第34話.苦境
――翌日。
リガルたちロドグリス軍は、ランダルの街を発った。
目指すは、エイザーグの王都だ。
ここでも、行軍は非常に順調に進んだ。
イレギュラーというのは、起こりそうで起こらないものだ。
こうして結局、予定していた4日後の昼前にはエイザーグの王都に到着した。
城門の前には、ズラリとエイザーグの重鎮が並び、出迎えてくれていた。
その中からエイザーグ王――エルディアード・エイザーグが歩み出ると……。
「ロドグリス王自らの援軍。心より感謝する」
通常、自国と同格程度の国の王に、頭を下げることなどありえないが、流石に助けてもらっている立場なので、頭を下げるエルディアード。
「我らは永劫の友。互いが困っているならば、助けるのは当然だろう」
「ありがとう。本当ならば、遠路はるばる来てくれた友に、もてなしをしたいところだが、残念ながら、実はかなり事態が切迫しているのでな。何もできずに済まない」
「な……。たった4日で何があったというんだ?」
どうやら、ランダルからここに来るまでの4日間の間で、なにやら事態が急変したようだ。
エルディアードの表情には、本当に余裕がない。
アドレイアも、珍しく驚きの色を隠せないでいる。
「それを今から話す。すぐに着いてきてくれ」
「分かった」
そう言って、アドレイアはエルディアードと共に城内に入っていく。
通常の兵士は、街でしばらくの間、休息ということらしい。
最も、大変な事態になっている様なので、ゆっくりと羽を伸ばすといいう訳にはいかないだろうが。
そんな中、リガルは困ったようにおどおどとしていた。
何をすればいいのか、分からないのだ。
アドレイアには、ずっと自分の傍にいるように、と言われたが、流石にエルディアードとの会談に同席することは出来ないだろう。
だが、かといって勝手にどこかへ行ってもいいものなのか。
そのような迷いによって、挙動不審な動きを取っていた時だった。
「久しぶりだな」
背後から肩を叩かれ、声を掛けられる。
(この声は……)
「お前か。アルディア―ド」
「そうそう。いやぁ、4年後にまた会おうとか言ったけど、まさかその半分の時間で再会できるとはな。嬉しいぜ親友よ」
そう言って、馴れ馴れしく肩を組んでくるアルディア―ド。
そのような行動が苦手なリガルは……。
「やれやれ、再会して早々に、暑苦しい奴だ。いいのかよ? お前の国の大ピンチらしいのに、そんな呑気なノリで」
「まぁな。俺も詳しくは知らないんだけどよ。とりあえずハーフェンに兵を集めて敵軍を迎え撃とうとしたらしいんだよ。そしたらさ、ハーフェンでの開戦直前に、リュウェールが落ちたらしいって話が父上の元に入ったんだ」
「は? リュウェールで開戦したなんて話聞いてねぇぞ?」
リガルがランダルを発つ時に聞いていた情報としては、敵が兵を分けたこと。
そして、そのうちの片方の軍が相手が、ハーフェンに進軍しようとしていること。
それだけだ。
つまり、リュウェールで戦いが起こったのは、4日以内。
攻めたのは十中八九、分割したもう片方の軍である、エイザーグ側が途中で同行を掴めなくなったという別動隊だろう。
しかし、一つの都市を攻め落とそうとしているのなら、それ相応の準備がいる。
その準備を行っている間に、エイザーグ側が同行を掴むことが出来そうなものだ。
(それ以前に、エイザーグ側の監視の目から逃れることが出来たってことは、別動隊の兵力は本体と比べて少ないはず。対して、リュウェールは国境にある都市だ。魔術師もかなりの数が常駐している。そんな簡単に攻め落とせるものか?)
