第93話.衝突

 ――ポール将軍が動き出した頃、リガルも戦場左手の森にて、じっと敵の動向を伺っていた。


 だが、意外とすぐにその時は来た。


「動き出したか」


「そのようですね」


 ポール将軍率いるロドグリス軍が、戦場に到着してから、リガルはスナイパーで攻撃を仕掛けたりはしたものの、積極的な攻めはしなかった。


 ポール将軍が、最初にリガルの動きを見ようとしたのと同様に、リガルもポール将軍がどう出るかを見ていたのだ。


 上手く森へ攻めてくるように誘導したつもりではあるが、引っかかってくれるかどうかは分からない。


 そのため、不安で仕方なかったリガルであるが、それはたった今解消された。


 業を煮やしたのか、勝てると踏んだのか。


 ポール将軍はリガルが待ち構える森に向けて進軍を開始したのである。


「よしよし、ここまでは思い通り。だが、上手く敵の兵力を削ることが出来るかどうか……」


「いつ攻撃を開始しますか? もういいですか?」


「待て待て。出来る限り引き付けてからって言っただろ」


 スナイパーを持っていない、ヘルト軍魔術師の射程は、50mも無いのだ。


 だから、敵に気付かれている状況なら、100m程度の距離を取っておけば、スナイパー側の身の安全は保障される。


 リガルとしては、とにかく敵を森の奥深くまで誘い込み、すぐに森から逃げ出せないような状況を作った上で攻撃を開始したいのだ。


「ははは、分かってますよ……」


 しかし、レオは久々にスナイパーが大活躍する展開に、気が逸っているようで、先ほどから少し落ち着かない。


 自分たちがしくじれば、戦いの趨勢すうせいが決まってしまうという緊張。


 しかし、それと同時に、リガルへの信頼から来る、勝利の予感。


 今レオは、かつてないような感覚に包まれていた。


 そうして、そんなレオをリガルがコントロールしながら、じっと攻撃のタイミングを伺い続け……。


「よし、今だ!」


 そう叫びながら、リガルは杖の先端を空に向け、魔術を撃ちあげる。


 これは、味方へのサインである。


 いくらリガルでも、一人一人が何十メートルもの距離を取っているスナイパー部隊に声で指示を出すのは、人間を卒業しない限り不可能だ。


 だが、スナイパーを完璧に使いこなさなくては、この戦いで勝利することは出来ない。


 そこでリガルが考えたのが、魔術を空に花火のように打ち上げることで、それをサインとすることだ。


 例を挙げると、ウィンドバレットなら攻撃、ファイアーボールなら移動、といった感じだ。


 もちろん、言葉ほど正確に指示を出すことは出来ないが、移動する場所の指示や、攻撃指示をすることくらいは出来る。


 単純なサインであるため、敵に解読されないかどうかが多少心配だが……。


(ま、別に読まれたところで、どうなるものでもないが。森の中に入ってきた時点でこちらの術中だ。後は俺が上手くスナイパーたちを操ることが出来るかどうか……)


 しかし、少なくとも初動は順調だ。


 スナイパーたちが放った初撃は、3分の2ほどが命中した。


 敵はこれにビビったようで、先ほどまで恐れることなく進軍して来ていたのに、ここに来て立ち止まる。


 とはいえ、再度攻撃して、それが当たるほど敵も甘くない。


(あっさりと誘いに乗って森に入ってきたから、あまり有能な指揮官ではないのかと思ったが、そんなこともないのか。だったら……)


「スナイパーたちには一旦、位置を変えて貰おう。そして、すでに背後を突くような動きをさせている一般の魔術師に攻撃させる。数は少ないが、散発的な攻撃にすれば、被害もそうでないだろう」


「なるほど。敵を逃がさないという役割だけでなく、スナイパーを活かすために隙を作ることにも使えるという訳ですか。……っと!」


 レオはリガルの呟きに言葉を返しながら、敵魔術師を狙撃する。


 レオが狙った敵魔術師は、他のスナイパーに注意を払っていて、かつ周囲の魔術師に攻撃を防がれない位置にいた。


 それを完璧に素早く狙い打ったのだ。


 そしてその攻撃は必中。


 頭を正確に射抜かれて、崩れ落ちる。


「はー、相変わらずふざけた技術だな。外さなすぎだろ……。機械かよ……」


「いやいや、カウンタースナイプに注意を払わなくていいから、ビビらず打てるだけですよ。現状こっちは命の危険がありませんからね。ミスれば死ぬという状況じゃないから、プレッシャーを感じずにやれるってのが大きいです」


 確かに、敵にスナイパーがいた場合、攻撃を外せば弾道を解析されて位置がバレてしまい、逆に狙撃されてしまう。


 となると、迂闊な狙撃は出来ない。


 失敗すれば高確率で死ぬ未来が待っているのだから。


 よって、自然と一発一発の緊張感が跳ね上がるわけだ。


「だからってこんなに完璧に毎回狙撃されてたまるか。まぁ、お前の技術がチート過ぎるのは今更な話だから良いが……。そんなことより、お前も移動だ。お前には普通の魔術師の数を減らすというのももちろん頼みたいが、それ以上に指揮官を狙って欲しい。流石にこれだけ警戒されてると厳しいかもしれないが……」


