第73話.活路

 リガルの視界に映るエレイアは、完全に孤立していて無防備であった。


 エレイアの傍にいた魔術師たちは、現状数で勝る精鋭部隊と必死でやりあっている。


 そのため、総大将であり次期国王でもあるエレイアは、その後方の安全地帯にいた。


 だが、側面から攻撃しようとしているリガルの視点から見れば、安全な場所に隠れているとは言えない。


 さらにエレイアは、リガルの存在に気が付いている気配すらない。


(貰った!)


 姿を確認した瞬間、リガルは反射的にウィンドバレットを放った。


 ――10mくらいしかないこの距離で、弾速の速いこの魔術なら外さない。


 リガルはそう思ったが、着弾の瞬間、陣幕の陰から人影が飛び出してくる。


 そして、その人影は防御魔術を起動し、リガルの放ったウィンドバレットから、エレイアの身を守った。


「「「!?」」」


 確実に決まったと思っていたリガルとエンデ。


 それに、自分が守られるまで狙われていることに気が付かなかった、エレイアの計3人が驚愕の表情を浮かべる。


(な……! またさっきの奴かよ)


 先ほど同様にエレイアを助けた、敵の魔術師に苛立つリガル。


 しかし、すぐさま気を持ち直し、追撃の魔術を放つ。


 エンデもその動きを見て、少しリガルから離れることで、複数の射線を通した状態で攻撃していく。


 射線が増えるので多方向に意識を配らなければならず、非常に攻撃力が上がるが、その分互いをカバーし合うことが難しくなる、ハイリスクハイリターンの選択だ。


 エンデは、今は守りよりも攻撃、と考えたのだろう。


 実際、エレイアが武勇に優れるという噂は聞いたことが無い。


 それに対して、武勇に優れるエイザーグの王子である、アルディア―ドにも勝る実力を誇るリガル。


 それに加えて、ロドグリス王国軍の精鋭部隊を率いる隊長であるエンデもいる。


 戦力的にはどう考えても勝っているという考えから、リガルを守るという自身の任務よりも、とにかくエレイアを討つということを優先するという単純な理屈だ。


 その判断は、現時点の情報だけで考えれば、最善であったと言える。


 しかし、結果論で言えば、それは間違っていた。


 エレイアを助けた敵の魔術師は、まずリガルの攻撃を風属性のシールドで防ぐと、すぐにエレイアを担ぎ上げる。


 そして、エンデの攻撃は高く飛び上がることで回避した。


(は? 何だよあの跳躍力。しかも、あのタイミングで避けるって反則だろ! どんな反射神経してるんだよ)


 その動きは、およそ常人離れしているものであり、リガルは驚愕する。


「た、助かったヴァザ」


「いえ、それが私の使命ですから」


 何故、エンデの「リガルを守るよりもエレイアを討つことを優先する」という判断が、結果論から言うと誤りだったのか。


 それは、エレイアを助けた魔術師が、エレイアが「切り札」と評するほどの信頼を寄せている、ヴァザであったからである。


 当然、リガルはヴァザのことなど一ミリも知らないが、今の一連の動きだけで、ヴァザが魔術師としてとんでもない実力者であるということは分かる。


 奇襲作戦を開始してから、もうそこそこ時間が経つ。


 そろそろアルザートとメルフェニアの魔術師がこの場に駆けつけてくるはずだ。


 そんな状況下で現れた、エレイアを倒すための最後の壁である、恐ろしく強い魔術師ヴァザ。


 流石のリガルも、焦りが募り出し、汗が額を伝う。


「殿下、ここは引きながら戦いましょう。逃げる訳にはいきませんが、かといって正面から戦うのは流石に無茶だ。幸いここには陣幕があるため姿をくらましやすい。敵のあのふざけた機動力を少しは封じることが出来ます」


「だな」


 リガルも流石にまともに戦うことは出来ないと判断し、エンデの言葉に従い陣幕の中に姿を眩ます。


 追って来れば、そのままタイミングを見計らって反撃。


 退けば逆襲するという考えだ。


 ヴァザがどちらを選択するか。


 逃げながらも、リガルはチラチラと後方を確認し、その動向を注視する。


「逃がさん!」


 その結果、ヴァザが選択したのは前者だった。


 リガルたちを始末しようと、もの凄いスピードで追いかけてくる。


(来るのかよ! つーか、引きながら戦うとか無理ゲーだな!)


