第25話.隠されし才

 ――6月13日。


 リガルは、エイザーグ王国の王族がやってきて、2日目を迎えていた。


 今日は、朝食を取ってから、すぐにロドグリス、エイザーグ両王家の王族総出で、ロドグリス王立魔術学園に来ている。


 その理由は当然、今日から開催される、学園祭を見に来るためである。


 この国の王であるアドレイアは、開会の宣言を行ったり、次世代の実力のある魔術師を見極めたりと、仕事が多く、遊んでいる場合ではない。


 しかしそれに対して、リガルやアルディア―ドと言った子供たちは、やるべきことがないので、自由にこの祭りを楽しむことが出来る。


 そのため、リガルも非常に楽しそう……。


「……はぁ」


 ……ではなかった。


 うんざりしたような、大きなため息。


 その理由は……。


「いやぁ、楽しみだなぁ……! リガル、一体どんな競技をやるんだ!?」


 この、残念王子――もといアルディア―ドの存在である。


 学園祭が始まってから、興奮している様で、ずっとこの調子なのだ。


 最初の方は、そこそこ丁寧に取り合っていたリガルだが、この調子が1時間近く続くと、流石にげんなりしてしまう。


 リガルとしては、競技なんて見るよりも、屋台などを見て回りたいのだが、アルディア―ドがそれを阻むのだ。


「なぁ、こんなん見てて面白いか?」


 人が面白いと言っているものを否定するのは、良くないことだと思うが、リガルにとってはあまりに退屈すぎるため、どうしてもこんな発言が零れてしまう。


「面白いよ! 決闘大会とか言うのなら、うちの国にもあるけど、魔術で色々な競技を行うという発想は無かった!」


「そんなもんかねぇ……」


 興奮するアルディア―ドとは反対に、リガルの反応は浮かない。


 観戦することに集中せず、どこか心ここにあらずと言った表情で、虚空を見つめている。


「でさ! この競技は、一体何なんだ?」


「はぁ? さっきルール説明してただろうが」


「いや、全然聞いてなかった」


 堂々としたアルディア―ドの言葉に、何度目か分からない大きなため息を、リガルは再び吐くと……。


「これは、精密射撃という競技で、その名の通り、射撃の正確性を競うんだ。単純な的当てに見えるが、途中で妨害が入ったり、的がどんどん離れていく。最終的に、制限時間内に沢山当てた奴が勝ちだ」


「なるほどね。妨害が入ることで、より実践に近づけてるのか。また、時間内に多く当てる、という目標があることで、的が出現してから撃つまでの速度も、重視されるってわけだ」


 リガルの説明を聞き、すぐさま分析するアルディア―ド。


 その、分析の正確さに、リガルは言葉に出さずに感心する。


(こいつ、非常識な奴ではあるが、やっぱり頭はいいよな。話を聞いてから即座に、この競技の核心を見抜きやがった……)


「まぁ、そういうことだ。ほら、2人目が始まる」


 結局、1人目の選手の挑戦は、38点で終わった。


(まぁ、まずまずってところか。でも、妨害が厳しく、距離が離れだした後半からは著しく速度が落ちたな。これだと、実戦ではあまりやれなそうだ)


 リガルは、何度かこの学園祭に来ているので、例年の選手の記録もそこそこ分かっている。


「お、こいつはよさげじゃないか?」


 2人目の動きを見て、アルディア―ドがそう呟く。


「あぁ、いい反応とフリックエイムだな」


「ふりっくえいむ……?」


「あ、いや、何でもない」


 うっかりFPS用語を使ってしまうリガル。


 慌てて誤魔化すが、アルディア―ドもそこまで気にしていないようだ。


「だが、問題はここからだな」


 すでに、意識は競技の方に戻っている。


「あぁ、実戦で戦える人間かどうかは、序盤では分からない。後半で得点できる人材こそが、俺たちの求める人材だ」


 リガルもそれに乗った。


「相変わらず真面目だねぇ。いい魔術師を見極めるのなんて、アドレイア陛下がやってくれるだろ? なんでお前がそんなの分析しているんだ?」


「いや、普通だろ。それに、父上が見逃している優秀な人材を見つけたら、俺が個人的に雇ってもいい」


「は? いくら王子でも個人的になんて無理だろ? 金が必要なら、アドレイア陛下に言わないといけないじゃないか」


 アルディアードが、珍しく真っ当な反論をする。


 しかし、リガルは少し前に、真っ当でないことをして、大金を得ている。


「ふふふ、それがあるんだなぁ。魔術師の1人や2人、仮に相場の2倍の賃金を払っても、何年でも大丈夫さ」


 リガルが当てにしている金というのは、氷の魔道具の売り上げのうち、リガルに入ってくる10%のことだ。


 そもそも、魔道具というものが高価だし、それに加えて、氷の魔道具のあまりの有用さに、ものすごい勢いで普及しているので、その額は馬鹿にならない。


 販売を始めて、未だ1か月だというのに、すでにリガルの元には、1万を超えるほどの金貨がある。


「マジかよ……。流石はリガル。ハイレベルなのは、戦闘能力だけではないということか……。一体どんな手を使えば、そんなことになるんだよ……」


「いや、大袈裟だろ?」


 アルディア―ドが、リガルを尊敬の眼差しで見るが、リガルはそれを否定する。


 しかし、7歳の王子が莫大な個人資産を持っているというのは、あまりに異常なことだろう。


 アルディアードの反応が正常だ。


「まぁ、雇えるとか雇えないとかの話は一旦、置いておこうぜ。それよりも今は、あの選手の強さだ。妨害が入り、距離が遠くなるここから。一体どれだけのパフォーマンスを発揮できるか」


