第97話.情報と日程
――翌日の朝。
ドカドカと騒々しい物音が耳に届き、微睡みの中にいたリガルの意識を覚醒させる。
久々のまともな室内での起床であったが、目覚めは最悪だった。
「ったく、誰だよこんな朝っぱらから……」
不愉快そうにぼやきながらベッドから降り、緩慢な動きで部屋の扉に向かう。
そして、扉を開くと……。
「何だよレオか。俺の快眠を妨害するとはいい度胸だな」
扉の前に立っていたのは、レオだった。
「いやぁ、すみません。ただ、一応言っておきますと、もう9時です」
「え……?」
レオに対して怒ったような様子を見せたリガルだが、それに対して笑って現在時刻を告げたレオに、その表情を凍らせる。
リガルは、基本的に地球で生活していた頃から、十分な睡眠時間は取っていた。
しかし、今日に限っては寝坊してしまったようだ。
リガルとしては、疲労していた自覚など全くといって良いほど無かったが、実際はそうでもなかったようだ。
昨日は結構夜遅く(と言ってもこの世界基準)までアドレイアと話していたとはいえ、9時まで寝坊していたせいで、半日近くもの時間を睡眠に費やしてしまった。
こんなに寝た経験は、リガルの記憶には無い。
だというのに、その表情にはまだ少し疲れが見える。
対するレオの方は、昨日まで睡眠不足に悩まされていたが、今日は久々にゆっくりと質の高い睡眠を取ることが出来たため、かなり晴れやかな表情をしている。
「全く、しっかりして下さいよ、殿下。とりあえず、早く着替えてトイレを済ませてきてください。それで、昨日アドレイア陛下と話した内容を、朝食でも取りながら教えてください」
いつもよりご機嫌だし、ちょっと態度が失礼だ。
「はいはい」
ただ、リガルはもちろん怒ったりすることは無く、言われた通り着替えを始めて、それが終わると部屋を出て行く。
3分ほどで用を足して部屋に戻ってくると、すでにレオが朝食を2人分用意して待っていた。
もっとも、その食事のメニューは非常に質素だ。
精製度の低いライ麦を使った、黒パンと言われる硬いパンに、肉や野菜がちょっとだけ入ったうす味のスープ。
それだけだ。
王族の食事に慣れてしまっているリガルには、非常に厳しいメニューである。
また、レオもそれなりに高い身分に就いているので、この質素な食事は中々に耐えがたい。
とはいえ、戦場で贅沢をいう訳にはいかない。
我儘を言って、いつも通りの食事を食べるために無駄な人員を使いでもしたら、兵士たちからも不満が出るに違いない。
もちろん、その程度で大事になることはあり得ないが、士気が多少下がるくらいの問題は起こる。
うんざりしたような表情を浮かべながら、2人はもそもそと食事に手を付け始めた。
「で、アドレイア陛下と話した内容って、結局どんな感じだったんですか?」
「あぁ、そうだなぁ……。とりあえず和平交渉の席に同席することは許してくれたよ。それで、その後は俺が下手なことを口走ったりするのが心配だからって言って、具体的にどんな話の流れにするのかを散々聞かれたよ」
「なるほど。流石にアドレイア陛下も、経験のないリガル殿下を同席させるのだから、それくらい慎重になりますか……。しかし、同席を許してくれたのは、良かったですね。他には何か話してないんですか?」
「他? あぁ、それとハイネス将軍のこととか、和平交渉の日程とかも教えてくれたな」
「おぉ!」
基本的に、今回の戦争におけるロドグリス軍の情報と言うのは、アドレイアとリガル、アドレイアとハイネス将軍は連絡を取り合っているが、リガルとハイネス将軍は連絡を取り合っていない。
そのため、リガルの元にはハイネス将軍に関する情報は入ってきていないのだ。
昨日ハイネス将軍の連絡を取り合っているアドレイアと話したことで、ようやくリガルの元にも情報が入ってきたという訳だ。
