第26話.人探し
「すないぱー……?」
「そうだ。スナイパーってのは、遠距離から敵を攻撃する役割を持った魔術師の事だ。例えば、建物に隠れて、こっそりとそこから無防備な敵を狙い打つと」
スナイパーは、この世界には存在しない概念。
そのためそもそも、アドレイアが彼に目を付ける可能性自体が低いが、仮に彼の才を見出したとしても、スカウトすることはあり得ないだろう。
彼の才は、この世界の人間には生かすことが出来ないものだ。
これなら、リガルが獲得できる可能性は非常に高い。
彼は正に、リガルが求めていた、「隠れたポテンシャルを持ってる奴」だ。
「いや、無理だろ。射撃の精度が高いから出来る、とかそんなレベルの距離じゃない」
「大丈夫。スコープ……は無いから、双眼鏡でも持ちながらやれば出来るだろ」
そう言いながら、もしもこのスナイパーを育てる計画が上手くいけば、スコープ付きの狙撃用の杖などを開発してもいいな、などとリガルは思った。
「いや、双眼鏡を持ったからって出来るもんじゃないと思うが……」
「ま、物は試しさ。やってみる」
ちょうど、彼のチャレンジが終わった。
結果は、29ポイント。
終盤は他の選手と比べて、多く得点していたが、やはり序盤のスピードが遅すぎたせいで、16人中最下位に終わってしまった。
この精密射撃の競技が終わり、ちょうどキリが良いところで、リガルは早速行動を起こそうと立ち上がる。
「おい、どこに行くんだよ。次の競技始まるぞ」
「悪いなアルディア―ド。俺はもうやると決めてしまったんだ。今回ばかりは止めても無駄だ」
それだけ言うと、どこかへ歩き出してしまう。
しかし、アルディア―ドはそれを追い……。
「待てよ。そういうことなら俺も行くぜ。競技の方も楽しみではあるが、そっちの方が面白そうだ」
「へー。まぁ、俺としてはどうでもいいけど」
「酷っ。反応薄すぎだろ。もっと感謝しろよ!」
「誰もついてきてくれなんて言ってないだろ」
「まぁ、そりゃそうだけど……」
リガルの言っていることは間違っていないが、流石にこうもぞんざいな扱いを受けると、納得いかないようだ。
少し、不服そうな表情で、リガルの後を追う。
しかし、しばらくすると、アルディア―ドに疑問が浮かんだようで……。
「でもよ、一体どうやってさっきのその……スナイパー? とやらの候補の奴を見つけるんだ? 知り合いじゃないんだろ?」
「それは気合しかないだろうね」
「は……?」
気合――つまるところ、ノープランという事だ。
何の当てもなしに、リガルが動き出すとは思っていなかったようで、これにはアルディア―ドも呆然する。
いつの間にやら、普段と立場が入れ替わっている。
やはり、類は友を呼ぶというのは、正しいようで、リガルもアルディア―ドも似た者同士というところだ。
「お前、普段から凄くまともそうに見えるけど、そうでもないんだな……」
「なんだろう……。アルディア―ドに言われると、余計にむかつく」
「なんでだよ!」
二人で言い合いを続けながら、ひたすら学園の敷地内を、大量の人の波をかき分けて歩き回る。
だが、闇雲に探しても、当然見つからない。
それほどに、学園に敷地は非常に広いのだ。
それでも、リガルは諦めずに30分ほど歩き回る。
しかし、策はやはり相変わらず思いつかない。
「なぁ、やっぱり諦めようって。後で学園の関係者に話して、会えばいいだろ? わざわざここで話す必要も無いって」
アルディア―ドも、流石にずっとただひたすらに歩き回っているけで、飽きてきたのか、そんな提案をする。
その提案は一見まともに思えるが……。
「…………嫌だ。そんなことをしたら、父上にバレる。自力で何とかしたいんだよ」
リガルも、流石に疲れてきたようで、提案を受け入れそうになるが、やはり引かない。
一度やり始めたことは、中々諦めようとしない強情なところが、リガルの良い点でもあり、悪い点でもある。
そのリガルの硬い決意に、アルディア―ドも……。
「ま、乗り掛かった舟だ。最後まで付き合うけどな」
説得を諦める。
そして、また黙って歩き始めた。
そんな時だった。
「ん?」
人通りが比較的少ない校舎裏を歩いていた時、見覚えのある同年代の少年とすれ違った。
それを、リガルは見逃さない。
「あれ、テラロッドか?」
そう。
そこにいたのは、氷の魔術を僅か7歳にして発明してしまった天才少年、テラロッドだった。
「あ……! で、殿下、お久しぶりです!」
テラロッドは、リガルの姿に気が付くと、身体を60度ぐらいに折って、深く頭を下げる。
「別にそんなに硬くならなくていいって。普段通りの口調で全然いいから」
「いえ、そういうわけには」
リガルは、堅苦しい態度で返答してくるテラロッドを、崩して構わないと言うが、テラロッドはそれをやんわりと断る。
別に、リガルの言葉に裏は無いので、本来ならばそのまま言葉遣いを崩しても問題ないだろう。
だが、今日ばかりは隣にアルディア―ドがいるので、断ったのは正解だ。
最も、アルディア―ドなら、庶民にタメ口を聞かれたとしても、全く気にしない気がするが。
「して、そちらのお方は……?」
テラロッドも、リガルと共にいるアルディア―ドの存在には気が付いていたので、尋ねる。
「あぁ、紹介しよう。こいつはアルディア―ド。エイザーグの第一王子だ。とはいえ、こいつは俺よりも軽い奴だから、気軽に話していいぞ」
「おいおい、軽いではなく、寛大と言って欲しいな」
