言い放ったのであった。

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