それと、和平交渉の日程も分かった。
どうやら、アドレイアがリガルに連絡をした時には、すでにヘルト王国とのやりとりを開始していたらしい。
アドレイアに対して、敵はかなり善戦していたにも関わらず、ここ数日は攻勢に出ていないのも、それが理由だ。
「ハイネス将軍は、やはり父上と同じくらい劣勢らしい。被害は抑えているものの、敵を追い返すのは難しいようだ。現在は父上同様、一時休戦状態にあるらしいがな」
「なるほど……。被害を抑えてくれたのは流石ですが、これは交渉がより一層厳しくなりましたね。ここでハイネス将軍がリガル殿下と同程度の勝利を納めてくれれば、相当やりやすくなったでしょうが。まぁ、流石にスナイパーなしじゃあ、数で勝る敵に勝つのは厳しいですか」
「そうだな。敵もこちらの3人組戦術に対応してきているから、前のようにはいかない。少し失礼な言い方ではあるが、ハイネス将軍が負けるのは想定内だ」
「まぁ、そうですね」
散々な言われようのハイネス将軍だが、客観的に考えるとそういう評価になってしまうのも仕方ない。
ハイネス将軍は十分優秀な将軍であるが、歴史に名を遺すような名将ではない。
寡兵で勝つなどということは、出来ない。
勝利を掴んだリガルが異常なのだ。
まぁ、今回の戦いはリガルが凄かったというよりは、スナイパーが凄かっただけだが。
「むしろ、被害を抑えてくれただけで、素晴らしい働きだ」
「ですね」
そして、何故か上から目線でフォローする。
まぁ、実際リガルの方が身分的には上だし、実力的にもすでにリガルはハイネス将軍を上回っているが。
「まぁ、和平交渉が成功するかどうか、というのはひとまず置いておいて、日程が決まったというのは?」
和平交渉が成功するかなどは、今話しても無意味だ。
リガルとしても、成功する自信はあるが、条件と状況もはっきりとロドグリス側に傾いている訳ではない。
今これ以上話しても、実のあることは言えないだろう。
なので、レオは一旦話を切り上げて、日程についてリガルに問う。
「あぁ、明日だよ」
「いきなりですね……」
いきなり、とは言ったものの、レオもそれほど驚いた様子はない。
戦争中なのだから、当然敵との距離も近く連絡の取り合いは容易だ。
そのため、事前の打ち合わせ段階でもたつくことは無いし、講和するかどうかの結論は置いておいても、交渉をするだけならばそんなに拒否する理由もない。
とりあえず話し合うだけ話し合って、気に食わなかったら講和を受け入れなければいいだけの話なのだから。
だから、話はスムーズに進む。
それに、戦争をやめるならやめる。
続けるなら続けるで、そこの決断は早く行った方が、お互いにとっていい。
「ま、もたもたしていても、お互いに百害あって一利なしだからな」
「えぇ。しかし、講和に失敗したらどうするのです?」
これまでリガルは、ロドグリスの望む条件で講和を結ぶことばかりにフォーカスし、それを目指していた。
そして、その方向性は間違ってはいないだろう。
だが、いくら頑張っても100%などあり得ない。
失敗した時の対策を気にするのは、当たり前だ。
しかし……。
「それについては大丈夫だ。俺も失敗した時の事は、失敗した時に考えようと思ってたんだがな、父上がそこの対策はすでにやってくれてたよ。まぁ、対策と言うよりは賭けだけどな」
「賭け? なんですかそれは?」
「はは、まぁお前もすぐにわかるさ」
レオの問いに対して、リガルは答えをはぐらかす。
別に隠さなきゃいけないような事ではないが。
「後は、俺と父上の思惑が、綺麗にハマることを祈るのみだ」
人事は尽くした。
後は、天命を待つのみである。
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