第1話



 暑さもだいぶ薄らいで、金木犀の香りを辿る時期になってきた。島唯一の高校「桜城学園」の3年の俺――須々木は今日も学園生活を謳歌している。


「はい須々木の負けー!」

「えー!嘘だろ!」


 確か、しょうもないゲームだったと思う。俺は負けた悔しさ半分、ゲームの面白さでテンションが上がっていた。小突かれる頭が多少痛んでも、何とも思わない。俺は両手を挙げて降参のポーズを取った。


「で?罰ゲームって何?」

「それは~…」



 俺は目隠しをされ、友達に押されるがまま歩いた。友達がニヤニヤと湧き立っているのが雰囲気で取れて分かる。「ジャン!」とパッと目隠しを取られ、飛び込んできた突然の明るい景色に目を細めた。


「…ここって…生物学部の部室…?」


 友達みんな揃って何度も頷いている。ここが何だと言うのだろうか。俺は話が分からず、生物学部の名前と友達の顔を交互に見た。その中のひとりが教室を指さし、声を潜めてこう言った。


「ここにいる奴にちょっかい掛けて来い」

「はあ⁉ それは度が過ぎてるだろ!俺達だけなら良いけど、知らん他人を巻き込むのは…」

「いーって、いーって!どうせここにいるのは1年坊だけだしさ」

「後輩だからって、そりゃ…」


 言い出したら止まらない友達の勢いに気圧されてしまう。頼まれたら断れない性格がここで裏目に出てしまった。俺は何も言い返せず、あたふたしてしまう。

すると突然、言い出した奴の隣の奴が教室の扉を開けて、俺をドン!と突き入れた。うわ、とアホな声と一緒に入り込んだ俺は、後ろを振り返ると既に扉は閉ざされ、友達が行け行けと言わんばかりの好奇心に満ちた目で俺を見ている。その中のひとりが奥を指さしていたので視線を向けると、目を丸くした1年の少年がこちらを見ていた。姿を見られてしまい、ましてはバックには友達が見ている手前は「間違えました」なんて言って出て行く度胸も無い。


「…あ、あのー……」


 そもそも、ちょっかいって何だよ。失礼過ぎるだろ。俺は友達のそういう所が苦手なんだよな、なんて脳の片隅で思いながら、何を言って出て行こうかと思いあぐねていた。1年の少年は未だこちらを、目を丸くして見ている。


「…き、キミさ、1年?」

 

 問うても、返答がない。それもそうかもしれない。突然やってきた先輩に驚いて、何を言われたのか、というか俺の声が小さ過ぎて聞こえたのかすら怪しい。俺はもう一度言おうと口を開くと、同時に目の前の1年は突然顔を手で覆った。

 えっ、と俺は慌てて駆け寄ろうとする。どこか具合が悪いのなら、どうにかしなければ、という気持ちの衝動だった。しかし1年は押さえていない方の手で俺を制し、首を横に振る。どうしたのだろう、と俺はひとり慌てていると、指の隙間から赤い、真っ赤なそれが、滴る。

 真っ赤なそれは、紛れもない鼻血だった。それと同時に少年の顔が赤らんでいく。


 同時に俺は、何ていけない事をしてしまったんだ、と頭の中が真っ白になっていくのを、引いていく血の気と共に感じていた。



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