第109話.読み抜け

 ――そして、22時。


 戦いは始まった。


 ……のだが、防御部隊の指揮を執るリガルには関係のない話で、リガルの現在いる森では、戦いの気配すら感じられないほどに平和だった。


 至極当然の話である。


 そんな訳で、ソワソワとしながらも、特にやることのない時間を過ごし、そこから1時間が経過した頃――。


「ご報告させて頂きます! ヘルト王国軍およそ500がフォンデに集結中! 数はまだまだ増える模様です!」


 ついに、ヘルト王国軍に関する情報がリガルの元に届く。


 ヘルト王国軍が動いたということは、すなわちロドグリス軍が夜襲をかけたということだ。


 成功したかどうかはまだ情報が入っていないので分からないが。


 まぁ、それも程なくして届くだろう。


「そうか。下がっていいぞ」


 リガルは思案気な表情をしながら、偵察から帰ってきた魔術師を下がらせる。


 敵の動向を探るために、リガルは事前に近隣の都市に1人ずつ魔術師を送っておいたのだ。


 そうしたら、まさかのついさっきまで自分たちがいた都市に、ヘルト王国軍が集結しているという。


 まぁ、冷静に考えれば、フォンデはここら辺の都市の中で一番大きいのだから当たり前かもしれないが。


 しかも、その数は500。


 これまた想定外の大人数だ。


 本当は多くても300くらいだと予想していたのだが、意外にもことごとく読みが外れる。


 とはいえ、兵数は今回の場合そこまで問題にならないので、驚いて取り乱したりすることはない。


(うーん、そうなると、敵の進軍ルートは……)


 新たに得た情報をもとに、リガルは早速敵の動きを読む。


 しかし、一つだけ確かなことはある。


 リガルは、この夜襲作戦を考える過程で、とある選択をした。


 それが、どの都市を落とすのか。


 フォンデ近隣だけでも沢山の都市があるので、全てという訳にはいかない。


 そこで考えたのが、フォンデの南東の都市をすべてまとめて落とすこと。


 色んな場所を散らして落とすよりも、固めて落とした方が、夜襲を掛けた後に合流しやすいし、敵が集結する場所も予想が絞れる。


 南東は攻める場所で、成功すれば壊滅するのだから、敵が集結する場所は必然的に他の場所。


 そこで、都市が密集している南西部にアタリを付けて、フォンデの西部の森で待機していたわけだが……。


「これは、一旦元来た道を戻ることになりそうだな……」


 リガルは失敗したと、少しがっくりとした様子でそう呟く。


 リガルの予想は少し外れたのだ。


「ですね。まぁでも、時間的には特に問題ないでしょう。それよりも、どこで交戦するか決めたんですか?」


「あぁ。たった今決めた。決戦の地は……。ここ。サイヌ村だ」


 リガルは地図を取り出して広げると、フォンデから少し南に位置する場所に存在する村を指さして言う。


 サイヌ村は、ヘルト王国の中でも指折りの大きな村で、その大きさは1㎢近くあるほどだ。


 200人ちょっとで守るにはあまりに広すぎる大きさだが、今回の新戦術にはぴったりだ。


 それに……。


「なるほど。フォンデから一番近い、攻められている都市に敵も向かうはずですからね。そこから一番近いサイヌ村というのは、当たり前の選択ですか」


「そういうこと。敵も裏をかくほど頭が回っていないだろう。今は都市の被害を抑えることで精いっぱいのはずだ。ここはシンプルに王道の策で行く。敵が兵を分けようが、そうしなかろうが、関係ない」


 リガル達はすでに兵力が少ないので、これ以上は兵を分けることは出来ない。


 そのため、そもそもあまり作戦の選択肢の幅が狭かった。


「しかし、敵は確かすでに500を超えてるんですよね。そして、まだまだ集結する見込みだとか。それに対してこちらは200人ちょっとです。あまりに無茶じゃありませんか?」


「どうだろうな。けど、敵を殲滅する気は無いんだ。ヒット&アウェイ的な感じでちょこちょこ敵の魔術師の数を減らしていって撤退に追い込めばいい。そういう目的に対して、今回俺が使うつもりの新戦術は相性がいい。俺は500人くらいなら行けると思うが」


