第94話.一勝からの一報

 森でのスナイパーの活用は、リガルの想像以上の効力を発揮し、戦闘開始から1時間も経たないうちに、敵は撤退を開始した。


 本来ならば、ここで一般魔術師の部隊を使い、森の出入り口を封鎖して撤退すらさせないようにしたいところだが、すでに一般魔術師は全部隊を動かしてしまっている。


 当初の予定では、一般魔術師の奇襲と、スナイパーの対応が難しい攻撃で相手に混乱を与え、その混乱が最高潮に達したところで一般魔術師を退却させ、森の出入り口の包囲にシフトさせる。


 こうすることで、敵の撤退を妨害するつもりであったが、敵の判断が予想外に早すぎた。


 そのため、一般魔術師で出入り口を封鎖するというフェイズを挟むことが出来なかったのだ。


 撤退を始めた今からでは、流石に防ぎようがない。


 上手く行き過ぎたのが、逆に弊害を生んでしまったといったところだろうか。


 まぁ、弊害と言うほどではないが。


「しかし、そうは言っても、敵もこちらの猛攻を防ぎながら森を出るというのは相当難しいはずです。後200くらいは倒せると思いますよ? 500も削ることができれば、敵としても大ダメージでしょうよ」


 500と聞くと大した数ではないように、一見思えるかもしれない。


 実際、総兵力15000もいるうちの500だ。


 戦局には大した影響を及ぼさないだろう。


 だが、戦局に影響がなくとも、その後の国家運営には甚大な影響が出る。


 前にも話したが、地球の兵士はいくらでも――とは言わないが、ある程度替えが効くのに対して、魔術師は一流の使い手に育てるまでに、実に12年もの時間がかかる。


 地球の場合は、その国で兵士として使うことが出来る人間が、仮に10万人いたとしても、10万の兵を動かすことは出来ない。


 何故なら、兵糧の問題があるからだ。


 つまり、地球では編成した軍の半分の兵力を失おうとも、その国が動かせる兵力は変わらない。


 死んだ兵の穴を、新たに招集された兵が埋めるからだ。


 しかし、この世界では、貴重な存在である魔術師を兵として運用しているため、国の規模に対して動かす兵力が少ない。


 それと、戦争が長引かない。


 そのため、動員する兵力の割に兵糧が少なくて済む。


 だから、国の魔術師の最大人数が、そのまま最大動員兵力となるのだ。


 つまり、500の魔術師をここで失うという事は、半永久的に500人少ない状態で戦争しなくてはならないということになる。


 魔術師と言うのは、少し失うだけでも大変なのだ。


 リガルとしても、500の魔術師を倒すことが出来たら満足の結果ではあるが……。


「そうはいかなそうだぞ」


 リガルはレオの言葉を否定する。


「どういうことです?」


「よく見ろ。敵の逃げ方を。一見無秩序に逃げ出しているように見えて、3人組をしっかり組んで逃げている。しかも、一人ずつが、後ろ、左、右の3方向をそれぞれカバーしているから、中々仕留めることが出来ない」


 移動している敵を狙撃するのは非常に難しい。


 失敗したときのリスクがある地球などでは、まず実行されない。


 その上、防御までしているのだ。


 さらに、極めつけには、ぐにゃぐにゃと蛇行するように走っている。


 これは、スナイパーから逃げる時に非常に有効な逃げ方だ。


 スナイパーはスコープを覗いているため、視界が非常に狭い。


 だから、左右にふらふらとされると、その都度視界から対象が消えてしまうことになる。


 これではまともな狙撃は出来ない。


(完璧に対応された……。直感か? それともこちらがスコープを使っているのを見て判断したのか)


