第148話.制圧

 ――それから、1時間後。


 リガル率いるロドグリス王国軍は、行動を開始した。


 ちなみに、ポール将軍を含むヘルト王国軍魔術師の捕虜は、本国の大きな都市に送ってある。


 敵の戦力はゼロ、とは言ったものの、流石にヘルト王国の王都には防衛の魔術師がかなりの人数がいるだろう。


 そのため、彼らヘルト王国軍の捕虜をこの戦いで使えたら、非常に楽に戦う事が出来るのは間違いない。


 しかし、流石に裏切られる可能性が非常に高いため、それは控えておいた。


 そんな高すぎるリスクをおかさずとも、何かイレギュラーでもない限り、リガルなら普通に勝てるはずの戦いなのだから。


 そういう訳で、結局リガルは何か特別な策を使う訳でもなく、ただただシンプルにヘルト王国の王都に向かって一直線に行軍した。


 そしてそれからは、幸いなことに何もイレギュラーが起こることは無く、翌日の夜には、王都から40㎞程の場所にある都市までたどり着いた。


 出来ればもう強行軍で、休みなく王都まで直行したいところだが、流石に兵の疲れが気になる。


 王都では戦いになるかもしれないことを考えると、ここはあまり無茶な行軍は出来ない。


 はやる気持ちはあるが、それをリガルはグッと抑え、その日は大人しく眠りについた。


 ちなみに、一般魔術師たちには、これからヘルト王国を滅ぼそうとしているという事は話していない。


 ヘルト王国を滅亡にまで追い込む予定であると知っているのは、リガルとレオ、それにハイネス将軍だけだ。


 ハイネス将軍には、一応昨日の夜書状を送ったのである。


 それはそれは驚いたというむねの返信が今日の朝届いた。


 別に、一般の魔術師に情報を公開したところで、外部への漏洩ろうえいの危険などは全くない。


 ただ、ヘルト王国を滅亡させるというのは、子供でも大事件だと分かるほどの一大事だ。


 ――そんな一大事をこれから為そうとしているなどと一般兵が知ったら、浮足うきあし立ってしまい、まともなパフォーマンスを発揮することが出来なくなってしまうのではないだろうか。


 リガルが一般兵にこのことを知らせなかったのは、そんな懸念けねんが頭をよぎったためだった。


 実際、その懸念けねんが的中するかどうかは、言ってみなければ分からぬこと。


 しかし、わざわざ将軍から一兵卒に至るまで、情報を共有しなければならない、なんて決まりはないのだ。


 だったら、可能な限りリスクは回避するべきだろう。


 ――そして、一夜明けて翌朝。


 今日も今日とてやることに変化はない。


 やるべきことは、ヘルト王国の王都へ向けての行軍。


 それだけである。


 しかし、それも今日で終わりだ。


 王都までの距離は後40㎞程度。


 予定通りに行けば、今日の夕方前には王都までたどり着けるだろう。


「さて、いよいよ王都が近づいて来たな……」


 ――ヘルト王国の王都への道中。


 遥か前方を見えながら、リガルがポツリとつぶやく。


「そうですね。別に厳しい戦いになる、という訳でもないはずなのに、中々緊張が収まりませんよ」


「だな。それに、厳しい戦いにはならなくとも、すんなり決着がつくかどうかは微妙なところだぞ」


「え? どういうことですか?」


 リガルの真剣な言葉に、レオが疑問をていする。


「いや、だって単に王都を陥落させたからって国がほろびるわけじゃないだろ? 重要なのは王と後継者を殺す――もしくはその身柄を確保すること」


「あー、確かに。王族に逃げられると面倒ではありますね」


 王都が陥落するのはもちろん大変なことだ。


 しかし、王さえ生き残っていれば、再び王を旗頭はたがしらとして、結束することが出来る。


 そうなれば、戦争はまだ終わらない。


 もたもたしているうちに、事態を察知した周辺国が介入したりして、結末は分からなくなってしまうだろう。


 また、王は何とか殺せても、その後継者となりえる存在。


 息子、もしくは兄や弟。


 いや、そうでなくても最悪、娘や姉妹といった、女でもいい。


 女王というのも、歴史をさかのぼれば、僅かながら存在するのだから。


 とにかく重要なのは、王家の血を引いていること。


 リガルが王都を攻め、無事陥落させることが出来ても、王家の血統を持っている者に1人でも逃げられると、それだけで厄介なことになってしまうのだ。


(王都を陥落させること自体は、それほど難しいことではない。しかし、王族を1人逃さずらえる、もしくは殺さなくてはならないとなると、その難易度は一気に跳ね上がる……)


 どこの国も、王都は国の持つ都市の中で最も大きいことがほとんどだ。


 しかし、ヘルト王国の王都は、各国の王都の中でも特に巨大だ。


 都市全体を包囲することが出来れば、包囲が破られない限りその中にいる人間を逃がすことはないだろう。


 しかし、現在リガルが率いている3000の魔術師だけでは、ヘルト王国の王都の包囲など、到底不可能だ。


 となると、都市の入り口を封鎖するくらいが妥当だとうな手となるが、それだけでは心許こころもとない。


 何故なら、隠し通路などにより、王都の外へ逃げる道はあるかもしれないからだ。


 そして、今更その隠し通路などがあるかどうかを、調査している暇もない。


 つまり、どう頑張っても確実な方法はこの場合無さそうなのだ。


(まぁこの場合は、無理に入り口を塞ごうとするのではなく、都市の周囲にまんべんなく兵を配置するのが一番いいだろう。王族を逃がさない事ばかりに目が行き過ぎて、防衛の魔術師にやられたりしたら目も当てられない。本末転倒だ)


