全力さんと海

伊集院アケミ

プロローグ「ユキの夢」

 月が出てからしばらく経ったが、全力さんは眠り続けていた。


 夢の中で、全力さんは黄色く輝く砂浜にいた。夜明け前の薄暗い浜に、まだ猫だった頃の全力さんが下りてくる。その後ろに、全力さんそっくりの三毛猫が更に続いた。全力さんは、舳先に顎を乗せてそれを見ていた。


 船は晩の陸風の中で停泊して、全力さんは幸せな気分で、三毛猫たちがわんさか現れるのを笑いながら見ていた。


「あれは、全力さん爆弾よ」

 

 ヴァルダを少し優しくしたような顔の、不思議な制服を着た少女がいつの間にか傍に立っていて、全力さんにそう言った。


「全力さん爆弾?」

「そう。全力さん爆弾。星条旗を見ると突っ込んでいってね。自爆するの」

「なして、そげなモノ作ったん?」

「日本はこれから戦争になるから。ヴァルダもひーちゃんも、剣乃も土佐波も徒呂月も、皆その戦争に巻き込まれるわ」


 徒呂月というのは知らなかったが、後は皆、全力さんがこの世界に飛ばされる前の友だちだった。全力さんが、まだデブの三毛猫だった頃の。


「戦争は嫌やなあ……。戦争になったら、ご飯が食べられなくなるんやろ?」

「大丈夫。全力さん爆弾がこの国を守るの。アナタは英雄として皆に称えられるようになるのよ」

 

 英雄とかそういうのはどうでもいいから、もう一度猫に戻って、『死者の書のしもべ』に帰りたいと全力さんは思った。


「もう一度、お腹いっぱいご飯が食べたいなあ。人間はもうこりごりや。生きとるだけでも一苦労やからな」

「そう?」

「うん。鳥よりは、ちいとマシなだけや。ヴァルダにこき使われても、猫の方がええ。ひーちゃんは優しいしな」

「アケミの事はいいの?」

「アケミは大丈夫や。もう一人で何でもやれる。わしみたいなオワコンが傍におったら、却ってよくない」


 全力さんがそういうと、制服を着た少女は微かに微笑んでいった。



「大丈夫、帰れるわ」

「ホンマに?」

「帰ってくれないと、私も困るの。だからあの魚を打ち倒しなさい」

「魚ってなんやっけ?」

「その時になれば、きっと思い出すわ。私の名前はユキ。元の世界に戻れたら、きっとまた会いましょう」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る