第82話.エレイアとの談笑
――翌日。
朝食を終え、さらに2、3時間ほど時間を潰した後、リガルはエレイアに誘われて庭園の
「いやぁ、まともな茶菓子を用意できなくて済まないね。我が国は砂糖があまり入手出来ないのだよ」
「いえ、そのようなことは」
リガルはエレイアの言葉をやんわりと否定する。
実際、エレイアの言葉は謙遜という訳ではなく、本当に王族のティータイムに出される菓子とは思えないようなしょぼいものだったが、流石にそれを肯定する訳にはいかない。
(そういえば、エイザーグでも砂糖が採れなくて、まともなお菓子が食べられないみたいな話を聞いたことがあったっけ。アルザートはエイザーグよりも北にあるし、砂糖が採れないというのも本当なのだろう)
リガルは、記憶を掘り起こしてそんなことを頭の中で考える。
「そういえば、ロドグリスでは砂糖がかなり豊富に採れるとか。これから貿易をすることになるだろうから、その時には是非我が国に砂糖を沢山輸出してもらいたいものだ」
「もちろん構いませんよ」
エレイアの言葉に対して、そんな返答をするリガルだったが、内心では「そんなこと俺に言ってどうする」などと思った。
最も、エレイアとて本当にリガルに頼んでいる訳ではないが。
単純に話の流れ的にそう言っただけだ。
話が一段落し、静寂が2人の間を支配する。
2人きりの空間で、こういう無言の時間が続くのは非常に気まずい。
「――そういえば、一つ聞きたいことがあるのですが……」
居心地の悪さに耐えきれなくなったリガルは、口を開く。
元々聞きたいことがあるというのは嘘ではないので、幸い話題には困らない。
もっとも、あまりに唐突すぎて少し不自然な切り出し方ではあるが。
「聞きたいこと? あぁ、そういえば昨日のパーティーでそんなことを言っていたな。何でも聞いてくれて構わない。出来る限り答えよう」
出来る限り、とわざわざ付け加えただけあって、国の内情に関わってくることは話すつもりはない。
しかし、答えられることならば、出来る限り答える気持ちがあるというのは本当だった。
「聞きたいことと言うのは、先日の貴国の内乱から始まった一連の戦争の件です。あの戦いにおけるあなたの手腕は非常に見事だった。一体どんな手を使ったのか。単純にそれが気になったのですよ」
「ふむ。君も負け戦を掘り返そうなんて、随分と変わり者だね」
リガルの言葉に対し、エレイアは苦笑いを浮かべながら言う。
人によっては煽りとして捉えられかねない発言だが、別にエレイアにそのような意図はない。
リガルからは別に悔し気な様子は感じられなかったし、本人の言う通り、本当に単なる好奇心にエレイアには見えた。
だからこそ、それが少し意外で、エレイアの方も言葉を取り繕うのを忘れて、思ったことを言ってしまったのだ。
だが、そんなことはリガルも全く気にすることなく……。
「はは、あんな鮮やかにやられては、当然どんな手を使ったのか気になりますよ。我々の対処をしながら、内乱も素早く収めるなんて、正直未だに信じられないほどです」
「それは大袈裟だろう。5年前、我々がエイザーグに侵攻したことで、エイザーグとロドグリスとの関係は悪化した。だから、今回の内乱の間に領土を奪おうと侵攻してくるのは、容易に予想が付く。となれば、その対処も事前に済ませておくことが出来る」
「そうは言っても、内乱の方はそう簡単に片づけられないでしょう。しかも当時は、陛下よりもシルバ殿下の方が数で勝っていたとか。他国の妨害が無かったとしても、一筋縄ではいかないはずです」
「確かに、我々は数の上では劣勢だった。しかし、兄上はあまり頭が良くなかったからね。それに数で負けていたと言っても、そんなに大差では無かった」
故人に対して「あまり頭が良くなかった」などと酷い言い草だが、シルバ・アルザートの能力が高くないことは他国であるロドグリス王国にも伝わっているほどだ。
冷静な性格をしていて、感情に左右されることが全くといって良いほどに無いエレイアなので、仕方ないかもしれない。
「…………」
酷過ぎるエレイアの評価に、リガルは言葉に詰まる。
すると、エレイアは続けた。
「簡単なことだよ。私が行ったことは大きく分けて2つ。あなた方の軍勢を追い返すための手筈を整えること。そして、兄を嵌めること」
「我々を追い返すための手筈――というのは、帝国との同盟の事ですか?」
「あぁ、そうだ。それと、エイザーグでの内乱の扇動だな。言っておくが、ヘルトの方は我々は関与していないぞ?」
「それは分かっています。ヘルトは自ら侵攻してきた理由を話してくれましたから。それにしても、エイザーグの内乱はやはり偶然起きたものでは無く、エレイア陛下が干渉していたのですか……」
やはり、と言っていることから分かるように、リガルもエレイアの仕業であることは何となく予想はついていた。
