第85話.機動力

「あぁ、俺は軍というのは集団で行動するという先入観を捨てたと思っていた。しかし、まだ足りなかったんだ」


「……えーっと、つまりどういうことです?」


「簡単だ。もっとバラけさせるんだよ。今までのロドグリス軍の戦術は、ただ3人組を組んで普通よりも薄く広く陣形を敷いていただけ。無論、細かい形は敵に対して柔軟に変えているがな」


「まぁ、そうですね……」


 レイはやはり何が言いたいのか分からず、微妙な表情をする。


 相変わらず前置きの長いリガルであった。


「つまり、結局は先入観を捨てたとか言っておきながら、所詮は普通の状態より少し広げただけだったんだよ」


「いや、別にそれでいいじゃないですか。大体、今以上に広げたりしたら、隙だらけになってしまいますよ」


「広げはしない。分割するのさ。いいか? まず――」


 そう言って、リガルは説明を始める。


 リガルが考えていたのは、魔術師で地球にあったような部隊の単位を作ること。


 まず、これまでの攻撃役、防御役、支援役からなる3人組を、分隊とする。


 ここまでは呼び方を変えただけで、今までと同じだが……。


「今までは、この3人組――分隊が100個くらい集まって、それが一部隊となっていて、その部隊がさらに何個か集まって軍が形成されていた。しかし、これをもっと細かくする」


 分隊が3つで小隊。


 小隊が3つで中隊。


 中隊が3つで大隊。


 ……といった感じだ。


「なるほど、確かに単位を細かく分けた方が、指揮系統での問題が起こりづらくなる……。隊長なんかも、中隊ぐらいなら人数も少ないし、ちょっと教えれば誰でも指揮を執れるようになりますか」


 指揮系統の一本化は重要だ。


 又聞きしたような曖昧な情報で動いたせいで、戦略が台無しになるなんて、非常にしょうもない。


 当たり前のことの様で、これまでロドグリス王国の軍が出来ていたかと言うと、少し怪しい。


 レイもロドグリス王国の指揮系統については、知った時少し疑問に感じていたので、納得している様子だ。


 だが……。


「まぁ、それもそうなんだが、部隊の単位を細かく分ける意味は、それだけじゃない」


「……え?」


「ゲリラ戦……とまではいかないが、沢山兵を細かく分けて拠点となりそうな村、やこういった小高くなっている丘。それに相手がこの村を攻めるために使いそうなルート……この森のここら辺なんかいいだろうな。こういうところに兵を置いていくのさ。だがそういう時、今までの部隊の単位だと、大きすぎて細かい数の調整が効かない」


 リガルは先ほど書いた地図を指差しながら、説明していく。


「なるほど……。しかし、そういう奇襲が本当に上手く行きますかねぇ? 各個撃破されるのがオチでは?」


 部隊を分けるというのは、往々にして上手くいかない。


 リガルも前からずっと、レイと同様に思っていた。


 だが、アルザート侵略や、今日のエレイアとの話を経て、その考えは大きく変わった。


 エレイアは、少人数を使った戦略をよく使うらしい。


 敵の懐に精鋭部隊を潜ませながら、本隊を囮に使って敵を動かし、潜ませた精鋭部隊で勝負を決める。


 そんな戦い方を好む様だ。


 先代アルザート王に好かれていなかったため、大きな戦場には出ていないため、あまり名は上がっていなかったようだが、負けなしだとか。


 リガルに対して、「君には初めて敗北を味わわされたよ」などと、今日のお茶の時に少し悔し気に言っていた。


 まぁ、それは置いておいて……。


 そんなエレイアの戦い方について詳しく聞く中で、リガルは一つの自分の勘違いに気が付いたのだ。


 それは、「魔術師は少人数で孤立していても、そう簡単にやられない」ということ。


 そんなことはリガルとて分かっている。


 しかし、魔術師単体ではなく、軍として考えると、何故かそれが頭からすっぽ抜けてしまっていたのだ。


 とはいえ……。


「まぁ、俺もそう思っていたし、実際やってみたら、あっさり各個撃破されてしまうかもしれない。ただ、俺はそうはならないと思ってる」


「何故ですか?」


「今回のアルザート侵略の夜襲。俺たちは精鋭中の精鋭たった32人を集めて、エレイア陛下の首を取ろうとした」


「それは聞いています」


 その話は、リガルがロドグリスに帰ってくる前からレイも聞いていたし、何より帰ってからリガルに詳しく聞かされたので、よく知っている。


「あの戦いは、もうそれはそれは大変だった。エレイア陛下を中々討ち取れず、気が付けば敵がわらわらと集まってきていたからな。だというのにだ。こちらは結局約半数の17人が生きて帰ってこれた」


