第81話.パーティー
会場の中は、廊下とは別世界と言っても過言ではないほどに、華やかな雰囲気に包まれていた。
カンテラの明かりが、ポツリポツリと暗闇を照らしていた廊下と違い、こちらは巨大なシャンデリアが天井を埋め尽くしており、夜だというのに眩しすぎるほどだ。
もちろん机やテーブルクロスと言った家具や装飾品も抜かりなく、一級品の物で揃えられている。
そして、すでに会場は沢山の人でごった返しており、皆和やかに談笑している。
が、一部の人間はリガルたちの姿に気が付いたようで、張り付いたような笑みを浮かべながら、その全く笑っていない瞳で静かにリガルたちを追っている。
まるで値踏みされているような気持ちの悪い視線をその身に感じながら、リガルたちは堂々と空いているテーブルに着いた。
これくらいはリガルとて慣れている。
あまり愉快ではないと思いながらも、軽く受け流すくらいの余裕はあった。
だが、皆この段階ではまだリガルたちに話しかける者はいない。
何故なら、未だエレイアが会場にやってきていないからだ。
エレイアとリガルたちが一通り会話を終えるまでは、中々話しかけることは出来ないだろう。
これは別に不文律という訳ではないが、国王には何事もやはり遠慮するものだ。
そのまま何も起こらず、数分の時が過ぎ、ついにその時はやってきた。
「エレイア陛下、ご入場!」
どこからか大きな声が会場に響き渡り、辺りが突然静まり返る。
と同時に、入り口の扉が開かれる。
リガル達が入ってきた時よりも多くの人間が、入り口の方に注視する。
そして、その奥からゆっくりと、護衛の魔術師と共にエレイアが顔を出す。
会場内に入ってきたエレイアは、注目を浴びながらも堂々とした様子で会場の前方にある壇上に向かう。
それまで無秩序に、仲の良い者と談笑していた貴族たちも、一斉にエレイアのために道を開けようとして、人垣が2つに割れる。
そうして出来た道を、エレイアはゆっくりと進んでいき、やがて壇上に立つと……。
「皆も知っていると思うが、我々アルザート王国と、ロドグリス、エイザーグ両王国とは、この度同盟を結ぶ運びとなった」
エレイアが開宴の挨拶を始め、同時に会場は完全に静寂に包まれる。
全員がエレイアの方に向き直り、その言葉に耳を傾ける。
そんな中、エレイアはさらに続ける。
「それに伴い、我々がこれまで以上に友好的な関係を築くため、本日両国の王子である、アルディアード殿下、リガル殿下、グレン殿下が我が国を訪れてくれた。今日は、彼らの歓迎会だ。それでは――」
エレイアがそこまで言うと、その後方に控えていたメイドがサッと現れて、左手に持ったワイングラスに赤ワインを
と、同時にいつの間にかリガルたち――いや、会場中の全員の手元に突然どこからか現れたメイドによって飲み物が注がれる。
普通の人間には赤ワインだが、リガルたちの物だけはジュースだ。
メイドからグラスを受け取ったエレイアが、ワインを掲げ……。
「アルザートとロドグリス、エイザーグの友好に、乾杯!」
「「「乾杯!」」」
エレイアが乾杯の音頭をとると、会場の全員がそれに呼応するように声を上げた。
リガルは少し雰囲気に呑まれてしまい、声は出さなかったが、グラスだけは掲げると中に入っているジュースに口を付けた。
こうして、宴の幕は上がった。
会場が喧騒を取り戻すと、エレイアは壇上から降り、ゆっくりと辺りを見渡すような仕草を見せる。
そして、リガルたちの姿を視認すると、まっすぐとそちらに向かう。
「おい、行くぞリガル。グレンも」
すると、突如アルディアードがリガルとグレンにそんな耳打ちをする。
「え? なんでだよ?」
「アホか。エレイア陛下は、俺たちを主賓として招いているから、最初に声を掛けようとしてくる。だが、こういうのは俺たちの方から挨拶しなきゃいけないものだ」
「は? マジかよ」
リガルは焦ったように言う。