「お前は寛大というより、アホなだけだろ」
「ふざけんな」
紹介していると思ったら、突然言い合いを始める2人。
こんなのがエイザーグとロドグリスの王子でいいのか? と甚だ疑問に思うところだ。
リガルも、アルディア―ドと会って、早速毒されてしまったのかもしれない。
「え、えぇっと……」
テラロッドは、魔術が絡まなければ、常識人なので、この事態に困惑している。
「おっと、悪い悪い。まぁ、こいつはどうでもいいとして、そういえばお前、この前のお礼をしてなかったな」
氷の魔道具の作成を魔術研究所に依頼し、隠密行動部隊に捕まってしまった時の事。
実はテラロッドとの別れ際に、リガルは「今日のお礼は必ずするから!」と言ったのだ。
テラロッドの氷の魔術を、それを一番最初に魔道具に使用することを閃いたのはリガルだし、お礼をする義務はない。
それでも、氷の魔道具の作成に最も貢献したのは、間違いなくテラロッドである。
なので、流石にこれで何の礼もしないというのは、もしもバレたら外聞が悪すぎる。
「い、いえ、お礼など恐れ多いですよ。自分の考えた魔術がこんなに国の役に立つとは思いませんしたから、嬉しいです。それに……」
「ん?」
「実は後日、王立魔術研究所の研究員の方から、魔術学院を出たら、是非ここで働いてほしいと言って頂いたのですよ」
その言葉に、リガルは一瞬、「王立魔術研究所の研究員に、氷の魔術を発明した人間が、テラロッドであることなんて伝えたっけ?」と疑問に思った。
だがすぐに、クライス商会の商会長に伝えたことを思いだし、そこから話が伝わったんだろうなと推測した。
「そっか。お前、王立魔術研究所で働きたいって言ってたし、良かったな!」
「はい、ありがとうございます。これも全て、殿下のお陰です! ですから、お礼を頂くわけにはいきません」
「いや、そういう訳にはいかないだろう。お礼の方は、また考えておこう。近いうちに必ず渡す」
「いえ、本当にそこまでしていただくのは申し訳ないですって……」
しかし、テラロッドの方としては、自分が凄いことをやっている自覚がないため、遠慮するばかりだ。
まぁ、テラロッドの逆転人生を考えれば、こういう反応をするのも無理もないと言えるが。
リガルとしては、どうやって受け取ってもらうかと、頭を悩ませていると……。
「まぁまぁ、そう言わずに受け取っておけって。王族からのお礼だ。きっと庶民にはとても手が出ないような凄い代物だぞ」
アルディア―ドが会話に口を挟んでくる。
「凄い代物……」
お礼を断ろうとしていたテラロッドも、その言葉に少し心が揺れ動く。
何か欲しい物でもあるのかもしれない。
「おい、何ハードル上げてんだよ」
「いいじゃんか。それとも何か? 王族が渡すお礼として相応しくないものでも押し付けようとしてたってのか?」
「いや、そういう訳ないが……。ほら、その……王族でも簡単には渡せないものとかを期待されても困るし……」
アルディア―ドの言葉に、口ごもるリガル。
アルディア―ドは、それを無視してテラロッドのほうに向きなおると……。
「ま、遠慮するのも、いいことばかりじゃない。度が過ぎれば、失礼にもなる。悪いことでもないんだし、リガルに従っておいた方がいいぜ」
そう締めた。
「そ、そういうことならお言葉に甘えて……。では失礼します」
「あぁ、じゃあな」
そう言って、別れようとしたところで……。
「って、違う!」
「……!?」
突如大きな声を放ったリガルに驚いて、テラロッドは立ち止まる。
「忘れてた。俺はお前に聞かなくてはならないことがあったんだった!」
「え、聞かなくてはならない事?」
「あー、スナイパー候補の事だな。俺も完全に忘れてたぜ」
「スナイパー候補?」
リガルもアルディア―ドも、テラロッドの話を聞くことに夢中になり過ぎて、今の本来の目的を忘れてしまっていたようだ。
完全にテラロッドと別れる前に、思い出すことが出来て、ラッキーだ。
「実は俺は今、精密射撃の競技に出場していたとある選手を探しているんだが、お前知らないか?」
「い、いえ、僕は初等部ですから、高等部の方のことなど全然知りません」
「あー……そういえば……」
「ん? どういうことだ?」
テラロッドの言葉を理解して、当てが外れて少し落胆するリガル。
それに対して、アルディア―ドの方はよく分からなかったようだ。
「いや、この競技に出場できるのは、全員高等部の生徒のみなんだ」
「あー、なるほどな。つまり、学年がかけ離れすぎてるから、よく知らないってことか」
「そういうこと。じゃあ、また今度」
アルディア―ドの言葉に答えてから、リガルはテラロッドに別れを告げる。
しかし……。
「あ、待ってください! 選手自体は知りませんが、選手たちが集まっている場所なら知ってます!」
テラロッドが思い出したように、そう叫ぶ。
「おお! それだけでも、めちゃくちゃ助かる!」
この広い学園内で、一個人を探すのはあまりに大変だが、おおよその所在さえ分かれば、探すのもそれほど大変ではない。
「早速教えてくれ」
「はい、でも口で言っても分かりにくいかもしれないので、良ければ案内しましょうか?」
「頼めるか?」
「もちろんです」
こうして、リガルとアルディア―ドは、テラロッドを仲間に加え、再び歩き出した。
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