第140話.天才の美学

 リガルとの交戦にて、ついに勝利を手にしたポール将軍。


 彼はその勢いのまま、新たな策に打って出た。


 それが、ラッヘとミスティという都市への攻撃である。


「しかし、こんな作戦よく思いつきましたね、将軍。この作戦はリガル・ロドグリスでも読むことは出来ませんよ」


「どうかな。奴ならこれすらも読んでくると俺は思う。だが、仮に読めたとして、上手く対応してこれるかどうか」


「え? どういうことですか?」


 喜ぶ側近に対して、あくまで冷静に答えるポール将軍。


 しかし、読めても対応は出来ない、という言葉に疑問を抱く側近。


「いや、別に俺の考えた策が、対応不可能な最強の策である、という訳ではない。奴自身の問題さ。一度敗北を味わって、それでもなお自分を信じられるのかってことだ」


「あー、確かに将軍も一時期迷いが生まれていた時がありましたね……」


「そうだけどあんまり言わないでくれ。あの時のことはもう思い出したくない」


 ポール将軍とて、実はリガルに負けた時は心が折れそうになった。


 最初から、やり返してやる、という不屈の闘志を抱いていたわけではない。


 リガルに負けてから、自分の采配に迷いが生まれるようになった時期も経験している。


 ただ、ポール将軍はそれを乗り越えた。


 だから今のリガルの心中も敏感に察することができたのである。


「まぁ、仮に奴がその壁を越えてきたとしても、俺はさらに上を行くまでだけどな」


「そうですね。……っと、見えてきましたね」 


 リガルとは反対に、自信で満ち溢れているポール将軍は、不敵に笑う。


 今のポール将軍は、体調的には絶不調だが、精神的にはかつてないほど絶好調だ。


 それに対して、側近の方もポール将軍の言葉を完全に信じ切っているように笑みを浮かべて頷いた。


 そうやって言葉を交わしているうちに、ついに目的地が見えてくる。


 ポール将軍たちの目的地とは、ロドグリス王国の都市――ミスティであった。


「だな。しかし、リガル・ロドグリスは一体どんな選択をったのか。それが判明しないと動きようがない。斥候は置いてきたんだが……まだ連絡が来ないな。そろそろだろうか」


 ポール将軍の作戦。


 それは、まずラッヘを攻めているヴィクト将軍の方にロドグリス王国軍を誘導する。


 そして、ポール将軍の方はミスティを落として、そのままの勢いでその先にある都市を落としていこうというものだった。


 だが、もしもリガルがポール将軍の思惑通りに動かず、ミスティの方にもしっかり軍を送り込んできた場合、大変なことになってしまう。


 もしもポール将軍がミスティをすでに攻めていたら、都市の守りの兵と背後から送られてきたロドグリス王国軍に挟み撃ちにされてしまうからだ。


 それは非常にまずい。


 だから、ロドグリス王国軍の動きが確認できるまで、ポール将軍は身動きが取れないのだ。


 そしてもちろん、ロドグリス王国軍の動きを把握するために斥候を放つことも忘れたりしない。


「敵も迷っているのかもしれませんね。後は、さっき将軍が指摘されたように、うちに潜む不安との葛藤とか。色々あるのでしょう」


「まぁ、そうかもな。あんまりはやらないで、落ち着いて待つか。しかし、ヴィクト将軍の方はもう到着しただろうか」


「どうでしょう……。ただ、我々が分かれたところから、ミスティまでは、ラッヘよりも遠いですからね。もう少し時間は掛かると思いますが」


「だよなぁ。まぁ、ちょうど斥候も帰ってきていないところだし、問題ないか」


 ポール将軍は今回、自分が率いていないもう片方の部隊の指揮官を、ヴィクト将軍に任せた。


 ヴィクト将軍は、ヘルト王国が誇る英雄である。


 60歳にして未だ現役という生きる伝説とも言える将軍なのだが、実力もやはり指折り。


 度々彼に対して無礼な発言をしたことがあるポール将軍だが、実はヘルト王国の中でポール将軍が最もリスペクトしている将軍であった。


 だからこそ、このロドグリス王国との決着をつけようという戦いで、重要な役割を任せたのである。


 そしてしばらくして、ついに待ちに待った斥候が帰ってきた。


 これでいよいよ動き出せると、ポール将軍は喜びいさんだが……。


「何? ロドグリス王国軍は兵を分けただと?」


 帰ってきた斥候から聞いた、ロドグリス王国軍の動きは、ポール将軍の望んだ結果とはならなかった。


 ポール将軍としては、ロドグリス王国軍にはヴィクト将軍の方に行って欲しかったのだが、そうは問屋が卸さない。


 とはいえ、予想外なことでは無かった。


「なるほど。やはりたった一度の敗北で心が折れるようなタマではないか。まぁいい。それでこそ俺の宿敵よ」


 逆にこの程度で勝利できては拍子抜け、などと思っていたくらいなので、全く動じない。


 まぁ、実際のリガルは、一度の敗北で心が折れかけていたのだが。


 そんなことはポール将軍が知るよしもない。


「よし、奴がそう来るのなら、こちらも新たに手を打つぞ」


「でも、どうするんですか? ロドグリス王国軍は、兵力で我々に劣っています。恐らくこちらを牽制するだけで、交戦することは徹底的に避けようとしてくるはずです」


「そんなことは分かっている。元々こうなった時の策は考えていた。別に一本取られたわけでもない。振り出しに戻っただけの事。ひとまずミスティを攻めるのは中止にして、別の都市を目指すぞ」


 この程度、イレギュラーでも何でもないと、冷静に次の一手を打つポール将軍。


「なるほど。しかし、その肝心の『別の都市』というのは、一体どこのことです?」


「ロドグリス王国の中でもトップクラスに大きな経済の中心となっている都市。ゲルトだ。まぁ、目指すとは言っても、攻めはしないがな」


「え? 攻めはしないって……じゃあ一体何を……?」


 どういうことだ? とさっぱり分からないという様子の側近。


 だが、それに対してポール将軍は、何を当たり前のことを尋ねてきているんだ、と言わんばかりの呆れた表情で……。


「揺さぶりに使うだけに決まっているだろう。大体、ミスティすらロドグリス王国軍が来た場合、落とすことを断念せざるを得ないんだ。さらに守りが硬いと予測されるゲルトなんかは絶対に落とすことは不可能」


「た、確かに……」


 ロドグリス王国も当然、経済的、もしくは軍事的に重要である都市ほど、防衛のために配置する魔術師は増える。


 ゲルトの守りが硬いことは、想像にかたくない。


 そんな都市を、後ろからロドグリス王国軍が追ってきている状況で、攻めようなどとしたらどうなるか。


 それは火を見るよりも明らかである。


(とはいえ、こちらが都市攻めを狙うことが難しいということは、ロドグリス王国側とて理解しているはず。この一手が揺さぶりになると考えてはいけない。何か、更にもう一つ手を打たなければ、奴を出し抜くことは出来ないはずだ……)


 ポール将軍は、行軍を再開し始めながら、早速次のことに頭を悩ませる。


 タイムリミットまでまだ猶予はあるが、刻一刻と迫ってきていることは間違いないのだから、のんびりとはしていられないのだから。


 そうして、考え続けること数10分。


(いや、ここは奇策じゃダメだ。純粋な駆け引きによる勝負で奴を捻じ伏せて、この戦いに終止符を打つんだ)


 ポール将軍は、一つの結論を出したのだった。

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