実はリガルはアルディアードよりもパーティーなどに参加した経験が少ないため、こういうことを知らなかったりもする。
「はぁ……。リガルお前、人に説教しておいてそんなことも知らなかったのかよ……」
「ぐっ……」
呆れたように嘆息するアルディアード。
こればかりはリガルも言い返すことが出来ない。
今宵は普段と立場が入れ替わりそうだ。
いつの間にかエレイアのいる方へ歩き出したアルディアードを、リガルとグレンが追う。
そして、リガルたちはエレイアと相対した。
そんなリガル達とエレイアのやり取りが行われるのを、周囲の人間が息を呑んで見守る。
「これは、エレイア陛下」
「本日は、我々のためにこのような場を設けていただき、誠にありがとうございます」
リガルとアルディアードは2人で一緒に感謝の言葉を述べる。
何故一緒かと言うと、どちらかだけが喋っては、喋った人間が代表と思われかねないからだ。
ロドグリス王国とエイザーグ王国は、完全に対等な関係。
周囲に余計な誤解をされないための行動だ。
一々細かいことに気を遣わなければならず、全く面倒な話だが、残念ながらこれが貴族社会というものなのだ。
第二王子であるグレンは、2人よりも身分の上で若干劣るので、特に一緒になって挨拶する必要はない。
2人の少し後ろで頭を下げていればいいだけだ。
「うむ、今日はアルザートの料理だけではなく、メルフェニア産の魚介料理も多数用意している。是非ゆっくりと楽しんで欲しい」
「メルフェニアの魚介ですか」
メルフェニアが魚介類を貿易に使えるようになったのは、ロドグリス王国が氷の魔道具を開発し、それが出回っているから。
ロドグリスで開発したもので、他国が利益を上げていることに、少し不満のようなものを感じたリガル。
しかし、技術や仕組みまでもが流出している訳ではないので、氷の魔道具を利用する人間からロドグリスに金が流れ込んできていることを考えると、最終的には甘い汁を啜っているのはロドグリス王国という事になる。
何も不満に思うことは無い。
「あぁ。数年前に氷の魔道具というものが流通し始めて、そのおかげで魚介類のような鮮度が大切になるものも貿易に用いることが出来るようになったのだ。……と、そういえば氷の魔道具を開発したのはロドグリス王国であったな。魔術に関する研究も随分と力を入れている様子。是非、いつか話を聞かせてもらいたいものだ」
リガルの呟きに、エレイアが返答する。
「えぇ、貴国には2週間ほどは滞在させていただく予定でしたから、この期間のうちにお話しさせて頂きますよ。私の方からも、数点お聞かせ願いたいお話などもあるのですが……」
その言葉に、リガルも負けじと答える。
リガル側ばかり情報を吐いては損してしまうため、へりくだった言い方ではある物の、遠慮なく願いを言う。
身分差があるとはいえ、ビビッてばかりではダメだ。
「もちろん構わないさ。何でも聞いてくれ」
エレイアの方も、情報をケチるつもりはないのか、寛大な対応を見せる。
「ありがとうございます」
「うむ。おっと、それはそうとそろそろ料理を食べられてはどうだ? そこら辺にいるメイドに言って取ってこさせてもいいし、自分で選びたければ自分で取ってきてもいい」
「そ、そうですね。せっかくの機会ですし、楽しませていただきます」
リガルが答えると、エレイアは笑って頷き、どこかへ去っていった。
他の貴族に挨拶したいことなどもあるのだろう。
その後はリガルたちもアルザートの有力貴族と何人か話をした。
とは言っても、別に政治的な話をしたわけではなく、世間話のようなものだけだ。
そのため、リガルも多少は緊張しつつも、特に何事も起こることなくパーティーを乗り切ることが出来た。
こうして、リガルたちのアルザートでの初日は無事終わったのである。
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