 大きな利益を追いかけるのではなく、小さな利益を確実に――。


 そんな意識を持ち、リガルはこれ以上考えることをやめたのだった。






 ー---------






 ――そして、14時過ぎ。


 リガルたち一行は、ついにヘルト王国の王都に辿り着いた。


 しかも、予定よりも1時間以上早い。


 これは、リガルがポール将軍を相手にに完全勝利を納めたことで、リガルが率いている魔術師たちの士気が、爆発的に上昇したことが原因だろう。


 リガルとしては、たかが1時間程度の時間を節約するために、体力を無駄に消費するのは出来ればけてほしかった。


 だが、何度行軍ペースを緩めようとしても、いつの間にかスピードが上昇してしまうので、リガルも最早もはや手遅れと諦めた。


 まぁ、この士気の高さなら、多少体力を消耗してしまっても、気合でいつも以上に動き続けることが出来るかもしれない。


 精神論というのも、意外とバカにならないものなのだから。


 しかし、なにはともあれ目的地には辿り着いたので……。


「さぁ、それでは始めようか。まずは四つある門を、500の魔術師でそれぞれ攻略する。残りの1000ちょっとは、薄く広く、王都を包囲するように待機だ」


 早速指示を出し、王都の攻略を開始する。


 だが、ものの10分も経たずに、早速予想外なことが起きた。


 なんと、どの門もあっさりと攻略して、都市内部に侵入することに成功したのだ。


「え、何だこれ……? 罠か……?」


 通常、ここまで王都の守りが手薄であることはあり得ない。


 他国に現在侵略中のロドグリス王国ですら、現在王都には500の魔術師が残っているのだ。


 ヘルト王国ほどの規模の国ならば、その2~3倍はいるはずだろう。


 そのため、真っ先にリガルは罠を疑った。


 しかし、もしそうだったとしても、今更退くことも出来ない。


 何より、確証が無いどころか、「罠の可能性がある」程度のことで、退却する判断を下すのはあまりに弱気過ぎる。


 そのため、不安にられながらも、リガルは作戦が成功することを願い、待ち続けた。


 だが、その不安はすぐに払拭ふっしょくされた。


 何故なら、王都の中に攻め込んだ魔術師たちによって、ヘルト王の居城であるファーバリア宮殿に、次々とロドグリス王国の旗が掲げられたのだ。


 王都の中に侵入して、わずか1時間ほどの事だった。


 そして、それが意味するところはただ一つ。


 王都の制圧が完了した、という合図だ。


 どうやら、罠など存在しなかったらしい。


 リガルの懸念けねんは杞憂に終わったわけである。


 しかし、万事とどこおりなく進んだ、というわけでもなかった。


「何? ヘルト王の姿が見つからないだと?」


「も、申し訳ありません陛下!」


 報告を聞いて、思わず眉根まゆねを寄せるリガルに、報告した魔術師は平謝ひらあやまりする。


 しかし、別にリガルは魔術師の報告に対して怒ったわけではない。


 元々逃げられる可能性は頭にあったし、魔術師がミスを犯したことが取り逃がした原因ではないだろう。


 理不尽に責めるなどと無意味なことは、リガルは行わない。


 それよりも、重要なのは一刻も早くヘルト王の身柄を確保する事だ。


 だが、その前に……。


「他の王族の身柄は確保できたのか?」


「は、はい! ヘルト王族全員を把握している訳ではないので、確実なことは言えませんが、少なくとも正妃やヘルト王の嫡男ちゃくなん、同腹の兄弟、姉妹の姿はありました」


 どれも、正統なヘルト王族ばかりだ。


「そうか、ならいい」


 リガルとて、すべてのヘルト王族を把握している訳ではない。


 末端の王族などは、現在すぐに確認を取ることは不可能だろう。


 しかし、王位継承権が下位の王族ならば、仮に取り逃がしたとしても、旗頭はたがしらとしては少し弱い。


 問題ない、とまでは言わないものの、仮に何かあっても軽傷で済むはずだ。


(さてと、それじゃあ俺は一刻も早くヘルト王の身柄を確保しなければいけないのだが……。しかし、果たしてヘルト王は逃げ出したのだろうか。それとも……)


 リガルの頭の中に、少しばかり嫌な予感がよぎる。


 その嫌な予感とは、リガルが王都に攻め込んでくることを、ヘルト王――ランドリア・ヘルトが予測していたのではないか、ということ。


 もしそうだとしたら、リガルが自分の身柄を確保しようと躍起やっきになっていることを、ランドリアは理解しているだろう。


 そんな相手をらえるのは、非常に困難だろう。


 しかも、この作戦にはタイムリミットが存在する。


 のんびりしていると、国が亡ぶことを良しとしない勢力が、妨害に来るからだ。


(いや、そんなことうれいていても仕方ないか。今はとにかくヘルト王を探し出すしかない)


 しかし、ランドリアがリガルが王都に来ることを予想していようと、そうでなかろうと、リガルのやるべきことに変化はない。


 ならば……。


「よし! それじゃあとりあえず王都ここに500の魔術師を残して、残りの全軍でヘルト王の捜索を開始するぞ!」


 こうして、リガルは背筋に寒さを感じながらも、それを振り払うように力強く兵に指示を出し、行動を開始したのであった。

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