「なるほど……。それにこちらには、情報が知られていないというアドバンテージがありますしね。むしろ有利とすら言えますか」


 リガルの言葉に、レオは納得するが……。


「あぁ。てか、そんなことよりも早く動くぞ。お前はさっき時間的には余裕があるとか言ったが、そうでもないぞ?」


「え? 何故ですか? 敵はまだ完全に集まっていないんでしょう?」


「別に完全に集まる必要性はないだろう。敵は兵を分けてくる可能性だって高いんだ。だったら、先に集まった魔術師だけでこちらの攻撃部隊を潰しに来る可能性も高い」


「あ、言われてみれば……」


 そう、敵はすでに動き出しているかもしれないのだ。


 その上距離的にもリガルたちの方が、若干サイヌ村まで遠い。


 思った以上に事態が切迫していたことに気が付いたレオは、みるみる顔を青くして……。


「は、早く出発の準備を整えるように、魔術師たちに伝えてきます」


「あぁ。休みは十分とれただろう。ここから強行軍だ!」


「はい!」


 そうして、リガル率いる防御部隊は、数分後に行軍を開始した。






 ーーーーーーーーーー






 行軍はマラソンとなった。


 普段ならこれくらいの人数の場合、馬で移動するのだが、今回は馬など持ち合わせていない。


 よって、リガルまでも走った。


 幸い、リガルもこの世界に来てから毎朝ランニングが日課となっていたし、体力は日本にいたころと比べて格段についた。


 今の身体の状態でリガルが日本に帰ったら、学校のマラソン大会程度なら優勝すら狙えるだろう。


 リガルが先ほどまでいた森から目的地であるサイヌ村までは約15㎞。


 その道のりを1時間で踏破した。


 1時間と言うと、1㎞4分ペースなので、全然早くないように思えるかもしれないが、そこまで重くはないとはいえ、荷物を持っていることを考慮すると、それなりのペースだろう。


 しかも、そのペースでリガルが率いる200人ちょっとの魔術師すべてが脱落せずに着いてきているので、ロドグリス王国の魔術師が普段からどれだけ鍛えてきているのかが伺える。


 これなら、もしも敵が馬で来ていない限りは先着できるだろう。


 また、仮に馬だったとしても、常歩なみあしで来ていた場合は先着できる。


 とはいえ、この非常事態にのんびりやってくるバカはいないだろうから、馬だったら終わりと思った方が良い。


 ちなみに、常歩というのは、馬の走るペースを表す用語の一つであり、馬がノソノソと歩いている状態を指す。


 大体時速にして5、6㎞。


 人が歩くのと大して変わらない。


 それから、行軍中にも情報が7つほど入ってきた。


 その内容は、攻撃部隊による、都市を陥落させたという報告だった。


 少なくとも、7個の都市は落とさせたという訳だ。


 そうなれば、残りは最悪全部失敗しててもかまわない。


 ここに誤算がなかったのは、リガルとしても一安心だ。


 とにかく、そんなこんなでへとへとになりながらサイヌ村が視界に映るところまでたどり着くと……。


「あれ? なんかおかしくね?」


 リガルはとある違和感に気が付いた。


「え? あ、確かに。もう深夜だというのに、松明を持った人間が家の外を歩いていますね。なんでだろう……」


 リガルに言われて、レオも村の違和感に気が付く。


 それに対して、リガルは少し苦々しいような表情を浮かべながら……。


「決まってるだろ。やられたんだよ。ヘルト王国軍の連中に。やはり奴らは予想通り兵を分けてきた。そして、すでに攻撃部隊の対処に向かってここを通過している」


「……! え、ヤバいじゃないですか!」


 普通、こんな深夜に村の人間が活発に動いているなどあり得ない。


 今日が何か特別な行事を行う日であるという話は聞かないし、だったらその理由はもう先ほどこの村をヘルト王国軍が通ったからとしか思えない。


 リガルの言葉に慌てふためくレオだったが、それに対してリガルは……。


狼狽うろたえるな。誤算ではあるが、計画に大した支障はない。敵は兵を分けていて、まだこれから第二陣がやってくる。第一陣は好きにさせてやって、俺たちは第二陣を止めればいい」


