第138話.勝利の美酒
「勝った! 勝ったぞ! ついにあのリガル・ロドグリスに土をつけてやった!」
現在、ヘルト王国軍を率いるポール将軍は、ロドグリス王国軍との一度目の交戦を終えて、先ほどの戦場から少し離れた場所で野営を行っていた。
まだ日が暮れるまでは、そこそこの猶予があるが、今日は朝からずっと行軍しっぱなし。
そして、先ほどは今回の戦争が始まって以来の大規模な交戦。
流石にこれ以上は兵の疲れが不安だ。
中途半端に行軍するよりも、ここは一旦休息を取った方がいいという判断をした。
そういう意味では、ロドグリス王国軍側から見ると、救われたと言える。
ロドグリス王国軍は現在、ヘルト王国軍に敗北したため、一旦態勢を立て直さなくてはならない時。
ここでヘルト王国軍に行軍されると、態勢を立て直す時間もなく敵を追わなくてはならない羽目になってしまうところだった。
ただ、これはポール将軍のミスというわけではない。
疲れた兵で行軍し続けるのは、ヘルト王国軍側としてもリスキー。
とりあえずは、たった400とはいえ兵力的に有利を広げたのだ。
ここは欲をかいてはならない所。
一旦は、冷静に休戦するのが無難である。
という訳でポール将軍は、明日に向けてゆっくり休息を……とるのではなく、野営の準備を整えて始まったのは、何と宴会であった。
勝利と言っても決定的という程ではないのに、浮かれすぎだろ、という感じに思うかもしれない。
実際その通りだ。
たった400の兵力差をつけただけでは、大勢に影響はない。
こんなんで一々宴会を行うなど、全くふざけている。
ただ、今回の勝利は、普段とは異なる。
ポール将軍にとっての巨大な壁――リガル。
それを始めて打ち破ったのだ。
これは、ポール将軍がこれから更なる成長を遂げるための大きな一歩といっても、
とはいえ、ポール将軍も最初は我慢した。
心の中では、もう世界を手に入れたかのような喜びようであったが、戦いはまだまだ終わっていないというのに、兵の前で浮かれた様子など見せられない。
必死に自制した。
しかし、実はポール将軍だけでは無かったのだ。
――リガルに勝利して喜んでいるのは。
第一次ヘルト戦争の時に生き残った、ヘルト王国軍魔術師。
彼らの半分以上は、今回の戦争に参加している。
彼らも、ポール将軍ほどじゃないとはいえ、リガルに負けたことを強く悔いていたし、絶対にやり返してやろうと思っていた。
だから、野営の準備をしてから、「宴会をやりましょう」とうるさくポール将軍に懇願したのである。
もちろん、内心ではポール将軍も彼らと同じ――いや、それ以上の気持ちだったので、兵たちにそこまで言われては、自分の気持ちを抑えることが出来ない。
そういう訳で、宴会を開いてしまったのである。
それからはもう、ポール将軍が止まることは無かった。
兵たちの前で存分に調子に乗り、誰よりも浮かれて騒ぎ続けた。
まぁ、それまでは我慢していただけで、リガルに勝利したその時から心の中では誰よりも狂喜乱舞していたのだ。
我慢という
結局その日は、とにかく日付が変わるまで酒をひたすら飲みまくり、泥酔してしまったポール将軍であった。
ー---------
――そして翌日。
「あー、やばい。頭は痛いし、気持ち悪い。流石に調子に乗って飲み過ぎた……」
いつまでも浮かれてはいられないので、早々に行軍を開始したヘルト王国軍。
しかし、それを率いるポール将軍の顔色は、すこぶる悪かった。
あれだけ飲めば当たり前である。
まぁ、それでも不幸中の幸いであったのは、兵たちだけはポール将軍と違って、ある程度自制したこと。
いや、自制できなかった者もかなりいたはずだが、他の同僚や上官が止めてくれたのだ。
そのおかげで、「宴会による二日酔いのせいで、今日は軍事行動を取れません」なんて、間抜けな羽目に陥ることだけは避けられた。
兵たちも、体調万全という訳ではないが、とりあえず行軍くらいは問題ないし、戦うことになっても、それなりにやれるだろう。
問題なのはポール将軍だけだが、まぁポール将軍だけならフラフラでも何とかなる。
特にポール将軍は、自ら前線に立って戦闘を行うタイプではないのだから。
馬に乗り続けるというも意外と楽じゃないので、二日酔いの状態での行軍は当然大変なのだが。
しかし、それは自己責任。
気合で乗り切るほかにないだろう。
そんな訳で、げっそりとした表情を浮かべながらも、ポール将軍は頑張って行軍し続けた。
しかし昨日の段階でヘルト王国軍は、ロドグリス王国軍との間に十分な距離を設けることが出来ていなかった。
そのため、早くも昼前にはロドグリス王国軍にぴったりと張り付かれる。
これでは、仮にこのままロドグリス王国軍の中心部に辿り着いても、都市を落とすことすら出来ない。
(さて、どうしたものか。これで再び状況はほぼ五分。やはり昨日のうちに大打撃を与えておけなかったのが痛いな……。とはいえ、あまり深入りするのは危険すぎるし、リガル・ロドグリスはそんな甘い相手じゃない)
ポール将軍は再び悩まされる。
結局、昨日のような小さな勝利を積み上げていくだけでは、ロドグリス王国軍に大打撃を与える前に、タイムアップが来てしまう。
それに何より、昨日勝利できたからと言って、もう一回勝てる保証はない。
それを考えると……。
(ここは最早、講和を狙うのもアリか……?)