 夜襲に失敗し、命からがら逃げおおせたリガルだったが、何とかアルディアードと合流して生き残った魔術師の人数を確認してみたところ、意外にも被害は多くなかったのだ。


 個々の能力がそもそも高く、敵に囲まれてもそう簡単には被弾しないような精鋭部隊であるのに加え、リガルの考案した3人組を組むことによって、その生存能力は今までの倍以上にまで高まっている。


 よって、とにかくしぶといのだ。


「し、しかし、そんなことを言っても、それは結局精鋭部隊だったからでは? それに時間が夜だったため、敵の視界も不自由だった。だから生き残れただけで、それがいつも通用するとは思えません」


「あぁ、だから俺にも本当に成功する確証はない」


「えぇ……。そんなものをヘルトとの戦いで使おうと考えているんですか?」


「まぁね。出来れば模擬戦とかで試してみたいけど、俺の気まぐれで、そんな大量の魔術師を動かせるわけも無いし」


 今回のリガルの作戦を試そうと思ったら、前回アドレイアとおこなった模擬戦などとは比べ物にならない数の魔術師が必要になってくる。


 その数は、100や200では到底足りないだろう。


「いや、それはそうかもしれないですけど、使えるのか分からない作戦をぶっつけ本番で試す方が問題なのでは……?」


「まぁ大丈夫だろ。失敗しそうになったらすぐに撤退すればいい。そして後から取り返す」


「適当ですね……。とはいえ、確かに殿下の軍才は誰もが認めるところ。最終的には上手くいきそうではありますが……」


 リガルが実際に指揮官として戦争に出たのは、まだアルザート侵略の一回きりであるが、アドレイアとの模擬戦などの話もあって、国の軍事関係の要職についてる人間からはリガルの評価は非常に高い。


 アルザート侵略についても、交戦は一度キリではなく、あの戦いだけで結構な経験を積むことが出来た。


 アルザート侵略を経験する前のリガルなら、アドレイアもこんな作戦は絶対にダメだと怒るだろうが、この状況ならあっさりと許可してしまいそうではある。


 ロドグリス王国の人間は、こんな短期間ではあるが、大きな信頼をリガルに寄せつつあった。


「だろ? 俺も根拠は無いけど、自信はある」


(地球の兵士とこの世界の魔術師は違う。それは、圧倒的な機動力)


 陣形が必要なく、装備品も軽いため、方向転換や咄嗟の移動が可能であること。


 今回のアルザート侵略における夜襲で、リガルは感覚的にこの世界での奇襲の仕方を理解していたのである。


(機動力を一番活かせるのは、やはり奇襲だ。そして、それを普通の戦闘と交えて効果的に使っていければ……)


 例えば、相手の退路や、重要拠点の村に大隊を1つか2つ置いておいた状態で、その近くに布陣し敵を待ち受ける。


 そこで、敢えて重要拠点となる村を全く気にしていないようなフリをして、敵に占拠させようとする。


 が、当然そこには奇襲部隊が潜んでいるため、油断していた敵は大打撃、といった感じだ。


 いや、まぁそう都合よく行くかは分からないが、あくまで理想とする一例だ。


 リガルが頭の中で想像を広げていると……。


「まぁ、私ごときが殿下に指摘しようなどというのはおこがましいので、これ以上は言いません。でも、頑張ってください」


「別に気にしないけどな。レイは軍事的な知識も持ってるし、話しているだけでも結構インスピレーションが働いて、ありがたかったりもするぞ」


「そ、そうですか……?」


「あぁ、何より人に話したりすることで、今一度自分の考えていることが正しいのかを見つめなおす機会にもなるし」


 何より、こういったことを気軽に話せる相手がいない。


 グレンでは相手として役不足だし、アルディアードは知識的には問題ないが、同盟国の王子とはいえ他国の人間だ。


 その点、レイはリガルの言った通り知識的にも、気軽に話せるという点でも、相手として相応しい。


 話が一段落したところで、レイは立ち上がると……。


「そういえば、そろそろ昼食の時間です。私は用意しに行ってきますので」


「もうそんな時間か。んじゃ、頼むわ」


「はい」


 そう頷くと、レイは部屋を後にした。

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