「え、けど、それじゃあ攻撃部隊がやられてしまうかもしれませんよ!?」


「そこは割り切るしかない。今できるのは、攻撃部隊を信じて、俺たちは敵の第二陣をとめることだ。だ。ということで、その準備として手始めに……」


 そう言ってリガルは動き出す。


「?」


 レオがそれを追いながら怪訝な顔をする。


 しかし、そんな中リガルは……。


「とりあえず住民を追い出すか」


 平然とした表情でそう言った。


 とても主人公の台詞とは思えないが、皆殺しにしたりしないだけマシかもしれない。


 リガルに慈悲の心はほとんど無いが、無意味に人を殺したりする快楽殺人鬼でもない。


 リガルは全軍を引き連れてゆっくりとサイヌ村に近づいていく。


 すると、徐々に住民もリガルたちの姿に気が付いたのか、騒ぎ始めた。


 それから村に踏み入ろうとしたところで、一人の壮年の男がリガルの方に向かって駆けてきた。


 そして口を開く。


「こ、これはこれは初めまして。私はこの村の村長をやっております、アイウと申します。もしや、ヘルト王国軍の方でしょうか?」


 どうやらリガルたちはヘルト王国軍と勘違いされているようだ。


 確かに、纏っているローブの胸元には小さなロドグリス王国の紋章があるが、この闇夜に松明の明かりで判断するのは少し難しいだろう。


 しかし、もしかしたらこれは好機かもしれない。


 そう判断したリガルは……。


「あぁ、そうだ。村長自らの出迎え、大儀である」


 とりあえず大仰に頷いて、やってきた村長をねぎらう。


「はぁ……!? 一体何を――むぐっ」


 そして何かを言い出そうとしたレオの口を速攻で塞ぐ。


「ははぁ。勿体なきお言葉。して、此度こたびはどのようなご用件でしょうか?」


「いや、先ほどヘルト王国軍の第一陣がここを通ったと思うのだが、どこへ向かったか知らないか? なに、行き先を言いもせずに行ってしまったものでな」


「さようでございましたか。しかし、我々のような者に行き先など伝えられておりません。ただ、大体あちらの方向だったと記憶しております」


 そういって、村長は東南東の方角を指す。


 曖昧ではあるが、これだけでも敵がどこら辺に向かったのかは判別がつく。


 それだけ聞き出せれば十分。


 リガルは腰に下げていた杖に手をかけ、それを引き抜くと……。


「よし、ならばこの村から出ていけ。さもなくば死ね」


 村長の眼前に杖の先端を突き付け、言った。


「……なっ!?」


 突然のリガルの行動に、村長は何が起こっているか分からないようだ。


 それでも、命の危険だけは感じたのか後退あとずさろうとするが、あまりの恐怖に腰を抜かし、へたりこんでしまう。


 だが、リガルは構わず詰め寄り、杖の先端を突き付け続け……。


「我々はヘルト王国軍ではなく、ロドグリス王国軍。命まで取るつもりは無いから、さっさとここから出ていけ。とはいえ……あまりのんびりしていたら、どうなるか分かるよな?」


 そう言いながら、リガルは杖の先端を、座り込む村長の隣の地面に向け、そのままファイアボールを放つ。


 小さな爆発音のようなものが轟き、地面の土が抉れる。


 つまり、のんびりしてた場合は、お前の頭がこの地面みたいになっちゃうよ、と言いたいのだろう。


 あまり働かない頭で、何とかそれを悟った村長は……。


「も、もも申し訳ございません!」


 大慌てで這うようにしてこの場を離れていった。


 そして、リガル達の視界から村長が消え去ったところで、レオが口を開く。


「なるほど。最初にヘルト軍であるか、という問いに対して肯定したのは、第一陣の行き先を聞き出すためだったんですか」


「そういうこと。これで、何人かの魔術師を攻撃部隊の元に送り、第一陣の行き先を伝えることで生存率が上がるといいが……。まぁそこまでは俺に関与することは出来ない」


「ですね。それじゃあ後はいよいよ……」


「戦うだけ、だな」


「えぇ」


 そして、ほどなくしてサイヌ村の住人は全員が逃げだした。


 それを確認したリガルは、ゆっくりと魔術師の配置を開始するのだった。

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