第27話 喧嘩するほど仲が良い③

 リッチ

 死霊アンデット系では上位に君臨するモンスターで、死霊術ネクロマンシーに長けた魔術師が、自らを魔道に堕した存在である。

 驚異的なのはその魔術の冴えもさることながら、多くの死霊系モンスターを使役している、と言う点につきるだろう。

 確かに現状の「小烏丸」がどの程度使えるかを知るには、丁度良い相手かもしれない。

 が、仮にも「死の王ノーライフキング」の異名を持つ相手だ。迂闊にゲーム気分で挑もうものなら、どんなしっぺ返しを喰らうか分かった物では無い。


「……ダメだな」

「何だとぉ?」


 ダルゴが鼻白むが、構った事では無い。


「リスクとリターンが見合わねぇ。この刀の威力を確かめる。そいつはいいぜ? だが、その見返りは何だ。ただ『武装の効果がありました』だけじゃ割りに合わねぇよ」


 そう言って、少し冷めつつあるシチューを口に運ぶ。話はこれで終わりだと言わんばかりに。

 だが、ダルゴは尚も食い下がってきた。


「いや、カナン文明の遺跡だぜ? どんなお宝が手に入るか。それ程見返りが期待できるってぇのに、何が不満なんだよ、兄弟きょうでぇ」

「誰が兄弟だコラ。都合の良いこと言ってんじゃねぇ」


 事ここに至って、鈍いみつるにもダルゴの腹が読めてきた。


「生憎と金も名誉も間に合ってるんでな。興味ねぇよ」


 今度は子羊のソテーを食いちぎりながら最後通告を叩き付けた。


「なんでぇ、オンリョウは相手すんのに、その格下のリッチは相手出来ねぇっつーのかよ。第一よ、金も名誉にも興味なしでオンリョウ相手するほうが理解できねぇ」


 その言葉に、光はカチンときた。


「金や名誉なんて物より大切なもんが有るの。俺には」

「何だよ。金や名誉より大切なモンって」

「恥ずかしいから、言わねぇ」


 それにだ、と光は言葉を繋いだ。


「まずその遺跡が『誰も攻略されて無かったら』話だろ? お前が言ってるのは」

「そ、そりゃ……んでもリッチはまだ遺跡の中にこもってて」

「こもっているだけで、周囲に害でも出てんのか? どうせねぇんだろ。被害が出ているなら、国なり神殿なりが動いてなきゃおかしいし、そういう話は聞いた事もねぇ」

「う……そ、そりゃぁほら。まだ見つかって日も浅くてだな」


 しどろもどろになりながらも、ダルゴはなんとか光を説得しようと躍起になっていた。

 何がそこまでさせるのか、興味は湧いたが断ることに変わりが無い。安易にリスクはおかせないのだ。


 と、そこまで話を聞いていた真琴が、奇妙な事に援護射撃をしてきた。


「まぁ腕試しには良いんじゃ無い?」

「真琴、お前な。今日出会ったばかりの、それも俺を殺そうとになった奴の言うこと迂闊に飲み込むんじゃねぇよ。俺達は黄金龍を助ける・・・って、大事な仕事が有るんだからな」


