第84話.更なる新戦術
「はぁ、疲れた……」
――エレイアと1時間ほどのティータイムを過ごした後、リガルは与えられた私室に帰ってきた。
そしてリガルは、帰ってくるなり、倒れこむようにソファに伏した。
もちろん、リガルの疲労は、肉体的な物ではない。
やっていたことなど、ただ座って話していただけなのだから。
ただ、話をするだけでも、その相手が一国の王となれば話は別だ。
少しの失言も許されないと、常に気を張っているため、精神的な疲労が半端ではないのだろう。
それと、相手に失言を咎められないように、話す内容をしっかり考えて会話していたため、頭を使いすぎて疲れたというのもある。
「お疲れ様です。殿下」
すると、紅茶を淹れてきたレイが、リガルが伏しているソファの前のテーブルの前に紅茶をそっと置く。
「ありがとう。レイ」
リガルは未だ
そして一息つくと、ソファに身体を預けてダラリとリラックスした態勢を取った。
その後、口を開いた。
「にしても、大変だったよ。あのおっさん、話していいのかダメなのか、俺では判別がつかないようなことを何度も聞いてきて、対応に困ったのなんのって」
リガルは単に愚痴を言いたかったようだが、それにしても、エレイアの事を「おっさん」呼ばわりは中々に酷い。
これにはレイも若干引き
仮にこの部屋を、忍者のような者が監視していたり、盗聴していたりすれば、完全に終わりだ。
いや、しらばっくれることも出来るだろうが、少なくとも関係が悪化するのは間違いない。
まぁ、エレイアにそんなことをするメリットが無いのにもかかわらず、リスクだけがあることなので、盗聴や監視などはしていないだろうが。
「けど、その様子では上手く切り抜けたのでしょう?」
「まぁな。そこは俺がどこまで話していいかを分からないなりに見極めて、何とか満足してもらったよ」
レイの問いかけに、リガルは少し得意げだ。
先ほどの駆け引きには、リガル自身かなり満足しているようなので、自信があるのだろう。
「流石ですね……。で、一体どんなことを話したのですか? あ、いや、もちろん話せないことならば、別に良いのですが」
リガルとエレイアの会話の内容が気になったレイは、それについて尋ねるが、話せない事ならば良いと、慌てて付け加える。
「いや、別にいいよ。大体、話しちゃダメなことでも、レイが黙っててくれれば何も問題ないしね。バレなきゃ犯罪じゃないんだよ」
「いや、全然良くないですよ。機密事項は黙っててくださいよ。そんなこと話されても逆に怖いし困りますって」
こういう時は、リガルのノリは軽い。
レイの事を信頼しているのか、リガルも少しアホなところがあるのか。
多分どっちもだ。
「まぁまぁ、別に今日話したことは特に口止めもされてないから。大体、誰かに口外されたくないような話を、あのおっさんは俺なんかに話したりしないよ」
そう、信用するとかしないとかの問題ではなく、機密事項をリガルに話す意味が無い。
だから、今日話したことも全部、世間話に毛が生えたような物なのだ。
無論リガルの方も、スナイパーのことについて少し語ったりもしたが、口外されたならされたでも、別に仕方ないと諦められるようなことしか言っていない。
「いや、そのおっさんって言うのやめましょうよ。いくら本人がいなくても、怖くなってきますよ。ちゃんとエレイア陛下って呼んでください」
だが、レイはそんなことよりも、エレイアを相変わらず「おっさん」呼ばわりしていることの方が気になるようで、ツッコミを入れる。
まぁ、確かにアルザート王をおっさんと呼ぶのは大問題だが。
「やれやれ、細かいね。まあいいけど」
「やれやれじゃないですよ。バレたら大問題ですよ!?」
「バレるわけないから問題なし。……んで、今日話したのは、前回の戦争のことについて、かな。それに向こうの軍事制度とかについても色々聞いたよ。こっちはスナイパーについてとか、同じく軍事制度とかについて話した」
少し真剣な表情になってリガルは言う。
別にレイとの話は、重要な話し合いなどではなく、ただの雑談に過ぎないのに、こういった小難しい話になると、リガルはいつも真剣な表情になる。
「え、スナイパーについて話しちゃったんですか!?」
しかし、レイは大袈裟とも思えるリアクションを取る。
まぁ、確かにこれまでスナイパーについては、ロドグリス王国の切り札のような立ち位置だった。
それをあっさり他国の王に明かしてしまったというのだ。
これほど驚くのも無理はないだろう。
「まぁね。噂程度にはエレイア陛下も知ってたっぽいし。俺も重要なところとかは伏せて話したよ。流石に何から何まで話したりしないって」
「ま、そうですよね」
レイも、リガルの能力が高いことは分かっている。
驚きの声を上げたものの、やはりレイもリガルがそんな間抜けなことをしたとは思っていなかったのだろう。
それと、こっそりとリガルはレイに言われた通り、おっさん呼ばわりをやめて、「エレイア陛下」と呼んでいる。
