第132話.不撓不屈

「こちらに戦略が漏れることもいとわず、味方に指示を出すとは、流石はリガル・ロドグリス。大胆ながら適切な戦略だ……」


「って、感心してる場合ですか? せっかく策が上手くハマったのに、このままでは有耶無耶になってしまいますよ!?」


 一方その頃、ポール将軍の方もリガルをここで仕留めるべく、早速本隊を動かしてリガルの下に迫っていた。


 しかし、あともう少しというところで、リガルが大声で味方に指示を出したのだ。


 これには、流石のポール将軍も予想外の一手だったようで、素直に感心した様子を見せる。


 だが、そんな呑気なポール将軍に、側近は焦ったように言葉を掛ける。


 彼の言い分も最もだ。


 ポール将軍のスナイパーを使った作戦は上手くハマった。


 リガルは非常に動揺し、ロドグリス王国軍は現状バラバラ。


 まとまりを欠いている。


 ならば、ヘルト王国軍としては、この隙を逃さずロドグリス王国軍に被害を与えておきたいところ。


 しかし……。


「落ち着け。なにも慌てることなど無い」


「えぇ?」


 ポール将軍は微塵も慌てた様子を見せない。


 その様子に、側近はどういうことだと不思議がる。


「別に特別なことじゃない。至極当たり前の話さ。こっちにはスナイパーがいる。ロドグリス王国軍の方は、それを警戒しなければならないだろう? となれば動きも鈍る。ちょっとの距離ならすぐに追いつくさ」


「あぁ……確かに。言われてみれば当たり前ですね」


 リガルは、敵にバレたところで関係ないと言ったが、ポール将軍はそんなことは無いと言う。


 しかし、現実はポール将軍の思うようにはいかなかった。


 それからずっと、ポール将軍はロドグリス王国軍を追いかけて山頂を目指していたのだが……。


「何故追いつかないんだ……」


 しかし、何分進んでも、ロドグリス王国軍魔術師を捉えることができない。


 いや、正確には、「ほとんど捉えることが出来ない」と言うべきか。


 もちろん、数人のロドグリス王国軍魔術師はスナイパーの足止めにより、上手く山頂まで向かうことが出来ていなかったりもした。


 しかし、ほとんどのロドグリス王国軍魔術師は、ポール将軍の用意したスナイパーを掻い潜り、速度を緩めることなく山頂へと向かっていたのだ。


 これは、リガルの予定通りでもありながら、偶然でもあった。


 どういうことかというと、ロドグリス王国軍魔術師がスナイパーを上手く躱わすことが出来たのは、全員スナイパーについて詳しかったからである。


 別に、スナイパー以外の魔術師が、スナイパーについて詳しくなる必要はこれまで無かった。


 だから、当然リガルは普通の魔術師にまで、スナイパーについて語ったりはしていない。


 だが、スナイパーという革新的な兵科に、ロドグリス王国の軍事に関わる人間のほとんどが、興味を示したのである。


 そのため、リガルの語るスナイパー論は、かなりロドグリス王国軍に浸透していた。


 完全なる偶然。


 リガルの意図したことではない。


 だが、リガルはそれを知っていた。


 知っていたため、今回リガルはこの混乱した状況でも、個々で山頂を目指せると判断したのである。


 しかもリガルは、この状況を凌ぐことだけに留まらなかった。


 完全に自分が優位にあり、今は自分がロドグリス王国軍に大打撃を与えるか、リガルに上手く凌がれるかの、二つに一つだと思い込んでいたポール将軍。


 そのため彼は、リガルがその先を狙っていることに気が付けなかった。


 事の発端は、ロドグリス王国軍を中々捉えることが出来ない現状に、ポール将軍が焦り始めていた時に起きた。


 なんと進軍中に、ヘルト王国軍のスナイパーがやられている姿が見つかったのである。


「な、何……? この状況で、反撃するだけの余裕が奴らにはあったのか? しかも、スナイパーたちにはちゃんと、念には念を入れて見つからないようにしろと、口酸っぱく言っておいたはずなのに……」


