第96話.移動
――翌日の早朝。
リガルはレオと3人ほどの精鋭魔術師を連れて、早速マレアノ村を発った。
昨日の夜も、ヘルト軍による嫌がらせがあったため、相変わらずレオは寝不足だ。
それでも、移動は非常に順調だった。
アドレイアが今いるのは、スローグ村という場所。
そこまでは、普通なら2日くらいはかかる道のりなのだが、なんと半日程度で道のりの半ばあたりまでやってきたのだ。
この速度は、順調なんてものではない。
なにしろ、移動速度が2倍になっているのだから。
もちろん、これには理由がある。
実はリガルは、昨日の夜のうちに、とある手を打っておいた。
とある手と言うのは、まずあらかじめリガル達が移動するルートに、何人か魔術師を先行させて、待機させておく。
その状態で、リガルが今日出発することにより、馬の体力を度外視して移動することが出来るのだ
通常馬は、時速15㎞弱程度の速度で進むと、1時間ほどで休憩させなければならなくなるのだが、そのタイミングで、あらかじめ先行させておいた魔術師が使っていた馬と交換するのだ。
これにより、リガルは馬を休ませる必要がなくなる。
後はこれを繰り返すことで、時速15㎞を維持して移動し続けることが出来るというわけだ。
そこまでする必要があるのか、という感じではあるが、のんびりしていたらアドレイアが和平交渉を始めてしまうかもしれないし、今だリガルが情報を掴めていない、ハイネス将軍の担当する戦線で被害が出てしまう可能性もある。
早ければ早い方がいい。
こうして、150㎞の道のりを、僅か1日でリガルは走破した。
なお、もちろん馬術は一通り勉強しているリガルであるが、あまり得意な分野ではなかったため、疲労度は尋常じゃない。
ただでさえ長い時間乗馬していなければならないのに、その移動速度も速いため、集中していないと振り落とされてしまう可能性もあるのだ。
そりゃあ疲れないわけがない。
それでも何とか頑張った末、その日の日が暮れたころ、リガルは無事にアドレイアがいるスローグ村に辿り着いた。
そして、そこそこ地位が高くリガルの顔も知っているような魔術師に話して、アドレイアのいる場所まで連れて行ってもらう。
どうやらアドレイアは、ここに元々住んでいた村人たちを全員追い出してここに陣を張っているらしい。
アドレイアは今、元々村長が家として使っていた場所にいるようだ。
確かに、リガルが魔術師に案内されて連れてこられたこの家は、他の今にも壊れそうなボロボロの家と違って、王都にある家のような見た目をしている。
それでも、豪華とは言えないが。
「リガル殿下! 何故こちらに⁉」
家の扉の前にやってくると、そこで警備をしていた魔術師に、驚いたように話かけられる。
まぁ、ここまで連れてきてもらった魔術師も、さっき初めて会ったときは似たような反応をされたので、リガルとしてもこの反応は予想通りだが。
しかし、わざわざ警備の魔術師程度に、余計ないこと話す必要はない。
「それはお前には関係のないことだ。それよりも、父上に会わせてくれ」
「はっ! どうぞ、こちらへ」
警備の魔術師も、別にリガルがここに来た理由が知りたかったわけではなく、単に驚いただけだ。
大人しく頭を下げて、家の中に入ってリガルを案内しようとする。
「私はここで待っていた方がいいですよね?」
リガルがそれに着いていこうとしたその時、レオが声を上げる。
「あー、そうだな。確かにお前が入っていっても仕方ないか。んじゃ、ちょっとそこで待っていてくれ」
「分かりました」
レオは頷き引き下がる。
そしてリガルは今度こそ家の中へ足を踏み入れた。
階段を上がり、2階に行くとすぐにアドレイアがいるという部屋に辿り着いた。
「こちらです。それでは」
部屋の前に辿り着くと、警備を担当していた魔術師はすぐにこの場を去っていく。
リガルはそれを見送りながら、コンコン、と扉をたたき……。
「リガルです。入室してもよろしいでしょうか」
だが、リガルの言葉に反応はなく、ただドタドタと騒がしい足音がリガルの方に向かってきて……。
直後、バタン、と勢いよく内側から扉が開く。
姿を現したのは、もちろんこの部屋の主であるアドレイアだった。