確信は持てていなかったが、あのタイミングで内乱が起きるというのは少々出来すぎている。
「まぁね」
「しかし、一体どのような方法で内乱を起こしたのです? エイザーグがそんな火種になるような問題を抱えて居るとは、聞いたことがありませんでしたが……」
「うーん、まぁ、正確には内乱ではないからね。元より火種なんて必要ないのさ」
「それはつまり……?」
リガルはエレイアの言葉の意味が出来ず、次の言葉を促す。
これに対して、エレイアは話すか話さないか迷い、若干答えるまでに時間を要したが……。
「そうだね……。この問題は少し複雑で、完璧に理解してもらうには、我々の
結局エレイアはリガルに全てを話すことを決断する。
そして、ゆっくりとエレイアはリガルに順を追って話し始めた。
今よりも10年以上も前。
アルザート王国と国境を接している国は、現在と変わらず、ロドグリスと同盟を組む南の一大勢力、エイザーグ王国。
大陸最強を謳い、また誰もがそれを認める、超大国アスティリア帝国。
そして、一つ一つの国はアルザートよりも若干小さいが、外敵と渡り合う時は団結し強大になる、帝国と対を成す東の大勢力、
この3勢力である。
メルフェニア共和国とは昔から手を組んでいたが、そこまで手厚い支援を受けることはあまり望めない。
そんな状態でこの列強と渡り合っていかなければならないのだ。
そこで、先代のアルザート王は大雑把な外交方針として、エイザーグとは関係が悪化しても良い代わりに、帝国や
しかし、帝国や
かと言って、国境を接する3か国全てに頭を下げ続ける訳にも行かない。
つまり、エイザーグとの関係が悪化したら、もう戦争を止めることは出来ない。
だから、先代アルザート王は一つ策を講じた。
それが、エイザーグの諸都市に魔術師を潜ませることだった。
その数は、十数人などといったちっぽけな数じゃない。
貴重な魔術師を、なんと300人以上も投入したのだ。
いざと戦わなければならないという時に備え、敵の内部から崩す準備をしたのである。
その数年単位の一大プロジェクトが実ったのが、今から5年前の、アルザート王国とメルフェニア共和国によるエイザーグ侵略である。
ちょっとしたエイザーグとの小競り合いが発展し、かなり険悪な雰囲気となったのだ。
それを感じ取った同盟相手である、メルフェニア共和国が、アルザートを支援すると言ってくれる。
これをきっかけに、先代アルザート王は、エイザーグに侵略することを決断した。
序盤は、アルザートが何年もかけて、エイザーグに潜ませていた魔術師の
エイザーグ側も油断していたのか、同盟相手であるロドグリスが送ってきた兵も、おまけのような規模の500である。
しかし、そんな有利な状況から、突然急転直下するような大事件が起こる。
それが、当時のアルザート王国第一王子にして、正当なる王位継承者――クレイン・アルザートの死である。
これにより、アルザートの戦略全てが完全に崩壊した。
結局、ハーフェン周辺で、今回の戦争における最大規模の戦いが勃発したが、これにも敗北。
そして、戦争は完全に終結した。
せっかく何年も前からエイザーグに潜ませておいた魔術師が、空振りに終わってしまい、先代アルザート王の秘策は完全に無に帰した……という訳でも無かった。
もちろん、これだけの準備をして返り討ちに遭った上、第一王子まで失ったのだ。
これは大変な痛手である。
しかし、先代アルザート王は、エイザーグに潜ませた魔術師を、
一部、ということはまだ残っているという事。
ギリギリだが、全ては無に帰していない。
これは、意図的に残したというよりは、使う機会が無かったというだけで、単なる偶然である。
結局この残された戦力は戦争が終わっても、ずっとエイザーグに留まり続け、そのまま先代アルザート王はこの世を去った。
しかしこれが、先代アルザート王の残してくれた置き土産となり、その5年後――つまり1か月ほど前のロドグリスとエイザーグによるアルザート侵略で、エイザーグの内乱を引き起こすことになったのである。
これが、今回の戦争でよく分からなかった、エイザーグで起こった謎の内乱の正体である。
「なるほど……。そんなことが……」
「まぁ、結局あなたによってエイザーグの逆侵攻は阻止されてしまったがね」
一つ謎が解けたリガルは、感心したように呟く。
それに対して、軽い皮肉のような返答をするエレイア。
だが、リガルはそんなことを意に介することなく……。
「ん……? そういえば、もう一つお聞きしたい話を思い出したのですが……」
新たに思い出した、この戦争のもう一つの謎について問うのであった。
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