妹と活字と関係性

ひかり? この前貸した本返してくれないか?」


 俺は妹の光の名前を呼んでそう頼む、コイツが俺から本を借りるようになって結構経つ。


「はーい、確かこの前のは……『心霊電流』でしたっけ?」


「ああ、それだ」


 何故コイツが俺のチョイスするホラー系からライトノベル、文学までいろいろ選ぶのかは分からないが、本は読むためのものなので俺も遠慮なく貸す。


「これ、なんで原題がRevivalなのに邦題がこれなんですかね? 普通に『復活』でいいのでは?」


 意外と読み込んではいるらしい、原題まであたるか……


「まあハムナプトラだって原題を直訳した『ミイラ』になるし、そもそも3になるとハムナプトラまったく関係ないし、謎邦題は割とよくあるぞ」


 余談だが最近の原題を直接カタカナにした味気ないタイトルはあまり好きではない。


「そんなタイトルだったんですか……お兄ちゃんのお勧めを一冊貸してください!」


 元気よく俺に頼む光に何を貸すか少し悩んでから二冊の本を渡した。


「シャイニング?」


「ああ、割と最近ドクター・スリープが映画化されたしな、前日譚を読んでおくのも悪くないだろ」


「ちなみに私の名前が光だからこれを貸したんですか?」


「まあぶっちゃけそれもある……」


 『かがやき』とせずシャイニングというタイトルにしているが、その辺はしょうがないだろう。刑務所のリタヘイワースシヨーシヤンクの方が有名だが個人的にこちらの方をお勧めしておきたい、光だけにシャイニングを読んでおくのも話の種くらいにはなるだろう。


「ところでさあ?」


「なんですか?」


 俺は少し前から疑問だったことを訊いてみる。


「お前本とか興味なさそうだったのに何で俺から借りるんだ? 買った方が納得いくぞ?」


 自分で買えばハズレを引いても自分の責任で済んでしまうのでそっちの方が気が楽じゃないだろうか?


「お兄ちゃんの考えを知りたいから……ですかね?」


「?」


 なんだその理由は? 俺の考えって一体なんだろう?


「いえ、興味があるだけですよ。ところでお兄ちゃん、私も一つ訊きたいんですが……」


「なんだ?」


 光は誰もが疑問に思ったかもしれないことを俺に訊いた。


「なんでお兄ちゃんは私に感想を聞かないんですか? お兄ちゃんが選んだ本なんですから話題にしたくないんですか?」


「あー……それな……」


「なんでですか?」


 俺はシンプルな理由から感想を求めていなかったので答えは決まっている。


「人の感想にケチを付けるような真似はしないよ、面白いもつまらないも立派な感想だし、それについて神学論争みたいなことはしたくない」


 光とわざわざ険悪になる必要はないし、感想は個人の自由だと思う。だから俺は何をかしても、それについて訊くことはない。


「個人的にはお兄ちゃんとの話題が欲しいんですけどね……」


「話題なんて本である必要はないだろう? あと、自分からお前と喧嘩したくないしな」


 光は少し考えてから答えた。


「じゃあ今日もお兄ちゃんのお勧めをお願いしますね!」


 俺は部屋に戻ってシャイニングを本棚からとりだし光に持っていく。


 光は俺の持っていった上下巻を愛しそうに抱きしめながら部屋に戻っていった。アイツが何を考えているのかは分からないが、…………少し距離が縮んだ気はするな。


 昔ほどの緊張感は漂っていない、昔はそれなりに喧嘩もしたものだが、お互い引くところを覚えたので喧嘩になることはまずなくなっていた。


 ――


「お兄ちゃん! お兄ちゃんの本!」


 私はベッドの上でお兄ちゃんの本を抱きしめる。残念ながらお兄ちゃんに借りた本に妹モノはありませんでした。あまり需要のないジャンルなのでしょうか? できればお兄ちゃんがこっそり持っていることを祈るばかりです。


 私は本を開いて登場人物一覧を探します、結構表紙付近にあったりするので、そこから妹キャラが出るかどうかを調べることにしています。


 『シャイニング』には……残念ながら妹は出てこないようですね……


 個人的にはお兄ちゃんに借りるならライトノベルが結構好きです、もちろん理由は妹キャラが大抵出てくるからです。


 しかし……しかしです! ライトノベルでは兄妹が恋人になって終了という作品がほとんど無いのです! 別に物語の中くらい兄妹が恋人になってもまったく問題は無いと思うのですが……


 活字を読み進めながらお兄ちゃんがこの本をどんな気持ちで読んだのかに思いを馳せます。


 お兄ちゃんは救いのない本はあまり好みではないと推測していたのでちゃんとハッピーエンドになったところまで読んで本を置きます。


「お兄ちゃんの趣味ってどんな感じの子が好きなんでしょうね……」


 そう考えると頭が渦を巻いてだんだん意識が消えていった。


 ――


「おーい、光? 学校遅れるぞ!」


 俺は光に声をかけて起こす。遅刻は良くないことだからな。


 しばらくしたからバタバタと光が部屋から飛び出してきた。


「お兄ちゃん! まだセーフですか?」


「ああ、また遅くまで読んでたんだろ? はやめに起こしたから朝ご飯を食べる時間もあるぞ」


 世話の焼ける妹だがなんだかんだ言って可愛いと思うので面倒を見てしまう。


 割と妹をダメにする兄だとは思うのだが、コイツは高校の成績は優秀で、風の噂で俺と同じ学校に通いたいという基準で受験をしたと聞いたことがある、噂話にしたって尾ひれがつきすぎだろう。


 朝食を食べて登校する、学校内でも隙あらば俺のところへやってくるので適当に付き合ってやることにしている。


「お兄ちゃん、昨日の本面白かったですよ!」


「そりゃ良かった、でも朝起きられる程度に夜更かしは控えろよ?」


「大丈夫ですよ!」


「なんでだよ、その謎の自信が怖いな……」


「だってお兄ちゃんが起こしてくれるじゃないですか! 今までも、これからも……ね!」


 コイツの発言の意図は不明だが満足はしているようなので良しとしよう。


「お兄ちゃん! 今度は私が本を貸してあげますからね!」


 そう言う光はとても楽しそうだったので、あまりにも眩しくその会話が続かないままに学校に着いてしまったのだった。


 ――


 その日の夜、夕方になってようやく帰ってきた光に大量の妹モノのライトノベルを渡され、俺のように甘くはなく、しっかりと読み込んで感想を聞かせてくれと頼まれたのだった。


 俺には妹を理解するにはあまりにも経験が足りないのだろうと思ったが、どこかで経験が不足していようとも『ずっと』妹と一緒にいられるならいつか理解できるだろうという考えが浮かびながら、俺は活字の流れに身を任せたのだった。

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