リガルの中に、得体のしれない違和感が次々と沸き上がってくる。
「俺も開戦したなんて話聞いてないさ。父上も聞いてないだろうよ」
「は? んな訳ないだろ。戦いが始まったら、誰かが情報を伝達するのは当然。それを怠るなんてあり得ない」
「それな。でも、開戦したという知らせを聞いていないのは、確かに真実なんだ。何が起こってるのやら、俺にもよくわからん」
「マジかよ……。本当にこれヤバいんじゃないか? 他に知ってる情報は?」
リガルは、思った以上に切迫していた状況を知り、焦ったようにアルディア―ドに問う。
しかし……。
「まぁまぁ。父上のアドレイア陛下の会談は、そんな10分や20分では終わらないし、こんなところで話すのはやめようぜ。俺の私室に案内してやる」
自国の危機が喉元まで迫ってきていることに、気が付いていながらも冷静なのか。
それとも、ただ単に現実を正しく把握できていないだけか。
全く動揺しているように見えないアルディア―ド。
しかし、ここで気を揉んでいても仕方ないというのは、間違いないので、リガルもそれに従う。
エイザーグ城に向かってどんどん進んでいくエルディアードの後を追う。
ロドグリスの城とは違ったデザインの美しい城に、リガルは目を奪われて、きょろきょろと辺りを見渡す。
しかし、意外にも内部構造はロドグリス城と大して変わらなかった。
デザインこそ、その国の特色がよく出て、大きく異なるようだが、内部構造はオリジナリティが発揮されようがないのかもしれない。
「着いたぞ」
「ここか」
エイザーグ城の廊下の装飾を、キョロキョロと観察しながら、アルディア―ドの後を歩いていると、そう声を掛けられる。
「ちょうど使用人が全員いないから、お茶とかは出せないけど勘弁な」
「…………いや、客の扱いが雑過ぎるだろ」
普段は、もてなされたりすることを、逆に居心地悪く感じてしまうリガルだが、アルディア―ドにこの扱いを受けると、許せなく思ってしまう。
「お前は客じゃなくて、親友だろ?」
「……うん、もう別にいいや」
いちいち返答するのも面倒になったので、リガルは諦めて自分の持ち物から水筒を取り出す。
そして、それを
「で、さっきの話の続きだ。とにかくこの戦争について、お前の知ってる全ての情報を教えてくれ。もしも話せない情報があれば、それはいい」
「話せないことは別にないよ。それじゃあ、そうだな……。リガルたちに情報が送った後の情勢を全部説明しますかね」
そう言って、アルディア―ドは立ち上がった。
そして、紙とペンを持って戻ってくる。
アルディア―ドは、紙に「1日目」「2日目」「3日目」「4日目」と書くと……。
「まず、この1日目ってのは、お前たちがランダルを発った日だ」
「ああ」
今日が4日目なので、1日目は、
「まず、この日の夜頃に、やつらはリュウェールを攻め始めたと考えられる」
そう言いながらアルディア―ドは、「リュウェール攻められる」と紙に記す。
あくまで、「考えられる」だ。
確証はない。
「何故その推測に至ったんだ?」
「まぁまぁ、慌てなさんな。それが2日目で分かるから」
そう言って、2日目の欄の隣にペンを置いて、それを動かしながら口を開く。
「そして、2日目の朝。俺たちの元――つまり王都にリュウェールが陥落したという知らせが入った」
「マジかよ。じゃあ、夜襲とかを受けて、一方的に殺戮されたから、開戦の知らせを送る余裕が無かったってことか?」
「いくら夜襲受けたからと言って、そこまで一方的にやられるというのは、
「なるほど……」
「まぁ、陥落の知らせすら、リュウェールから歩いて半日もかからないところにある都市の、王国魔術師団支部長が伝えてくれたものだからな」
陥落の知らせというのも、リュウェールからの情報ではないようだ。
どうやら、本当に一方的な戦闘になったようだ。
「ちなみにその時、俺たちは何をしていたかというと、ハーフェンの軍を送っていた」
「ここまでは、完全に相手に踊らされているってことだな。対応が完全に後手後手だ」
ハーフェンに送ろうとしている軍を、リュウェールを陥落させた別動隊に向ける作戦もあるが、そうすると今度は手薄になったハーフェンを落とされてしまう。
(となると、こちらも軍を分けてみた方がいいのか? しかし、敵の情報が全然伝わっていない状況で、兵を分割させるのもな……)
リガルは、この状況の打開のため、頭を悩ませるが、どうもしっくりとこない。
もしもアルザートが、こちらの知らぬ間に分けた兵を合流させていたら、各個撃破されてしまう可能性があるからだ。
(ならば一体どうすれば……)
「こうして、完全にピンチに陥ってしまった俺たちは、ここでハーフェンに攻めてきている敵を都市から打って出て撃破しようということになった。俺たちがハーフェンに集結させた兵力はおよそ4000。数では敵を凌駕している」
(なるほど。言われてみると、王道で良い策かもな)
別動隊など、放っておいても、敵兵の数を減らすことが出来れば、一気に優勢になる。
肉を切らせて骨を断つ。
エイザーグ側の都市をいくつか占領されたとしても、兵力さえ削ってしまえば、後からどうにでもなるだろう。
しかし、アドレイアに対するエルディアードの様子から考えるに、その一手は……。
「だが、今のところハーフェン周辺での野戦は、上手くいっていない。相手は完全に足止めをすることに徹していて、上手く時間を稼がれてしまっている」
やはり、上手くいっていないようだ。
となると……。
「別動隊を倒すのは、俺たちロドグリス軍の役目になるかな」
リガルはニヤリと笑いながら呟いた。
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