 これには、リガルも反撃をすることなどできない。


 心の中で、そのバカげた身体能力に悪態を吐く。


 リガルも上手く障害物を利用して距離をチマチマ稼いでいたが、身体能力の差がありすぎて、小手先の技術では流石に敵わない。


 すぐに距離が詰められてしまう。


「王子自らこんな危険な場所にやってくるその気概に敬意を表し、苦しませず殺させて頂きましょう」


(つーか俺の正体バレてんのかよクソ。敬意を表するなら殺さないで生かしてくれっての! ったく)


 いよいよ魔術が飛んでくる。


「こっちです! 殿下!」


 逃げるルートをエンデが指示して手を引く。


 だが、リガルは咄嗟にそれを振り払った。


「いや、こっちだ!」


 そして、エンデとは真逆の方向に逃げる。


「ちょっと! そっちは敵魔術師とこちらの精鋭部隊の戦闘が行われてる場所ですよ! 危険です!」


 そう、何を血迷ったのか、リガルは激しい戦闘が行われてる場所のド真ん中に単身で飛び込もうとしているのだ。


 しかも、混乱してしまってという訳でもなく、自ら意図して向かおうとしている。


 さっぱり理解不能な行動だが、とにかくヴァザはそれを追う。


 エンデは、そのリガルの行動にあまりに驚いたため、追いかけることが出来ず、別れてしまった。


(まぁいい。エンデがいなくても、関係ない。エレイアを殺るのは、俺でもエンデでも無いんだからな)


 だが、リガルがそれに構うことは無い。


 迷わず突き進む。


 しかし、障害物を利用していないため、簡単に追いつかれてしまう。


 ヴァザが火属性の魔術を放ってくる。


 だが、リガルはここで冷静に後ろを振り向くことなく、アールウォールを使い、攻撃を防ぐ。


 ついでに、ヴァザが追ってくるのを妨害することもできる、一石二鳥の手だ。


 ウォーターシールドなどでは、魔術を防ぐことが出来ても、ヴァザの動きまでは妨害できなかったから、後が続かないはずだ。


 この咄嗟の機転で、リガルはほんの少しの時間を稼ぐことに成功する。


 ヴァザは自分の前に岩壁が現れたことに驚き、軽くたたらを踏んだのだ。


 その時間は1秒程度だったが、今のリガルにとってはその1秒があるか無いかが天と地の差。


 何とか目指していた元の戦場に戻ってくる。


 しかし、騒ぎを聞きつけて戻ってきた敵軍の魔術師がすでに大勢いて、リガル達ロドグリス軍の精鋭部隊は壊走寸前だった。


 元々あった数の有利などは完全に消えていて、全方位を敵に囲まれ何が何だか分からないという状況だ。


 とはいえ、こうなっていることくらい、何となくリガルも予想はついていた。


 だというのに、リガルは何故こんな超危険地帯に自ら飛び込みに来ているのか。


(俺程度じゃ、あのヴァザとか呼ばれていたあの魔術師を倒すことは出来ない。あいつは、ちょっと虚を突いたくらいで倒せるような相手じゃない。人間のレベルを超えた化け物だ)


 リガルは、自身とヴァザの実力差を、この一瞬のやり取りの間に痛感していた。


 しかし、ここでエレイアを殺れなければ終わりの状況。


 だからといって、そう簡単に諦めるわけにもいかない。


 そこで、リガルは1に、全てを託したのである。


(頼む、レオ!)


 ――死中に活を求める。


 リガルは、最後の望みとして、レオの狙撃の射線が通っているはずの、この危険地帯にやってきたのだ。


 しかし、そのリガルの姿を確認した敵魔術師が、わらわらとやってくる。


(やばい、この数は流石に凌ぎきれない……!)


 リガルはあまりの数の多さに自分の判断を後悔しそうになる。


 だが、そんな時……。


「お、おい、ヴァザ!?」


 後方でエレイアの悲痛な声が聞こえたのだった。

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