「お、お久しぶりです。父上……」
リガルは驚きながら挨拶し、「いきなりどうした?」という表情を見せる。
対して、リガルを困惑させているアドレイアは……。
「お、お前、何故ここにいる?」
(あー、父上もそこに驚いていたのか)
ここでリガルもようやく合点がいく。
だいぶ驚かせてしまい、アドレイアの元へ向かう旨を、先に伝えておけばよかったかもしれないと、少し後悔するリガルであったが、過ぎてしまったことは仕方ない。
「驚かせてしまったようで、申し訳ありません。父上から講和するという内容の連絡が届いたため、急いでそちらに向かわねばと思いまして」
「ん? 連絡が届いてからこちらに来たにしては、随分と来るのが早いように思うが……」
「まぁ、少し一工夫しましてね。そのせいでだいぶ疲れましたが。まぁ、そんなことは置いておいて、一つ話があります」
馬を乗り継ぐという発想は、アドレイアにはなかったらしい。
別にそれを隠す必要性は全くないが、今はそれよりも講和についての話の方が重要だ。
ひとまずは、馬の話が出ないように無理やり話を講和の方に持っていく。
「あ、あぁ。一体わざわざ何故こちらに来たのだ?」
「はい。まず、単刀直入に言いますと、和平交渉に私も同席させていただきたく思いまして」
「和平交渉にだと……? 何故だ?」
リガルの言葉に、怪訝な表情を浮かべるアドレイア。
少なくとも、簡単に受け入れてもらえそうな雰囲気ではない。
とはいえ、アドレイアは話くらいだけはどんな突拍子もないことでも聞いてくれる。
取り付く島もないという訳じゃなければ、リガルは説得する自信があった。
「私が参加した方が、話をスムーズにこちらが有利な方向に持っていけるからですよ」
「ふざけているのか? お前が戦術に長けていることは分かっているが、それ以外の重要な仕事は任せるつもりはない。前にも言っただろう」
「もちろん覚えております。ただ、何はともあれ私の考えていることを聞いていただきたいのです。もう夜も遅い。今から行動することは出来ないのだから、話を聞く時間くらいはあるはずです」
「……」
リガルの言葉に、難しい顔で何かを考えるような表情を見せるアドレイア。
だが、すぐに……。
「……いいだろう。話してみろ」
アドレイアは結局許可を出す。
確かにリガルの言う通り、許可するかどうかは置いておいて、話を聞くだけならタダだ。
それに、リガルは戦術の能力が特別秀でているが、それ以外にも氷の魔術師の発明など、戦術以外にも非凡な才能を見せている。
それがもしかしたら、舌戦でも発揮される可能性はないではない。
そして、目論見通り聞く耳を持ってもらうことが出来たリガルは、僅かに笑みを浮かべ……。
「シンプルな話です。こっちは相手に譲歩することは出来ない。だから、強硬な姿勢を取る必要がある。しかし、強硬な姿勢だけでは相手も反発してくる。そこで、役割分担をしようと思いまして」
「役割分担?」
「相手に無理な要求する役割と、それを宥めて妥協点を探ろうとする役割の2つですよ。幸い相手の王は即位したばかりの経験の浅い王ですからね。多少の演技は見破られないでしょう」
「なるほど……。確かに、悔しいが敗北した私が強硬な姿勢で行っても、足元を見られるだけか」
客観的に見れば敗北も仕方ないのだが、アドレイアは敗北してしまったことを随分と悔やんでいるようだ。
歯噛みしながら渋々といった感じでそれを認める。
「ま、まぁそういうことです。ここは勝利を納めた私が、強硬な姿勢で出ますので、父上はそれを宥めて少し
「……ふむ。まぁ、そういうことなら、同席を認めよう。だがな、流石にお前を完全に信用することは出来ない。もう少し聞かせてもらうぞ。お前のプランを具体的にな」
「分かっていますよ」
アドレイアの懸念も最もだ。
リガルが下手なことをして、この和平交渉がぶち壊されでもしたら大変だ。
それが分かっているリガルも、大人しく頷く。
こうして、リガルとアドレイアは夜遅くまで話を続けたのだった。
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