第101話.次なる戦

「あれ? でもそういえば前に新戦術を考えた、みたいなことを言ってましたよね? それはどうなったんですか?」


 レイが言っているのは、アルザートに訪問した時の話だ。


 エレイアの話から着想を得たなどと言って、リガルが楽しそうにレイに話していた。


「あぁ、あれね。俺も試してみたかったけど、あの戦術は色々準備が必要になるからね。今回はその前に交戦になっちゃったから。けど、次戦うことになったら、多分使えると思うよ」


「え、どういうことですか? 準備が必要ってのは分かりますが。そもそもヘルト王国とは講和したんだからもう戦わないのでは?」


「いやいや、講和って言っても3年の相互不可侵条約だ。父上は今回の敗北で大人しく引き下がるような人じゃないよ。そもそも、あの自由貿易協定は、次を見据えた布石だしね」


 言ってみれば、今回の戦いは大坂冬の陣。


 徳川家康は大坂冬の陣では豊臣秀頼を倒すことが出来なかった。


 しかし、外交の方で一枚岩になっていない豊臣軍の隙を突き、見事に大阪城の外堀を埋めることに成功。


 結果、堅固な大阪城は使い物にならなくなり、大坂夏の陣で豊臣氏を滅亡させることに成功した。


「貿易と戦争が関わってくるんですか?」


 しかし、レイには伝わらなかった。


 最も、ランドリアさえもアドレイアの真意には気が付かなかったのだから、レイにそれを察しろと言う方が無理な話だ。


 まぁ、ランドリアは戦争に疎いというのはあるが。


「めちゃくちゃ関わってくる。主に情報で」


「あー、言われてみればそれはそうですね。しかし、それは相手も同じでしょう?」


「まぁ、そうだな」


 しかし、これをリガルはあっさり肯定。


 やはりレイには意味が分からない。


「じゃあやっぱり意味ないじゃないですか」


「ランドリアもそう思ったんだろうな。だから、納得いかないような表情をしながらも受け入れた。けど、あるんだよ。意味は確かに」


「え?」


「アルザートにやられたことを真似するのさ。ロドグリス軍の魔術師を商人に偽装しして、ヘルト王国の都市に潜ませる」


 7年前、エイザーグ王国は、アルザート王国により少しピンチに陥った。


 エイザーグよりも格下の国であるはずのアルザートが、そこまでエイザーグを追い詰めることが出来た理由は2つ。


 1つは、メルフェニア共和国の手助け。


 しかし、エイザーグ王国の方もロドグリス王国が助けてくれるため、メルフェニアの助けと言うのは相殺されると言って良い。


 もう一つの理由は、やはり何年も前からエイザーグに送り込んでおいた魔術師の存在だろう。


 しかもどうやったのか、正体を偽装して、エイザーグ王国の魔術師にまでなっていた。


 これは流石にエイザーグ王国としても想定外すぎて、対応が完全に後手に回ってしまった。


 もしもこれと同じようなことが出来れば、格上のヘルト王国と言えど、有利に戦いを進めることが出来るはずだ。


 この時だけはレイも同行していたため、この話については知っている。


「あー、そんなこともありましたねぇ。随分昔の事なので、あんまりはっきりとは覚えていませんが」


「そうだ。まぁ、アルザートがどうしてバレずに、あんなことが出来たのかはよく分からないがな」


「確かに……。言われてみれば謎ですね」


 エイザーグとしても、他国のスパイの取り締まりくらいはやっている。


 もちろん、それで完全にあぶり出せるとは思っていないが、流石に数人くらいなら捕まえることが出来ても良いはずだ。


 それでも全く気が付かなかったという事は、一体どれほど入念に頑張ったのか。


 想像もつかない。


 だが……。


「とはいえ、仮にその方法が分かったとしても、俺たちには無理だがな」


「何でですか?」


「まぁ、準備に取れる時間が3年くらいしか無いからな」


 もちろん、アドレイアとて不可侵条約を結んだ3年が過ぎたらすぐに仕掛けよう、などと考えるほど血気盛んではない。


 ヘルト王国ほどの大国とやり合うには、いくらアルザートを真似して敵国の都市に魔術師を潜ませたとしても厳しいものがあるだろう。


 だから、やはり隙を見せた時に仕掛けるしかない。


 例えば、ヘルト王国がどこかの国と戦争をしている時に、それに乗じて侵略する、といったところだろうか。


 王であるランドリアは、即位したばかりな上若いため、政権交代はあまり期待できない。


 もちろん、急病や戦死など、可能性はいくらでもあるが、それを言ったらキリが無いので、計算に入れるべきではないだろう。