「それにこっちも、この前のアルザート侵略の謎を聞いてきたしな」
「謎?」
「あぁ。エイザーグで起こった内乱の原因とか、何であの状況でアルザートが撤退してくれたのか、とかな」
「そういえば、エイザーグで内乱が起こったことにより、だいぶ侵略されていたという話は聞いていました。え、あれってそんな深い理由があったんですか?」
レイは、ロドグリスの城内で過ごしていただけだが、それだけでもそれなりの情報は入ってくる。
噂に過ぎないのだが、その情報は意外と正確なのだ。
とはいえ、詳細な訳ではない。
そのため、単に内乱が起きたと言われただけでは、どこかの貴族や平民集団が騒ぎ出したのか、というくらいの適当な想像しかできない。
それが実は10年以上前から仕組まれた、アルザートの扇動したものなどと、分かる訳が無い。
「まぁな。それが、実はアルザートによって仕組まれたものだったんだよ。俺もそれくらいは何となく想像はついていたけど――」
リガルはエレイアから聞いたことをそのままレイに話してやる。
「なるほど……。それは随分と昔からの計画だったのですね……。して、アルザート軍が撤退した理由は? そんな長年の苦労であるエイザーグに潜ませた魔術師を使ったというのに、あっさり撤退したというのは余計に不可解に思いますが」
「いや、反乱を起こしたのは、エイザーグの領土を侵略する目的と言うよりは、自国への余計な干渉を防ぐためなのだろう。俺たちの持っていた3000の兵力だけでも、アルザートにとっては厄介極まりないはずなのに、さらに援軍でも送られたらたまらない」
そう、あの場面、アルザートが華麗に切り抜けたのを知っている現在だからこそ、「領土を奪うチャンス」などと思ってしまいがちだろう。
だが、当時の事を思い出してみると、あの時は誰もがアルザートは滅亡とはいかないまでも、かなり勢力を衰えさせると思っていただろう。
それを考えると、エレイアがエイザーグの内乱を起こしたことについて、攻めるためと考えるのはおかしいのだ。
実際、エレイアは身を守るために内乱を引き起こした。
最も、その後の逆侵攻の事を全く意図していなかったわけではないが。
「まぁ、それは言われてみると、そうですね……」
レイも、リガルに指摘されて、初めてアルザートが被害をほぼゼロに抑えて内乱を切り抜けたことを、「当たり前」扱いしていたことに気が付く。
「しかし、それはそうとしても、逆侵攻を断念して撤退した理由にはなっていませんよ」
「まぁまぁ、慌てなさんな。ちゃんと話すつもりだったって」
そう言ってリガルはレイを宥めながら、撤退した理由についても話した。
その反応は、それをエレイアから聞いたときのリガルと似たようなものだった。
アルザートの利益が無いというのは、意外に盲点なのだ。
「てか、そんなことよりもアルザートの軍事制度……というより、エレイア陛下の考えている構想なんだが、凄く面白い話だったぞ」
「ほう……。それは、エレイア陛下がこれまでのアルザートのやり方を一新するという事ですか?」
「まぁ、そうじゃないか? そこまでは聞いていないが、あれだけ考えているというのなら、実践することになるだろう」
「まぁ、そうですよね。てか、具体的にどんなことだったんですか?」
「そうだなぁ……。例えば――」
そう言ってリガルは立ち上がると、部屋を見渡してペンと紙を取ってきて、テーブルの上に広げる。
先ほどまでグッタリとソファに背を預けてだらけていたのに、いつの間にか疲れが無くなったようにきびきびと動いている。
紙をテーブルに広げると、リガルはペンを持って、何かを書きだす。
どうやらそれは、地図の様だ。
「こんな感じの地形で、戦争が起こったと仮定する」
そしてこれは、別にどこかの実在する地形という訳ではなく、リガルが今勝手に想像で作ったものである。
森や川、村などが広がっていて、標高なども分かるように記されている。
特殊な地形と言う訳ではなく、どこにでもありそうなオーソドックスな地形だ。
雑ではあるが、一応想像がつく程度のクオリティはある。
そして、リガルは書き上げた地図に、さらに兵である魔術師を現す記号を、数字と共に書き入れる。
「敵軍の数は5000。こっちは2500という設定で行こう。これだけ数に差があったら、普通は勝てないだろう。いくら俺が5年前に考えた3人組作戦があるとはいえ、それも最近では各国に広まってきてしまった」
そう、3人組作戦は、効力は抜群ではあるが、シンプルなのだ。
一度やられたら、すぐに敵も真似することが可能なほどに。
3人組作戦はヘルトに対しては、アドレイアがすでに使ってしまっている。
次に戦う時は相手も真似してきたり、さらには対抗策まで用意してくる可能性もある。
「そこで、ヘルトと戦うに当たり、俺は新たな策を考えた」
「新たな策?」
自信満々にそういうリガルに、レイは首をかしげるのだった。
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