第43話 宿の攻防−中−
「ま、マッソ逃げようよ!!ほら早く!!!」
「ん!?あぁ、フェルンか!!?」
若い男の先生方が、雷魔法によって一時動きを止めている蛇に特攻する計画を話し合っていたので、俺もそこに行こうとしていたのだが、鬼気迫る表情のフェルンに呼び止められた。
「俺は先生たちと戦う!!レストと約束……というか話したんだ!!自分のできる全力を尽くす…と!!!だからお前は俺をおいて逃げろ!!!」
俺はフェルンの背中を多少乱暴に押した。
蛇が居座ってない方の入り口には、戦闘には参加できない先生方が生徒たちを誘導してくれているので、当初の喧騒はだいぶ落ち着き、人の流れもうまいことできてきていた。
なので、彼もそこに送ろうとしたのだが………。
「そ、そうなの………残るの……。」
フェルンは何故か足を進めようとせず、自分の腰から少し反った細身の剣を抜き抜き、思いっきり地面に刺した。
「どうした、早く逃げないか!!?」
俺は蛇が動きを再開したのを横目で確認し、再度ここは危ないからと彼を逃がそうとする。
だが、彼は動かずに言った。
「だったらさ、僕も戦わせてよ。」
彼は街にでかけに誘うみたいな気軽い感じで言う。
「そ、それは………」
これがレストだったなら俺は同行を快く認めたのだが、フェルンは……。
俺はフェルンの体を上から下までみる。
小さな身長と、女のように細長い手足、真っ白な肌。
そして、恐怖も失敗も絶望も知らなそうな、ただ前だけを向く純粋な瞳。
うん。彼には参加させられない。
彼では無理だ。
こんな、世界が希望だけで構築されているとでも思ってそうな純粋な少年は、命をかけた戦いにつれていけない。
俺は断るための言葉を言おうとして……
「ごめんな!お前を参加させ……」
「あのさ、マッソ。僕は子供じゃないんだよ?」
……フェルンの少し苛立った声に止められた。
「あのさ、マッソ。僕は子供じゃないんだよ?」
フェルンはズンと一歩近寄り、その瞳に僅かな怒りと陰りを宿して、俺を見つめる。
ーーーーこの瞳。
レストや先生たちが持っている瞳。
それでいて、さっきまでの彼にはなかったこの瞳。
数秒見つめただけで、その人生の片鱗が垣間見えるこの瞳。
俺は気付いたら彼の持つ瞳の闇に引き込まれ、吸い込まれそうになっていた。
「あ、あぁ。子供じゃないよな……」
子供じゃないという彼の言葉を繰り返す。
俺なりに彼の覚悟はわかったつもりだ。
でも、それでも、彼を戦闘に参加させようとは思えない。
だから、俺は最後の拒絶の言葉を口にする。
「……死ぬかもしれんぞ?」
これで諦めてくれ。そう願う。
「わかってるよ。でもさ、マッソは行くんでしょ?それと、ここにはいないけど多分レストも………。いや、レストが一番戦っている。僕は友達二人を見捨てて逃げれるほど薄情な男じゃないよ。」
だが、その願いは瞬時に反論したフェルンの声で打ち砕かれる。
「いや、しかしだがな……」
俺はニッコリと微笑む彼を連れて行く気にはなれなかった。
「それに……それにさ、もう僕の周りの人が僕をおいていっちゃうのは嫌なんだよ。」
彼は何処か遠いところを見るように、外の魔物たちを見ていた。
さっきまであんなにうるさかった食堂も今ではほとんどの人が避難したからか、聞こえてくるのは魔砲の詠唱の言葉と先生たちの話し合う声だけだ。
「置いてく方はさ、命かけて守り抜いて誇らしいのかもしれないし、それで死んでも本望とかいうのかもしれないけどさ。…置いてかれる方はとっても辛いんだよ?」
静寂の中、彼の言葉はすんなりととても心地よく俺の耳に入ってきた。
俺はその声に顔を上げ、気づく。
俺の瞳をまっすぐに捉える彼の目は………俺を見ていなかったのだ。
きちんと俺のことを見ているのだが、俺越しに、俺を通して他の誰かに言っているような気がしたんだ。
もちろん確証はないし、確かめようもないのだが。
「…分かった。一緒に戦おう。」
俺は結局、彼の瞳と言葉を信じることにした。
「装備つけろよ!」
「相手は一匹だ!!」
「行くぞ!!」
先生たちの話も終わったみたいで、自分たちで自分たちを鼓舞し合ってる。
「俺らも行くか。」
「うん。行こう。」
俺たち二人は、武器を持っていざ出陣と言った様子の先生方に近寄る。
「お前ら!!逃げないか!!!」
俺らを見つけたテイチ先生が手を横に振り、拒絶の意思を示す。
「俺は先生たちと戦いたいです!!それに、足手まといにはならないと思います!」
「ぼ、僕も戦います!!」
俺が言ったのを聞いてフェルンも早口で言う。
「そ、そうか……」
先生は顎に手を当てて悩んでいた。
人手がほしいのと、生徒を危険に晒せないという思いが心のなかで葛藤しているのだろう。
「お前らの気持ちは嬉しいが、この戦いは生ぬるいもんじゃない。殺らなきゃ殺られる争いだ。敵もBか特Bある化け物だ。それでもやるか?」