「そうですね……。さっき姿は見ましたが、流石にガードが固いので厳しいと思います。頑張っては見ますが、期待しないでください」


 とはいえ、流石のレオも、指揮官の首は簡単ではないようだ。


 いくら技術があっても、こればかりは魔術の弾速が人間の反応できる速度である限り、どうしようもない。


 これで、地球のスナイパーライフル並みの弾速が出る魔術がこの世界に存在したら、レオが無双できてしまい、クソゲーが始まるところだ。


「まぁ、流石にそこまでは贅沢ってもんか。よし、どうやら見た感じ他のスナイパーは西の方に多くが展開しているっぽいから、こっちは逆に東の方に行こう」


「了解です」


 そう言って、レオは素早く立ち上がると、リガルの後を追う。


 他の味方スナイパーと違う動きをしようとするのは、出来る限り色んな角度から射線を通したいからである。


 スナイパー同士には、連携など存在しない。


 そのため、お互いをカバーできる距離を保つ、などといったことは考えずに、とにかく広がった方が良いと思ったのである。


 そして、リガルとスナイパーたちが移動しているうちに、ロドグリス軍の一般魔術師の部隊が敵と突撃する。


 だが、これは上手い具合対応され、隙を作ろうとしたリガルの目論見は外れる。


 この調子では、いずれ数の不利で被害を受けてしまうことになるだろう。


(うーん、一気に崩せるかと思ったが、意外と甘くないな。敵も咄嗟の判断が優れている。対応力はかなり高い。だが……)


「よし、レオ。攻撃再開だ」


 リガルは空高くサイン用の魔術を撃ちあげながら、レオに話しかける。


 ここで出したサインは、もちろんスナイパーの攻撃再開。


 いくら敵がこちらの奇襲に対応出来たと言っても、そこにスナイパーの狙撃が加われば、そう対応できるとは思えない。


 後はこれを繰り返し、敵が撤退の判断を下したところを、さらに刈り取って敵の被害を増やしていくだけだ。


 見る限り、ポール将軍の方も、スナイパーの事を全く警戒していないわけではない。


 しかし、やはり突然襲ってきた一般魔術師の部隊のせいで、その警戒も完璧という訳ではなさそうだ。


「任せてください。あんな中途半端な警戒では、俺の狙撃はおろか、仲間の狙撃ですらも防げませんよ」


 リガルの指示に対して、レオはスコープを覗きながら自信満々に答えると、魔術を放つ。


 そして放った魔術は、当然のように敵魔術師の一人に直撃し、その命を奪う。


 しかも、それを淡々と行う姿は、まさに死神だ。


 不敵とも言えるその態度は伊達ではない。


 また、他のスナイパーも、レオの言葉通り攻撃を次々にヒットさせていく。


 レオ以外は毎回必中という訳ではないが、命中率は極めて高く、そのうち3分の1程度は大体即死だ。


「お、おぉ! 流石だな。敵もこれは効いたようだ。すでに100くらいの敵魔術師は倒しているだろう。このままこれを繰り返せば行けるぞ」


 珍しく興奮気味なリガルの言葉に、レオも……。


「えぇ。2.5倍もの兵力がいると聞いたときはどうなるかと思いましたが、今回も最終的には何とかなってしまいましたか。やはり敵がスナイパーの対策を立てていない限り、こちらのほうが有利でしたね」


「あぁ。今回は都合よくスナイパーを活かせる地形が近くにあったという、運要素もあったがな。とはいえ、まだ勝ちが決まったわけではない。最後まで油断なく詰めるぞ」


「了解」


 一瞬、見え始めた勝利に浮かれたような素振りを見せる2人だったが、すぐに真剣な表情を取り戻す。


 レオの方は狙撃を。


 リガルの方は再び指揮を、再開する。


 と言っても、味方のスナイパーを動かしていくだけだが。


「けど、お前はなんかもう動かさなくていいよな。別にわざわざ動かさなくても、お前なら百発百中だし」


 そして、リガルはレオを移動させるのをやめた。


 スナイパーは、魔術を一発撃つごとに、おおよその位置が分かり、次からの攻撃を防がれやすくなるから動かす。


 だが、レオは天才すぎて、最早そんな工夫をしなくても狙撃を成功させる。


 だから、無駄な時間なのではないかと思ったのだ。


「そうですね。移動する時間を狙撃の時間に当てた方が良いです」


「だよな」


 言葉を交わす間にも、レオは一人、また一人と始末していく。


 普通はどんな凄腕のスナイパーでも、一日に敵兵を殺すことが出来る人数は、頑張って10人前後なのだが、レオをみていると、そんな常識を忘れそうになる。


 まぁ、これもスナイパーの事が敵に知れ渡っていないから出来る芸当なのだが。


 相手の理解が深まれば、今の何倍もやりづらくなることは間違いない。


 こうして、リガルたちの森に誘い込む作戦はばっちりハマり、敵はみるみる数を減らしていく。


 だが、敵もこれだけやられては、流石に森の突破が不可能であると理解する。


 そして、すぐに撤退を始めた。


「チッ、流石に撤退するか。敵の対応が予想外に優秀で、まだこちらは敵の魔術師を200くらいしか削れていない」


 だが、撤退をすると言っても、この戦場から離脱してくれるわけではない。


 あくまで森から出るという意味だ。


 そうなると、膠着状態になる可能性が高く、リガルとしては望む展開ではない。


 出来ればここで大打撃を与えて、敵をこの戦場から撤退させたいところである。


 贅沢な望みかもしれないが、それくらいはやらなければこの戦争でヘルト王国に勝つことは難しい。


 リガルとしては、スナイパーという唯一無二の有利な点を活かして作り出したこのチャンスで、どれだけ戦局を覆すことが出来るか。


 反対に、ミスをしてしまったポール将軍は、ここからどれだけ被害を抑えることができるか。


 戦いは、両軍の今後を決める重要な分岐点に、差し掛かろうとしていた。

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