 前者だとしてもとんでもなく面倒な才能だが、後者だったらその視野の広さと予測は天才的すぎる。


 最初は無能な指揮官かもしれないと思ったリガルだったが、戦っていくにつれて、その評価はまるで正反対な物へと変貌を遂げて行った。


「なるほど……。言われてみると、そんな逃げ方をしてますね。でも、別に特に狙撃が難しくなったとかは思いませんけどねぇ……」


「それはお前が異次元すぎるだけだ」


 しかし、どんな対応をしようとも、レオだけはチートだった。


 とはいえ、他のスナイパーにレオと同レベルを求めるのは酷という物で……。


 さきほどまでの勢いは急激に衰える。


 一般魔術師の方は、敵に対策を取られた無かったため、引き続き苛烈な攻撃をしたが、数が少ないのと、敵も一般魔術師に簡単に倒されるような、甘い訓練はしていない。


 結局、撤退時には、リガルが思うような被害を与えることはできず、上手く森から抜け出されてしまったのであった。


 とはいえ、敵軍の被害は400を超え、最初の交戦はリガルの大勝利と言ってもいいような成果を上げた。


 そのままこの日は、これ以降両軍が激突することは無く、日暮れを迎えた。






 ーーーーーーーーーー






 ――翌朝。


「ふわぁ。よく眠れたよく眠れた」


「本当ですか? 殿下は本当に変なところで胆力がありますよねぇ……」


「そうか?」


 夜が明けてすぐ、リガルたちは目を覚ますと、早速活動を開始した。


 昨日は日が暮れた後、翌日のためにしっかり休もうとしたのだが、ヘルト軍の方も一筋縄ではいかない。


 森を魔術師で取り囲み、大声を出すことで、リガルたちの安眠を妨害する作戦に出たのだ。


 しかも、いつ襲ってくるか分からないから、こういうのは精神的に非常に疲弊する。


 だがリガルは、襲ってくることは無いと断言し、数人の見張りを立てて他の魔術師たちに無理矢理でも眠るように命令。


 こうして一夜を過ごしたのだが……。


「俺は全く眠れませんでしたよ」


「まぁ確かにうるさかったけど、疲れてたし別に眠れないってことないと思うが……」


 レオはどうやら敵の妨害作戦にまんまとやられてしまったようで、先ほどからしきりに目を擦って眠そうにしている。


「いや、騒ぎ声ももちろん眠れない一因ではあるのですが、敵に囲まれてる状況ですよ? 昼あれだけの大敗を喫した後で攻めてくるとは思えませんが、精神的に落ち着かないでしょう?」


「そんなもんかね」


 だが、リガルは意外にもこういった心理的圧迫には強いようだ。


 リガルとてヘルト軍5000の姿を確認した時から、打開策を練りまくっていたため、少なくとも状況を理解していないわけではない。


「けど、大丈夫だろ。多分今日の昼もまともな交戦にはならないと思う。こっちとしては睨み合いは勘弁してほしいんだけど、敵さんがあれだけ慎重になっていると、こちらがいくら誘っても向こうから攻めて来てはくれないだろう」


 数で勝る敵にリガルたちから攻撃を仕掛けるなど、もってのほかだ。


 となると、互いに何もできない。


 レオが仮に使い物にならなくても、大した痛手にはならないはずだ。


「それもそうですか」


「ただ、敵もこちらの寝不足を見越して、また攻めてくるかもしれない。油断だけはしないようにな」


「はい」


「んで、こっちが膠着状態に陥ったとなると、後は父上やハイネス将軍たちがこの戦局を打開してくれることを待つしかないか……」


 リガルのやるべきことは、すでにやった。


 いや、リスクを冒せばもう少し成果を上げることはできるかもしれないが、現状そこまでする必要性はない。


 追い詰められていないわけではないが、今ここで無理に動けば、それが失敗した時は大打撃を受ける。


 そうなれば、もしもアドレイアやハイネス将軍が折角奇跡的なまでの大勝利を納めてくれた時に、リガルの失敗で相殺されてしまう。


 となれば、振り出しだ。


 だったら、余計なことはせず大人しくしておいた方が良い、とリガルは考えたのだ。


 結局この後も、牽制のような攻撃は互いに幾度かあったものの、本格的な交戦には至らず、互いに被害は全くでなかった。


 そのまま空が緋色に染まり始め、この日もこれで終わりかと思ったリガルだったが……。


「リガル殿下、こちらを」


 そんな頃、ロドグリス王国の近衛魔術師がリガルの元へ訪れる。


「父上からの連絡か。御苦労、下がっていいぞ」


 手渡された封書を受け取ったリガルは、近衛魔術師を下がらせる。


 このタイミングでのアドレイアからの連絡。


 何か戦局が動くような成果を上げたのか、それとも違う重要な情報か。


 内容は、おおよその検討しかつかないが、リガルはそれが吉報であることを信じ、封を切ったのだった。

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