第4章.エイザーグ戦争編

第30話.アレ

 それから、大体2年程の時が経過した。


 リガルの年齢も9歳となり、もうすっかりこの世界の生活に慣れ切って、逆に地球での生活が幻なのではないかと思えるほどに、この世界に馴染んだ。


 そんな、いつもと変わらないはずだったある日のこと。


 リガルは朝食が終わった後で、アドレイアに呼び出され、執務室にやってきていた。


(はぁ、また面倒ごとか。最近は平和でいいなーとか思ってたら、これだよ)


 心の中で不満を垂れながら、力なく扉を叩く。


「リガルです」


「入れ」


「失礼します」


 中から、入室を許可するアドレイアの言葉が聞こえたので、恐る恐る扉を引く。


 リガルが中に入るのとすれ違うように、中にいたメイドが外に出て行った。


 室内がリガルとアドレイアの2人だけとなると、アドレイアは手に持っていた何かの資料と思われる紙を机に置いて……。


「よし、来たか、リガル。早速話をさせてもらうぞ。あまり時間に余裕がないんでな。適当に掛けてくれ」


「え、あ、はい」


 あまりの雑な促し方に、一体何があったんだと、疑問を覚えながら、近くに置いてあった椅子に座る。


「まずはこれを見てくれ」


「……?」


 そう言いながら、アドレイアがリガルに手渡してきたものは、この世界の紙の中では良質な部類に入る紙で作られた便箋だった。


 しかも、2枚ある。


 面倒だな、と思いながらも、手紙を読み進めていく。


 うんざりするほどに、長ったらしい前置きに、思わず流し読みをしたい衝動に駆られるリガルだったが、手紙の内容が本題に入ると、その表情が一変する。


「こ、これは本当ですか……!?」


 動揺の中、それだけの言葉を何とか紡ぎ出す。


「嘘を言ってどうする」


「いや、それは……そうですが……」


 リガルがこれほどに動揺した、手紙に書いてあった内容。


 それは、エイザーグ王国に、その北に存在するアルザート王国が、宣戦布告したということであった。


 この世界では、戦争など別に大した珍事でもないし、リガルとてそれくらい分かっている。


 だが、リガルがこの世界に転生してからの2年ちょっとの間、幸か不幸か、リガルの身近で戦争が起きるようなことは無かった。


 そのため、初めての戦争という事態に、動揺するのも無理はないだろう。


 だが、それでも少しづつ冷静さを取り戻していくと、リガルは一つの違和感に気が付いた。


「あれ……? でもちょっと待ってください。エイザーグに宣戦布告してきた、アルザート王国って、確かエイザーグよりも小さな国ですよね? 別に内乱でも起こっている訳でもない今、エイザーグに攻め込むのは、無理があるのでは?」


 しかも、エイザーグはロドグリスと強固な同盟を結んでいる。


 エイザーグで戦争が起きたら、ロドグリスが援軍を出す。


 そしてそれは、周辺諸国の誰もが知っている事実。


 当然、アルザート王も分かっていることだろう。


 兵力差は歴然。


 戦争に絶対はないが、それでも絶対勝てないと誰もが断言するだろう。


「あぁ、だから、アルザートも何らかの手立てを打ってあるだろう」


「手立て……。援軍を頼んでいるという事ですか。あの国に援軍を出してくれるところといったら、東方諸国連合イースタルレギオンか、メルフェニア共和国……くらいですか」


 ――東方諸国連合イースタルレギオンと、メルフェニア共和国。


 東方諸国連合イースタルレギオンは、文字通り大陸の東部の位置する国の連合である。


 4つの国が加入していて、大陸の西方に存在する、アスティリア帝国と双璧を成す巨大勢力だ。


 メルフェニア共和国は、大陸から南方にある島国である。


 近隣の国唯一の共和制国家で、高い技術力を持つ先進国だ。


 しかし、国の内部が一枚岩でないがため、中々その勢力を伸ばすことが出来ず、連合と帝国の2大勢力と比較すると、その力は数段落ちる。


 戦力的に考えると、大体エイザーグと互角くらいの強さだ。

 