 しかし、今はリガルも、ここまでかなり高いレベルのパフォーマンスを発揮している選手のことが気になったので、話題を元に戻す。


「あぁ。でも、今のところいい感じだよな。こいつセンスあるぜ!」


 リガルとアルディアードが、別の話をしている間も、競技は進んでいた。


 しかしその間も、2番目の選手は、持ち前の高い運動能力とエイム力で、ペースを落とさずポイントを重ねていく。


「これは……。かなりの強者だな。これだけで判断するのは流石に早計だろうが、それでもすでにこの国の一般魔術師以上のレベルはある。下手をすれば、中隊長くらいはあるかもな」


「強いと思ったけど、そこまでか……」


「あぁ。でもまぁ、これは流石に父上も目を付けるだろうな」


「そりゃあな。これだけ強ければ、誰の目にも留まるだろう」


 事実、彼のチャレンジが始まってからは、観客も熱狂しきりだ。


 もとより注目されていたのかもしれない。


 そして、その注目に見合ったパフォーマンスを見せた。


 結局、彼の最終的なポイントは、59点。


 1人目の選手の、1.5倍のポイントを獲得した。


 恐らく、優勝は彼で揺るがないだろう。


「でも、こういうシンプルに強い奴は、俺は求めてないんだよ。もっと、尖った強さを持ったやつとか、隠れたポテンシャルを持ってるやつとかが出てきて欲しいんだ」


「んな無茶な……。そんなやついねぇよ……」


 そんな会話をしながら、時が進んでいく。


 最初は、「こんなの面白いか?」だの「つまらない」だの言っていたリガルも、なんだかんだ楽しんでいるようだ。


 そして、ついにこの競技の最後の選手の番になった。


「やれやれ。結局全員パッとしない奴らばっかりで、あの2番目のやつが1位か。予定調和過ぎてつまらないな」


 しかし、2人目の選手の挑戦が終わって以降、いいパフォーマンスをする選手が全く出てこなくて、リガルも飽きてきたようだ。


「何言ってんだよ。まだ1人残ってるだろ?」


「どうせ無理だって」


 リガルの期待も薄く、周囲の観客も、すでに勝負は決したという空気になる。


 そんな中、最後の選手の挑戦が始まった。


 しかし、なんと彼は、予想に反して素晴らしいパフォーマンスを……。


「これは、酷いな」


「あぁ、反応が悪すぎる。序盤からテンポが悪いな」


 見せるようなことは無く、全ての選手の中で最も良くない立ち上がりをした。


 とにかく、的が現れてから、射撃するまでのスピードが遅い。


「とても戦えるような反応じゃない。しかも、動きも緩慢だし……。これじゃあ魔術師なんて、とても務まらない」


「あぁ、運動能力が低いやつは、絶対に魔術師にはなれない」


 2人の評価は、非常にからい。


 ボロクソだ。


 だが、しばらく見ていると、リガルはある違和感に気が付いた。


(ん? なんだこの違和感は……。テンポは遅いのに、リズムは一定。しかも、中々コントロール自体は悪くない。いや、悪くないどころか……)


「どうしたんだよ? そんな真剣な表情になって」


 しかし、アルディア―ドは、リガルのように、なにか違和感を感じたりしていることは無い。


「いや、なんかあいつおかしくないか?」


「おかしい?」


「いや、おかしいというか、違和感を感じるというか」


 手を抜いてるように見える、という訳ではない。


 だが、リガルの目には、彼の姿がただの劣った魔術師には見えなくなっていた。


 リガルに言われて、アルディアードも、真剣に彼のパフォーマンスを見つめる。


「確かに、言われてみると、あいつの射撃の精度はかなり高いな。どれも的のど真ん中を抜いているような気がする」


「だよな。しかもさっきから、妨害もだんだん厳しくなっているのに、全然外さない。放った魔術は必中だ」


「まぁ、相変わらず攻撃のペースは遅すぎるけどな」


 彼の運動能力は、この競技の出場選手の中で、ダントツで低い。


 だが、射撃の精度はダントツで一番だった。


「けどなぁ。射撃の精度が高いだけじゃあ、魔術師としてはやっていけないだろ」


「それはどうかな?」


「え……?」


 しかし、さっきまでアルディア―ドと同じく、「運動能力が低い人間は魔術師としてやっていけない」という意見だったリガルが、その意見をひるがえす。


 アルディア―ドも、怪訝けげんな表情で、リガルを見る。


「俺もさっきまでそう思ってたけど、あいつの戦いぶりを見ていて、使を思いついたんだ」


「なんだよ? 使い方って……。魔術師に使い方もクソもねぇだろ。強さがすべてだよ」


「いや、それがあるんだよ。敵と間近で切り合う戦闘能力なんて、持ってなくていい」


「えぇ……?」


 アルディア―ドが、真剣な表情で静かに、息を呑んでリガルの次の言葉を待つ。


 そして、リガルが口を開いた


「そう、狙撃手スナイパーならね!」

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