第110話.開戦

 ――数十分後。


 リガル達がサイヌ村についてから、ヘルト王国軍の第二陣がやってくるまでに大した時間はかからなかった。


 その数500という報告が入っているヘルト王国軍が、リガル達の視界に入る。


「ついに来たな。しかも、俺たちの2.5倍もの戦力が」


 やれやれ、とでも言いたげに、嘆息しながらリガルは呟く。


 それに対して、すぐ隣に控えるレオは……。


「自分たちより強い国と戦うことの宿命ですね。寡兵で戦うことになるのは当たり前のことですよ。けど、それでも自信があるって言ってたじゃないですか」


「まぁ、それはそうだけどな」


 確かに、今回もリガル達は数という観点で、ヘルト王国軍に大きく水をあけられている。


 しかし、それ以外は大体リガル達が有利だ。


 まず、地の利。


 サイヌ村は敵国の領土とはいえ、リガル達が選んだ戦場だ。


 当然、建物の位置などは予習済みである。


 そうなると、相手よりも有利に立ち回れるはずだ。


 そして、もう一つが一番大きい。


 それは、リガル達の情報が相手にほとんど伝わっていないこと。


 敵は、フォンデの南東にある都市が攻撃された、という情報しか今のところ分かっていない。


 このサイヌ村に、リガル達が待ち構えていることすら知らないはずなのだ。


 そんな状態でいきなり乱戦に持ち込まれれば、数なんて対して問題にならず、ほぼ互角で戦えるだろう。


「さてと、敵は俺たちの予想通りに動いてくれるかね……」


 すでに敵を迎え撃つ準備は万全であるため、リガルは特に動きを見せることなく、ただじっと敵の動向を見守る。


「こちらの存在に気が付かれてさえいなければ、問題ないでしょう。それよりも問題は、我が軍の魔術師が作戦通りに動けるかどうかですよ」


 確かに、前にヘルト王国と戦った時は、魔術を使ってサインを出すという手法を使った。


 しかし、今回はリガル達の存在がバレてはいけないため、サインを出しているということすら知られてはいけない。


 そうなると、離れた部隊との連絡の取りようがない。


 つまり、攻撃開始の命令が出せない。


 攻撃を仕掛けるタイミングは、魔術師たちの判断に委ねられる。


 戦いが始まってさえしまえば、サインを出すことは可能だが。


 リガル自身が前線で指揮を執るということも考えたが、初動のことばかりを重視しすぎて、後から戦場全体が見渡せなくてまともな指揮が執れないなんてことになったら大変だ。


 そのため、その案は断念した。


「まぁ、大丈夫だろ。攻撃のタイミングなんて、敵の側面を突けるタイミングで動き出せばいいだけのこと。うちの魔術師なら、指示なんて出すまでもないさ」


「ですね」


 リガルとレオが緊張感無く話している間にも、敵はどんどん近づいてくる。


 そしていよいよ、村の中に踏み入ってきた。


(まだ。まだ早い。まだ仕掛けるなよ?)


 リガルは伝わるはずもないのに、心の中で話しかけるように祈る。


 しかし、その祈りが通じたのか、攻撃のタイミングを担っている二個小隊は動かない。


 そして……。


(今だ!)


 リガルがそう思った瞬間、ちょうど動き出した。


 闇夜の中に淡い光が煌めき、それと同時に敵魔術師の阿鼻叫喚が巻き起こる。


「よし、成功だ!」


 思わずリガルは喜びの声を上げて、そのまま杖を天に掲げると、魔術を放つ。


 その意味は、第二フェーズに移行する、というもの。


 今回の戦いは、細かい指示が必要になるので、事前に作戦の順序をフェーズで分けて、完了するごとに次のフェーズに移行することをリガルが伝える仕組みだ。


 今回の第一フェーズは、何も知らずに村にやってきた敵の側面を叩くというもの。


 そして第二フェーズが、一旦攻撃を行った二個小隊は下がり気味にして、さらに敵をこちらの陣地深くまで誘い込む、というもの。


 リガルの命令を受けて、ロドグリス軍魔術師は、さらに動き出す。


「おいレオ、お前も見てないで攻撃に参加しろ。お前たちならここからでも攻撃に参加できるだろ」


「あ、すみません。なんか凄くここまで思い通りに行ってるので、思わず見惚れてました。ただ、視界が最悪なので、あまり精度には期待しないでくださいよ?」


「大丈夫だ。視界が悪い分、お前も敵に当てずらいだろうが、逆に相手もこちらの位置をはっきりとは特定できない。距離もあるし、敵は混乱してるだろうし、ガンガン雑に撃ってっていい」