心配する目で、俺たちを見下ろす先生。
「もちろんです!俺こう見えて結構強いんですよ!!?」
そんな彼に俺は一歩近寄り、激しめの口調で言う。
「僕も精霊の加護を使えば戦えます!!」
フェルンも負けじと叫ぶように言い、近づく。
「……分かった。でも、参加するなら散々こき使うからな?」
しょうがないなと言った感じで先生は答える。
「わかってます!!」
「了解です!!!」
二人でほぼ同時に答える。
「そうか、なら……」
先生は諸注意とかを言いたかったのだろうが、その時間はなさそうだ。
「そ、総員構え!!」
そんな声が聞こえたほうを見れば、蛇がのたうち回り、魔法で攻撃していた先生たちもとうとう力尽き、ピンチっていう感じ。
「無駄話している暇はなさそうだな。お前ら覚悟しろよ。じゃないと…………死ぬぞ?」
月明かりに照らされる先生は、格好良かった。
◇ ◇ ◇
「状況は!!!!??」
「来んのが遅ぇぞ!!!!かなりやべぇ!!!」
蛇の背中に剣を刺している若い赤髪の先生にテイチ先生が聞くと、こんな言葉が帰ってきた。
かなり逼迫した状況らしい。
「よっっしゃ!!!加勢するぜ!!!」
テイチ先生はそう叫んでから、手にもつ刀身がギザギザののこぎりみたいな双剣で蛇のしっぽを斬る。
「キシャァァッァァァ!!!」
蛇は悲鳴を上げて結構効いてるみたいだ。
「テイチ!!こっちは人足りてんだ!!足りねぇのはあっち!!!!」
赤髪の先生が剣で指したほうを見ると、蛇の後ろにいた魔物の大群が押し寄せていて、明らかに押されていた。
「ッチ!!まじかよ!!!!!」
先生はそれだけ叫ぶと俺たちを置いて魔物群れに突進していった。
「オメェらも手伝うならあっちいけ!!数は多いが単体はE.Fそんくらいだオメェらでも倒せっだろ!!」
俺らがどうしようかと戸惑っていると、赤髪先生が指示してくれた。
「あ、ありがとうございます!!!」
俺はそう言ってテイチ先生を追うように走り出した。
ってかあの蛇、しっぽ元に戻ってたな。
◇ ◇ ◇
森と宿の敷地の境目あたりで、先生たちは戦っていた。
状況は劣勢。
森から限りがないように湧き出す魔物と、数十人の先生たち。
もちろん人間だから疲労はするし、怪我もする。
先生以外には、釣りのとき表彰されてた金髪王子が最前線でバッタバッタと魔物をなぎ倒しているのと、同じく表彰されてた青髪イケメンが魔法をバンバン撃って狩り漏らしの魔物や、補助を行ってた。
あとは………生徒たちはその二人だけだな。
「はぁぁっ!!」
俺は一番押されているゴブリンの群れのあたりに加勢する。
右のゴブリンを剣で切り、左のゴブリンを思いっきり蹴り飛ばす。
「君、ありがとう」
「ありがとう、助かる」
もともと戦ってた男の先生二人がそう言ってくれた。
服は所々破れ、顔には隠しきれない疲労の色が見える。
「お、俺がここやるんで!!先生方は一旦戻ってください!!!」
言いながらも、現れた少し大きめのゴブリンを退治する。
「すまん。そうさせてもらう」
「ヤバかったらすぐに言ってくれ。」
そう言い残して先生方は一時戦線を離脱した。
「ふぅ、じゃぁ本気出しますか!」
そう、俺が先生たちを戻したのは休ませるためもあるが、自分の本気を出すためなのだ。
ゴキゴキと腕を鳴らす。
これを使うのは久しぶりだから、念入りにストレッチする。あぁ、もちろん魔物は倒しながら。
「ふぅ、はじめっか!!!」
そうつぶやいて俺はゴブリンたちを蹂躙し始めた。
◇ ◇ ◇
sideフェルン
「オメェらも手伝うならあっちいけ!!数は多いが単体はE.Fそんくらいだオメェらでも倒せっだろ!!」
それを聞いたマッソくんが感謝を述べて走っていった。
「じゃぁ、僕も行きますか。」
僕も追うように森の方、魔物のもとへ向かう。
僕の力はマッソが言うように普通のときでは弱い。
でも、精霊の力を使えばかなり強いと自負している。
僕は混じり物だから風しか使えないが、それがかえって王の力には適していた。
レストくん相手に使った『僕に精霊のご加護を』は簡易的なものでその効果も薄い。僕は今回手加減とかそういうのはしない。
体のどっかに無理をさせることになるが、それも厭わない。
「我が
我、欲す
エルフに与えられし精霊王の力
我、願う
五色の糸を一つに
青はやさしい、赤は激しい、黃はかたい
白はあかるい、黒はくらい
五色の糸を縒り合わせたとき、色は混ざり
やがて、一つになる、緑になる
緑はすばやい
さぁ、我に力を与え給え
緑の、風の、嵐の、波の、風吹の力を
我、天地唯一の
エルフの王なり
ーー紡がれたまるで詩のような言葉に反応し、
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