 だが、真琴は深く頷き光の事を肯定しつつも、今度はダルゴに向かってこう言った。


「ダルゴ君。先輩に損得で訴えかけても無理だよ、この人基本的に情で動く人だから」


 ねぇ? と今度はなぜかエルレインに向かってニコニコと話しかけている。

 そしてエルレインと言えば、顔を真っ赤にしてモジモジしていた。


「あ、あノ……少シいいデスか? 実はワケアリます」

理由わけ? なんだよそれ。聞くだけなら聞くけど」


 我ながら憎まれ役だなと思いつつ、エルレインの様子が気になったので、少し本腰を入れて聞くことにする。


「それデモいいデス。ワタシとダルゴ、ケコンするタメには、二人でソノ遺跡探索する条件でした」


 光は一瞬キョトンとして「はぁ!?」と間抜けな声を上げてしまった。


「あんたらが結婚する条件に、なんでそんな物騒なもんがついてんだ?」

「実は、ダルゴ。ヌゥーザの一族ノ出身なンデス」


 それを聞いて、光の記憶に引っかかる物があった。確か──


「ヌゥーザの一族って、エルフ嫌いで有名だって聞いたけど?」

「ハイ。でモ、ワタシとダルゴ、愛しアテいマス。なンとかお義父サン達に認メテ欲しいデス。だかラ、力貸しテ下さイとダルゴ頼んでルです」


 そこまで聞いて、光の中でダルゴを見る目が少し変わった。

 惚れた女のためねぇ。嫌いじゃないが。


「なぁ、頼むよ、オイラとエル……エルレインが一緒になるため、力を貸してくんねぇか。この通りっ!」


 それまでの不遜な態度を吹き飛ばすかのように、真摯に頭を下げてくる。


「礼ならするっ。成功したら、親父やじいちゃんに頼んでお前の剣、鍛え直してやる! それは約束するっ! 俺の利き手にかけても!!」


 どういう意味だ? と光が首を傾げていると、エルレインが説明してくれた。


「ドワーフ族、利き手、とてモとてモ大事。ソレかける。命かける意味、同じデス」


 今ひとつ分かりにくいが、職人と名高いドワーフ族にとって、利き腕を失うことは自分が思う以上に辛く苦しい事なのだろう、と解釈する。


「……決意の程は分かった」

「じゃぁ!!」

「一晩考えさせてくれ」


 そう言って、ダルゴをがっかりさせたが、こちらにも色々と都合がある。

 第一あの陰気臭い監視者、ザクールからどんな嫌味を言われるか、分かった物では無い。


 そんな事を考えながら、結局この話に乗る決意をしている事に、光自身気付いていなかった。



※※※※※※



「……正気ですか。あなた方は」


 その夜ダルゴ達の一件を説明し、それを受けることにした、とザクールに報告したところ、開口一番言われてしまったのがこの台詞である。

 ただ、言っても聞かないお人好しと認識はされているようで、それ以上の嫌味は飛んで来なかったが。

 しかし、条件を付けられた。


「……遺跡に入って二日、待ちます。……それ以上経っても帰って来なかった場合、その件は失敗し死亡したと考えさせていただきます」


「いいですね?」と念を押された様に言われては、こちらとしては「はいそうですか、ご勝手に」としか憎まれ口を返すほか無い。


「……取り敢えず、今日はお休みになっては? 一晩休めばまた頭も正常に働くかもしれませんしね」


「では」と、それだけ言いたい放題言って、

ザクールは己の部屋へと向かっていった。


「んじゃ、俺達も寝るか」

「そだね。あたしも疲れちゃった」


 多分野盗騒ぎで一番活躍したのが真琴だろう。

 なにせ大勢の怪我人を治療してまわり、戦闘にも参加しているのだから。

 それに慣れない馬上移動で「お尻が痛い」とこぼしていたし。

 今夜はゆっくり休ませてやりたかった。


 だが


「それでは」と宿の者が案内してくれた部屋。ここで問題が発生した。


「……ベッド、大きいね」

「そうだな」

「一つしか、無いね」

「そうだ、な」


 まさか一緒に寝ろとっ!?


 二人の胸に去来したのは、「ザクールの野郎、いらん気を利かせやがって!?」という恥ずかしさと怒りに満ちたものだった。


 が、真琴はあっさりため息ついて「しょうが無いなぁ」と言いつつ、スマフォを操作し、装備どころか、衣類まで解除してさっさと布団に潜り込む。

 そしておいでおいでとばかり、手を振ってきた。

 戸惑っていたら。


「なにさ、一緒に寝るの初めてじゃないでしょ?」


 確かに、この世界に来てから初めての夜に二人は一緒のベッドに寝た。

 だがその夜、光は一睡も出来なかったのだ。色気のある話ならまだしも、真琴はぐっすり寝てたし、光としては生殺し状態だったのである。

 正直、今夜狼にならないという保証は無い。


「えーあー……い、良いんだな?」

「なにさ、意気地無し」


 ボソッと呟いた真琴の言葉は、あいにく光の耳に届いていなかった。


「え? 何だよ」

「何でも無いっ! お休みっ!!」


 言うなり背を向けると、真琴はたちまちのうちに寝息を立て始めた。


「寝るの、早っ!?」


 内心驚きを隠せない光だったが、そういえば初めての夜もこんな感じだったので、妙に納得してしまっていた。

 それにしても、よくも年頃の男の前で肌も露わに眠れるもんだと、むしろ感心すらしてしまう。

 ──まさか本気で誘っているんじゃねえだろうな? そんな事をついつい思ってしまう光であった。

 とは言え、安易に抱くという選択肢はあいにく持ち合わせていない。


 結局その夜は悶々としてしまい、妙に悩ましい夢まで見る始末である。

 その結果、朝一番にこっそりと下着を洗いに行ったのは誰にも言えない、恥ずかしい思い出となったのだった。



※※※※※※



「先輩夕べはよく眠れた?」

「あーあ、よく眠れました。おかげで良い夢も見れたしよ、畜生」

「なにさ、言いたいこと有るなら、はっきり言えば良いじゃ無い」


 誰のせいだと思ってやがる。


 内心ブツクサと文句を垂れながら、光はスマフォで衣類を手早く装着する。

 相変わらず女性服のような意匠だが、黒を基調に引き締まった印象の服だ。少しでも慣れておかないと、恥ずかしさでどうにかなりそうだったので抵抗の少ないコーデをセッティングしておいたのである。


 一方、真琴はといえば。


「うーん。今日のコーデはどれにしよっかなぁ」


 と下着姿でスマフォ片手に悩んでいる。


「真琴……お前さ、取り敢えず恥じらいって言葉を勉強しようか。な?」

「あたしと先輩の仲でなにを今更」


 本気で襲ったろか、この女。


 なんだか男として見られてない気がして、朝から憂鬱な気分になる光であった。




「それで、返事は?」

「やったろうじゃねぇの」


 朝食後、ダルゴの問いにやけくそ気味に答えたが、それなりに考えての事だった。

 ヌゥーザの一族へのコネ。

 小烏丸の威力確認。

 なにより種族を越えて愛し合う二人のために。


 その点に関しては最後の一点を除き、ザクールの賛同も得ている。


 敵はリッチ

 またの名を「死の王」


「相手にとって不足はねぇ」


 光は静かに闘志を燃やすのであった。

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