 だから、正確には3年以上の時間があるのだが、まぁそれでもアルザートが準備に掛けたほどの時間は取れない。


「そこで思いついた方法が、ロドグリス王国の魔術師を、商人に偽装して潜入させるって訳だ」


「なるほど、そこで繋がってくるわけですね」


「そういうこと。これからヘルト王国には、大量のロドグリス王国商人が出入りするんだ。身元なんて調べようがない」


「そう上手く行きますかねぇ?」


 リガルが得意げに語るが、レイは少し懐疑的だ。


 確かに、ヘルト王国とて、敵のスパイが潜入してくる方法など限られているのだから、警戒もする。


 むしろ、商人だと目立ってしまうため、いつまでも国に留まり続けては怪しまれる。


 普通の旅人です、などと言った方が一見マシに思えるほどだ。


 だが、アドレイアはしっかり考えたうえで、事を進めていた。


「心配するなって。父上は、ヘルト王国と講和をすると決めた時から、先の事を完璧に見通している」


「え、それはどういう?」


「いや、内政方面の事だから、俺も詳しくは伝えられてないんだけどさ。なんか一部の商会に、ヘルト王国に支部を作らせる話をすでに進めているっぽい」


 そう、別になんてことのない話だ。


 現代日本でも、大企業は海外に工場をいくつも抱えてたりする。


 それは、現代日本に限らずこの世界でも同じで、仲が良い国同士ならよくあることだ。


 ロドグリス王国内にも、エイザーグ王国の商会の支部がいくつかあるし、逆もある。


 別に画期的な政策でも何でもない。


 ただ、これまではあまり関係が良くなかったので、そんなことは中々できなかった。


 現代では、ルールにさえ則っていれば、基本的に国に商売を邪魔されたりすることは無いが、この世界ではそんなことはない。


 商売に自由など存在しないのだ。


 とはいえ、ここまで経済的な交流が深くなれば、ヘルト王国側も自国での商売を取り締まったりはしないだろう。


 税金は、法外な金額だったりしない限り、ちゃんと払われるのだ。


 自国内で好き勝手やられるとはいえ、デメリットだけではない。


「なるほど。確かに、それなら何とかなるかもしれませんね……」


「あぁ、まぁそこら辺には俺にとっては関係のない話だがな」


 リガルは基本的に内政に口を出すつもりはない。


 そもそも、アドレイアが内政に口出しなどさせないと思うが。


「あれ? っていうか結局それって最初の私の質問と関係ないじゃないですか!」


「そうだっけ? もう何言われたか忘れたわ」


「新戦術はどうしたのか、って話ですよ! 誰も貿易や経済の話なんて聞いてません!」


「あー、そうそう。新戦術の話ね」


 ただ、少し脱線しすぎたかもしれないが、ちゃんと先ほどの話も新戦術に関係している。


「ほら、さっき魔術師を敵国の都市に、秘密裏に送り込む作戦を進めているって話しただろ?」


「はい」


「ここで、もう一度俺の考えた新戦術というのが、どんなものだったか思い出してみ?」


「え? 何言って……って、あ! そういうことですか!」


 リガルの問いに、最初は困惑していたレイが、ふと何かに気が付いたように声を上げる。


 それに対し、リガルは「気づいたか」とでも言うようにニヤリと笑うと……。


「そう、あの戦術は、一つの軍隊が固まって戦うのではなく、2個大隊だの3個大隊だのといった、少ない人数の魔術師を色んな要所に配置して、ゲリラチックに戦うんだ。それは、現在行っているヘルト王国の都市に魔術師を潜伏させる作戦と、非常に相性がいいと思わないか?」


「な、なるほど……そこまで考えて……!」


 レイはリガルの言葉に、ようやく頭の中に浮かんでいた断片的な情報がすべて繋がり、驚きの眼差しを向けるが……。


「いや、父上にあの戦術は伝えていないから知らないし、ヘルト王国の都市に魔術師を潜伏させる作戦を考えたのは父上だから、ただの偶然だな」


「え……?」


 しかし、そんなことはなかった。


 残念ながら、たまたますべてが噛み合っただけのようだ。


 その言葉に、レイはがっくりと肩を落とすが、それでもすぐに気を取り直して……。


「まぁ、でも運だろうが何だろうが、上手く行っているのなら良かったです」


「だな。ま、それは少なくとも3年以上は後になるから、だいぶ先の話だがな」


「はは……」

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