 ポール将軍は、少し驚き一瞬呆然とする。


 だが、まぁ一人二人なら敵にやられるのもおかしなことではない。


 ミスくらいはあるだろう。


 ――これくらいはただのイレギュラー。


 今はそんなことに一々驚いている場合ではない。


 一刻も早くロドグリス王国軍を捉えることが最重要課題である。


 そう思いなおして、すぐに進軍を再開した。


 のだが……。


「ん? まただと……?」


 次々とヘルト王国軍スナイパーの死体が発見される。


 ポール将軍が今回の戦いのために用意したスナイパーの数は、ぴったり100。


 しかし、すでに10人以上やられていることを確認している。


 これは流石に、イレギュラーとしては処理できない数だ。


「何故だ……」


 ポール将軍の作戦は順調に進んでいた。


 そのはずなのに、気が付けばいつの間にか、暗雲が立ち込めている。


 このまま、リガルたちがほとんど被害なしに山頂を取ってしまえば、もう戦うという選択は出来ない。


 山頂を取られるという事は、折角バラバラにしたロドグリス王国軍が揃ってしまうという事。


 しかも、有利なポジションで、敵将の得意とする戦場。


 ポール将軍としては、戦えるわけがない。


 かと言って、これからすぐにロドグリス王国軍に追いつくことが出来る見込みもない。


 つまり……。


(無策でこれ以上進むのは危険……! どうすれば……!)


 二転三転。


 この戦い、まずはリガルが、平地で待ち構えるというポール将軍の疑心暗鬼を利用した戦略で、主導権を握った。


 しかし、そこからポール将軍が動き、切り札のスナイパーを使ってリガルたちを動揺させる。


 だが、気が付けばいつの間にかリガルたちが上手く切り抜け、ポール将軍よりも優位に立っている。


(何故だ……。何故なんだ……。兵力的には僅かとはいえ、こちらの方が勝っている。しかも、しっかりと戦略を練って、切り札も用意してきた。人事は尽くしたはず。なのに、何故ここまで上手くいかないんだ……!)


 何をやっても思い通りに事が進まない展開に、ポール将軍は歯噛みする。


 それでも、この状況で再び有利を取り戻すため、頭を必死にフル回転させるが、そう都合よくは策など思いつかない。


 現在の状況。


 4年前までのポール将軍なら、自分のプライドが退くことを許さず、最終的に無策で突撃を敢行してしまっていた事だろう。


 だが、今のポール将軍は、4年前よりも大きく成長していた。


(いや……落ち着け。この4年間で俺はさらに数々の強者つわもの共を蹴散らしてきた。だが、この男――リガル・ロドグリスだけは、あまりに別格。奴は、今の俺でもまだギリギリ届かない。それを認めよう。だからここは――)


「仕方ない! ここは一旦追うのをやめる!」


「えっ……? 将軍、まさかここで退くのですか!?」


 ポール将軍の側近が驚いたように声を発する。


 ここでの退却は、非常に賢明な判断。


 そして、当たり前の判断でもある。


 それは、彼も分かっているだろう。


 だというのにここまで驚いたのは、ポール将軍の性格からかんがみた行動と、あまりにかけ離れていたから。


 ポール将軍が切り札を投入したのにも関わらず、ここで決着をつけることを諦めるとは、到底思えなかったのだ。


 だが……。


「フンッ、誰が退くなんて言った?」


「はい? え、いやだって、将軍自ら……」


「言ってない。退くとは、一言もな。俺は、追うのをやめると言っただけだ」


「え……。結局同じことじゃないんですか?」


「全然違う」


 断言するポール将軍。


 やはり、成長し余計なプライドを捨て去ったかと思いきや、少しくらいは残っていたようだ。


「敵を山頂から降りるように誘導し、こちらが山頂を取るのさ」


「……! い、いや、確かにそれが出来れば、再びこちらが有利な状況に戻せますが、そんな都合のいい作戦がありますかね?」


「バカか。あるから言ってるんだ」


「え……!」


 ポール将軍の言葉に、側近は驚く。


「まぁ、そうは言っても成功するかどうかは、微妙なところだがな。しかし、やってみる価値くらいはあるはずだ」


「なるほど……。よく分かりませんが、将軍がそう言うなら安心です」


「そうか。よし、ならば着いて来い。今度こそ奴を出し抜いてやる……!」


 こうして、自信を持って繰り出した策は失敗に終わったものの、ポール将軍は挫けることなく再び動き出したのであった。

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