第74話.突然の終幕

(なんだ?)


 余裕が無い状況であると理解しつつも、リガルは後方から聞こえてきたエレイアの声に、チラリと振り返る。


 すると、倒れこむヴァザの姿があった。


(レオがやったのか!? 流石はレオだ。い、いや、そうじゃない! あの化け物魔術師を倒したのもデカいが、今はそれよりもエレイアを倒さないと! エレイアを倒さなくては何の意味もない!)


 とはいえ、現在も敵の魔術師がリガルに群がっている状況。


 軽く見渡した限りでは、近くには味方の姿は無い。


 リガルがエレイアを討つどころか、生き残ることすら危うい状況だ。


 逃げても死、向かっても死。


 どちらを選んでも待っている未来が同じという絶望の選択肢に、リガルはどうすればいいかが分からなくなり、その場で敵と戦うという中途半端な選択肢を取ってしまう。


 普段のリガルなら、鼻で笑うような愚行。


 リガルも素晴らしい戦闘センスで、上手く敵の攻撃を凌ぎつつ、1人、2人と敵を倒していくが、倒すスピードよりも、敵が集まってくるスピードの方が遥かに速い。


 気が付けば、レオの狙撃の射線すら、エレイアに通らないほどに敵が増えていた。


 勝ち筋が完全に潰えた瞬間だった。


 それでも無意味にリガルは戦い続け、攻撃魔術が自身の身体を掠めるなど、いよいよ危うくなってきた時だった。


「リガル殿下!」


 突如エンデがリガルの元に戻ってきて、リガルを襲っていた敵魔術師を、一気に何人か始末する。


「エンデ、無事だったか!」


「いやいや、私なんかよりも殿下がご無事かどうか心配でしたよ。さ、私が時間を稼ぎますから、殿下はお逃げください!」


「いや無理だ。ヴァザと呼ばれていたあの化け物魔術師は恐らくレオが始末した。しかし、肝心のエレイアを倒せていない」


「無茶を言わないでください! この状況でエレイアを討つことは絶対に不可能。流石に退くべきです」


「それは……」


 リガルもそれくらいは分かる。


「クソ、分かったよ、逃げる! お前も絶対に生き残れ!」


 そう言い残して、リガルは逃げ出した。


 エンデが足止めしてくれているお陰で、追ってくる敵は格段に減った。


 この程度の攻撃ならば、リガルの能力ならば逃げ切れる。


 目指すのは、アルディア―ドが率いている本隊。


 幸い、現在は夜だ。


 光のない場所まで逃げることが出来れば、敵を撒くことが可能だろう。


 この敵の野営地さえ抜ければ、逃げ切ったも同然。


(だがその前に、とりあえず、すぐ近くにいるレオと合流だ。その後、アルディア―ドたちの元に向かう)


 リガルは上手く敵から姿が見えなくなるように、障害物を利用しながら逃げていく。


 この暗闇がリガルに味方し、現在追ってきている敵以外に見つかることは無い。


 彼らさえ撒けば、ひとまずは安心できる。


 暗闇のせいで、リガルも少しだけレオたちスナイパーのいる場所が、どこだか分からなくなってしまったが、何とか数分で無事に戻ってくる。


「殿下、ご無事でしたか!」


「あぁ、何とかな。お前含め、全員の助けのお陰だ」


「いえいえ、あそこで敵将エレイアを討ち逃してしまい、すみません。担いでいた敵魔術師がエレイアの身体に着弾する寸前で、庇ったんですよ。しかし、戻ってきたという事は、あの後殿下が討ってくれたのですか?」