「確かな情報は無いが、まぁその見立てで十中八九間違っていないだろうな」


「ふむ……。そうなると、エイザーグ単体では少し厳しいですね。どれくらい援軍を送るんですか?」


「あぁ、今日お前を呼んだ理由は、まさにその話だ」


「え……」


 その瞬間、リガルは少し身構えた。


 自分に援軍を率いて、エイザーグに向かえとでも言うのではないか、と思ったからだ。


 王家の嫡男が、こういう援軍を率いたりすることはよくある。


 王子という立場は、一つの軍を率いるにふさわしい立場であるし、王子に実績を作ってやることが出来るというメリットもある。


 別に、軍を率いると言っても、王子本人が采配を振るう必要はないのだ。


 王子本人は、兵士に伝えるだけで、実際の作戦などは同行する将軍なんかが考えればいいのだ。


 難しいことは必要ない。


「今回は、私自らが500ほどの兵を率いて、援軍に向かおうと思う。そこでだな、今回の行軍にお前も連れて行こうと思うのだ」


「え、それはつまり、付いていくだけという事ですか?」


「あぁ」


 だが、流石に10歳にも満たない子供には、一つの軍を率いさせるのは早い。


 今回は、同行するだけのようだ。


 リガルもそれにはすぐに気が付き、ホッと胸をなでおろす。


 と、同時に、不安が取り去られたことで、リガルの中に、ある一つの野望が降って湧いた。


(ん? ということは、を試すチャンスじゃないか?)


 そう思ったリガルは……。


「あの、戦争についていって、私にやることなどはあるのでしょうか?」


 まず、具体的に自分が付いていって何をするのかを尋ねる。


「いや、別にないな。普通に行軍に同行し、野営の時は陣幕の中にいればいい。戦闘が始まっても、お前は私と一緒に戦況を見守っていればいい。仮に敵が自陣まで攻め込んで来ても、私の側近が処理してくれる」


「なるほど……」


 本当にやることが無いんだな……と思いながら、リガルは手に入れた情報をもとに、さらに頭を悩ませる。


 すると……。


「他に質問はあるか?」


 アドレイアの言葉に、リガルは一瞬、何か質問を考えたが、特に思い浮かばなかったので……。


「いえ、大丈夫です」


「そうか、では援軍のために国をつのは、明日だ。しっかり準備しておけ。行軍というのは、馬に乗ってるだけでも、意外に体力を必要とするからな。休養は十分に取っておくことだ」


「は、はい……!」


 明日とは、随分急だなと思ったリガルだったが、エイザーグがすでに宣戦布告を受けていて、そしてアルザート王国はすでに動き出しているのだ。


 それを考えれば、早急に動き出すのは当然かもしれない。


「よし、じゃあこれで話は終わりだ」


「分かりました。それでは、失礼させていただきます」


 そう言って、頭を下げて立ち上がる。


 そして、頭を上げたあと、リガルがチラリとアドレイアの方を見ると、アドレイアの意識はすでに手元の机に広がっている資料に移っているようだ。


 流石に、事態の規模が大きいだけあって、いつにも増して忙しそうだ。


 リガルがそそくさとアドレイアの執務室を後にすると、部屋の外にはいつものようにレイが待っていた。


「お疲れさまでした。殿下」


「あぁ。ありがとう。いやぁ、大変なことになったよ。戦争だってさ」


「え……!? どこの国とですか!?」


 リガルの言葉に、驚愕するレイ。


「いや、うちの国ではないけどね。エイザーグとアルザートが戦うんだってよ。んで、俺はその援軍に同行しなくちゃいけなくなった」


「なるほど。エイザーグが……。しかし、何故殿下が?」


「それは分かんねぇ。けどまぁ、俺に戦場を経験させておきたかったんだろ」


「あぁ、確かにアドレイア陛下も、幼いころから様々な戦場に連れていかれたことで、戦上手になられたと聞きましたね」


 そう呟き、納得するレイ。


 ちなみに、リガルは初耳の話だ。


「まぁ、そんなわけで、明日からいなくなるからな」


「え……。私は同行させて頂けないのでしょうか?」


 リガルがそう言うと、レイは心配そうな声音で尋ねる。


 それに対して、リガルは面食らったように……。


「いや、でも……危ないし……」


「危ないというなら、尚更です! 私が同行して殿下を守ります」


「…………」


 レイに最もなことを言われ、黙り込む。


 レイは戦闘能力も高い。


 リガルの見立てでは、普通の魔術師と同等くらいの力はある。


 それを考慮すると、連れて行かないという選択肢がない気がしてくる。


 アドレイアの話では、自身の身が危なくなることは無いようだが、だったらそれはそれで、レイの身に危険が及ばないので、連れて行くことに問題がない。


 別に、レイと一緒にいたくないわけではないし、リガルとしても気心の知れた相手が近くにいるというのは安心できる。


 連れて行かない理由が見当たらない。


「それもそうだな。別に、父上も俺が誰か1人や2人同行させても、怒るようなことはないだろうし、一緒にレイにも同行してもらうか」


(それに、レイの他にも、を連れて行かないといけないしな)


「ありがとうございます!」


 リガルが承諾すると、レイはにっこりと笑ってそう言った。

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