「なるほど。了解です。ということだ! 全員ガンガン撃っていけ!」


 レオは後ろで控えているスナイパー部隊の部下たちに指示を飛ばす。


 今回の作戦は、特にスナイパーを特別な使い方をするわけではなく、普通にリガルのいる高台に置いておくだけだ。


 それだけでも、十分な敵の被害が見込める。


 スナイパーのことは心配していないし、そもそも計算に入れて作戦を立ててもいない。


 そのため、リガルは一旦スナイパーのことは頭から追い出して、戦場を改めて見渡す。


 敵は混乱しているようで、いつの間にか村の中心部辺りまでやってきている。


 最初に交戦した小隊も、この闇夜に上手く紛れて、被害は出していないようだ。


 それからも、入れ代わり立ち代わりに別の部隊が出てきては行方をくらまし、を繰り返している。


 予定通りの完璧な連携だ。


 とはいえ、最初こそ混乱のせいで被害を出してしまった敵軍だが、そこそこ優秀な指揮官がいるのか、今では被害も出なくなっている。


 ヘルト王国軍の優秀な将軍は、すでにロドグリス王国の侵略のために全員出払っているため、リガルとしても少し油断していたが……。


(うーん、流石は大国ヘルト。優秀とは言えないが、無能ではない指揮官をまだ本国に抱えていたか。流石に層が厚い)


 相手の粘り強さに、リガルは素直に感心する。


 だが……。


(悪いけどこの作戦は、こんな嫌がらせみたいな攻撃をするだけじゃ終わらないんでね。次の一手で勝利を決定づけてやる)


 そう考え、リガルは再び杖を天に掲げる。


 そして、魔術を放った。


 フェーズ3へ移行するというサインだ。


 フェーズ3の内容は非常にシンプルで、総攻撃をかける、というだけである。


 しかし、実はいつの間にかヘルト王国軍を包囲するかのように、ロドグリス軍が配置されているのだ。


 もちろん、偶然ではない。


 リガルは元から魔術師たちを、敵が深くまで入り込んできた時に、囲い込めるような位置に潜ませていた。


 ただ、この闇夜がリガルの作戦を後押しし、敵はそれに気が付くことが出来なかった。


「終わりだな」


 リガルの呟きの通り、ロドグリス王国軍は少ないながらも敵を次々に討ち取っていく。


 包囲しているというのも、その要因の一つであるが、ロドグリス王国軍は、単純に個々のレベルで敵魔術師を上回っている。


 別に、3人組を組んでいるから、などという理由ではない。


 それくらい、とっくに敵も真似している。


 では、ロドグリス王国軍とヘルト王国軍で何が違うのか。


 答えは、動きだ。


 一部の――というか王都勤めのロドグリス王国軍魔術師は、最近リガルから直接魔術師の戦い方を教わっている。


 戦い方というのは、遮蔽物や敵の射線管理と言った、リガルの日本時代のFPS知識である。


 今回リガルが連れてきたのは、それを完璧にマスターした魔術師たち。


 結果は、見ての通り大成功。


 最初から最後までリガルたちロドグリス王国軍のペースで進み、こちらはほとんど被害を出さないまま次々に敵魔術師を討ち取っていく。


 奇襲、敵の混乱、戦術、技術。


 全てが完璧に噛み合い、数の不利を凌駕したのだった。


「ひとまずは理想的に終わったな。だが、この程度じゃまだ足りない。今宵のうちに、勝利を決定づけるような戦果をさらに上げる!」


「確かに。こちらの存在が伝わっていない今が、絶好のチャンスですからね。出来る限り敵の兵力を削っておきたい」


「そういうことだ」


 こうして、最初の交戦はリガルたちの大勝利で終わった。


 だが、リガルは勝利の余韻に浸ることなど無く、すでに次を見据えているのだった。

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