「いや、エレイアは討ち逃した」


「え……」


 リガルのまさかの報告に、レオは愕然とする。


 確かに、今回の作戦は失敗する可能性の方が高い、圧倒的に分の悪いものだった。


 しかし、これまで何度も苦しい状況を打開して勝利を手にしてきたリガルなら、今回も何とかしてくれると、心の中では楽観的に考えいたのだ。


 だというのに、伝えられる失敗の報告。


 レオは理解が追い付かなかった。


「とにかく、一旦アルディア―ドと合流する。失敗してしまったものは仕方がない。次善の策は現状思いついていないが、とにかく何にせよまずは合流しないといけない」


「……で、ですね」


 それから数分後、レオたちスナイパーと合流したリガルは無事、アルディア―ド率いる本隊と合流することに成功した。






 ーーーーーーーーーー






「――ということで、作戦は失敗した。敵がいつ動き出すか分からないので、一刻も早く次善の策を考えたい」


 現在は、夜襲作戦を行った翌日の早朝。


 夜襲作戦に失敗し、レオと合流したリガルたちは、さらにアルディア―ド率いる本隊と合流し、その場に留まるのは危険という事で、近くの森に身を隠そうと移動した。


 結局敵は追ってくることは無く、兵たちも疲労が溜まっているという事で、休息を取ることに。


 しかし、のんびりしている場合でもないので、目覚めてすぐに隊長たちを集め、軍議を開いたという訳だ。


 そして、現在に至る。


「そんな……」


「厳しいことは分かっていましたが……」


「えぇ、いざ実際にこうなると、どうすればいいのやら……」


 リガルの報告を聞いた隊長たちの反応は、やはりと言うべきか、レオと同様に暗いものだった。


 やはり、作戦の成功率は低いと理解しながら、最終的には何とかなるのではないかと甘いことを考えてしまっていたのだ。


 真正面からやり合っては絶対に勝てない、圧倒的な戦力差。


 エレイアは無能ではないので、もう一度奇策が通用するとも思えない。


 誰もが――リガルすらも、何か新たな策を考えることが出来なかった。


 結局、この軍議では何も実のある話をすることが出来ず、とりあえずライトゥームにまで引き返すという話だけ上がり、終わった。


 その後はすぐに軍をまとめ、リガルたちはライトゥームを目指し行軍を開始したのである。


 しかしその翌日。


 リガルとアルディア―ドの元に、予想だにしない吉報が舞い込んできた。


 その内容と言うのが、「アルザート・メルフェニア連合軍は退却した」というものである。


 初めは疑った。


 この局面で、エレイアが退却の選択をしたことが理解不能だったからだ。


 エレイアは馬鹿ではないどころか、間違いなく優秀だ。


 それは今回の一連の戦争だけでも、十分に分かる。


 だからこそ、どう考えても9割方勝つであろう戦争で、退却の選択をする意味が分からなかったのだ。


 この情報を運んできた伝令に、アルザートかメルフェニアの内部で内乱が起きたり、他国から攻められたりしたのかと聞いてみたが、そんな話は聞いていないらしい。


 そんな訳で、やはり信じられないリガルは、再びアルザートの情報を探らせてみたが、その半日後に届いた情報でも、やはり退却したとの報告が上がった。


 流石にこれだけやれば、リガルも信じるしかない。


「と、とりあえずライトゥームを奪い返すか?」


「いや、エイザーグではまだ敵がいる。まずは奴らを追い返すのが優先だ」


「だな」


 この報告を受け、アルディア―ドとリガルは今後のことについて軽く話し合い、結局リガルたちはアルザートから退却することを選択した。


 今回の戦いの発端となるライトゥームの奪取は断念。


 まずはロドグリスとエイザーグ両国に侵略して来ている敵を追い返すことが先決だと考えたのだ。


 まぁ、そんなことをしていたら、ライトゥームは敵に固められて奪い取ることなど出来なくなってしまうだろうが、それはもう仕方のないことだろう。


 かくして夜襲作戦の失敗から3日後の昼、リガルたちは無事に軍の被害をかなり抑えた状態で、エイザーグの国境に辿り着いたのである。


 そして、これを機に戦況が一気に動いた。


 まず、リガルとアルディア―ドの軍勢がエイザーグに戻ってきたことを知った帝国軍は、驚きの速度で退却を始めたのである。


 それと時を同じくして、エイザーグ内で起こっていた謎の内乱も突然収束。


 さらに、ロドグリス王国に侵攻していたヘルト王国軍もこの動きに反応して、すぐさま退却。


 かくして、ロドグリスとエイザーグのアルザート侵略を発端に、6つの国を巻き込み起きたこの戦争は、アルザート・メルフェニア連合軍の退却という、理解不能な動きによって、唐突に終幕を迎えたのであった。

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