講和という選択肢が、ポール将軍の頭の中に浮上してくる。
ポール将軍は一度リガルに勝利した。
だから講和を申し出ても、多少は足元を見られずに済むはずだ。
いつ他国が攻めてくるか分からない状況で、冷や冷やしながらロドグリス王国と戦い続けるなんて、リスクとリターンのつり合いが取れていない。
ここは冷静に無駄な戦いを避けるのは良い判断だろう。
しかし……。
(いや、ダメだな)
ポール将軍はすぐに一度頭に思い浮かんだ、講和という選択肢を否定する。
何故なら……。
(今回、我が国が仕掛けてからのロドグリス王国軍の対応。あれはこっちが仕掛けてくることを知っている対応だった。仮に今回我が国が侵略しなくとも、逆に奴らの方から侵略して来ていただろう。つまり、我々とロドグリス王国の関係は最悪。修復不可能)
そう。
ロドグリス王国は第一次ヘルト戦争が終わった時から、もう次の戦いのことを見据えていた。
仲良くしようなどという気は微塵もないことが分かる。
仮にここで一時的に講和が成立したとしても、互いに虎視眈々と隙を狙うことになるため、戦火が絶えることはあり得ない。
(結局先延ばしにしかならないんだよなぁ……)
リガルは20歳。
それに対してポール将軍は27歳。
2人ともかなり若いことに変わりはないが、どちらの方が伸びしろが多く残っているかというと、残念ながらリガルに軍配が上がる事だろう。
まぁ、年齢が低い方が伸びしろが残っているとは限らないので、普通に考えれば、だが。
あくまで可能性の高さの話だ。
それはポール将軍も認めているので、先延ばしをすることで不利になるのはポール将軍自身となる。
(今やるしかないんだ。ここで……! 危険の芽は早いうちに摘んでおかなければならない。そして、可能性が高いわけではないが、今ならそれが出来る。そして、この国――いや、大陸中でそれを成し遂げることができるのは、俺だけなんだ。奴が手遅れになるほど成長する前に、俺が奴の首を取る!)
決して傲慢になっている訳ではない。
今のポール将軍は、本気で自分がリガルを倒すことが可能だと思っている。
そして、それは客観的に見ても間違いはない。
これまでの情報から考えると、ポール将軍が勝つ可能性も、4割くらいはあるはずだ。
そして、アドレイアをあっさりと撃破するほどのポール将軍でも、勝つことがそれほどに厳しい、リガルという天才。
確かに、リガルを止められることが出来る人間は、ポール将軍くらいしかいないだろう。
いや、ポール将軍にしか止められない、というのは
それに、率いる将がポール将軍より優秀だったとしても、戦争というのは将が優秀なら勝てるというものではない。
むしろ、将が率いる、兵の質や数の方が重要なのだ。
それを兼ね備えているのは、ヘルト王国という高い国力を持つ国で将軍を務める天才である、ポール将軍しかいない。
いや、東方諸国連合なんかでも、条件を満たせそうな将軍はいるかもしれないが。
ただ、帝国はダメだ。
何度も言っていることだが、地政学的に、国力に比べて動員できる兵力がかなり少ない。
防衛戦争なら話は別だが、ロドグリス王国が帝国に攻め込む可能性は極めて低いし、あったとしてもかなり先だ。
そんな訳で、少し話が脱線したが、とにかくポール将軍は覚悟を決めた。
そして同時に……。
「決めた。次は飛び道具なし。正面切っての直球駆け引きで、今度こそ奴を討つ!」
次の策もポール将軍は考えついたのであった。
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