筋肉魔法教室
森野
第1話 退学と家出
「ライオネル、お前は今日で魔法学校を退学とする。別の目標を探しなさい」
夕食後、父の部屋に呼び出されていきなりこう言われた。
いや、いきなりじゃない。
ずっとわかってた。
今日言われただけだ。
「父さん」
僕が食い下がろうとしたらそれにかぶせて父が言う。
「いま何歳だ」
「……今日で十五歳」
さっきの夕食の場で祝われたばかりだった。
うちは世間から見て裕福な部類だ。食堂は一度に二十人も同時に食事がとれる広さがあり、大勢と会食することもある。
今日は家族だけ、両親、兄、姉と一緒だった。特製の料理とともに、十五歳を祝われたばかりだ。
だから、まだ平気なのかと思った。
そうじゃなかった。
最後の区切りだったのだ。
「ライオネル。お前は十五歳になって、どんな魔法が使えるようになった」
「……なにも」
「そうだ。グランデール家の人間として、この町を守る能力を持っていない人間はふさわしくない」
低い声が言う。
父の細い目が僕を見ていた。
体が冷えてくる。指先が冷たい。
ほとんどの住民が魔法に関わっているメジク町。
中心にあるグランデール魔法学校は、グランデール家の人間が代々校長をしている。
それが父、ディダー・グランデールだ。
メジクは魔力が集まる特殊な地形にできた町であり、魔力にひかれて様々な魔物がやってくると言われている。
魔物を撃退する魔法を、という求めに応じる形でグランデール魔法学校はできたとされている。
メジクの中心にいるのが、いや、いなければならないのが、グランデール家の人間だ。
そのグランデールの人間に、魔法をひとつも使えない、いや魔力すらない者がいるなんて許されない。
ライオネル・グランデール。
僕はその、許されない人間だった。
「……でも、でも僕は、一度だってなまけたことなんて、ない。ずっと努力してきた」
「だからこそだ」
父はため息をついた。
「お前は努力をしている。誰よりも。お前が七歳でグランデール魔法学校に入学して以来、他の誰よりも努力をしていた。当初、お前を笑う人間はすくなくなかった。だがいまや、ひとりもいない。ライオネル。お前はそういう存在だ」
「……」
「そういうお前が誰よりも努力をしている。それを全員が認めている。私はお前をほこりにすら思っているんだ」
「……、……だったら」
「お前の兄、ソートは今年十八歳で超級に入った。順調だ。性格に多少難はあるが、安心して今後を任せられる素質を感じる」
「兄さんに届かなければ意味がないんですか」
「いや」
「だったら!」
「お前は高い意識を持ち、質の高い環境が用意されている。なのに、いまだに一切の魔力を持たない。つまり」
「わが息子、ライオネル・グランデールよ。お前には『魔法の才能がない』」
ひざから力が抜けそうになるのを、必死でこらえた。
僕は、僕は……。
「お前の姿勢、ひたむきさは誰もが感心する。結果がでなくても、一貫して高い意欲、向上心。生徒、教師全員がお前を見てきた。お前の姿勢に文句を言う人間はいない。だからこそ、ここでお前に別の進路を与え、その努力が実を結ぶよう、方向を変えさせなければならない」
「あ……、ああ……」
「このままここで意味のないことを続けているのは、お前にとっても、またお前が新しく選ぶ道にとっても損失だ。だがライオネル。お前がきちんと努力を重ねれば、どんな困難だとしても乗り越えられるだろう……」
父はまだなにか言っている。
でもそれはまったく意味をなさない。
言葉として聞こえない。
音がどんどん頭をすり抜けていく。
やがて父は口をパクパクと動かしているだけに見えてくる。
なんで。
なんで僕だけが。
なんで、なんで。
きちんと魔法と向き合わない生活をしてる人たち。
僕よりはるかに効率よく魔法を覚えていく人たち。
兄はグランデールの名前で女の子をとっかえひっかえ遊んでいる。あふれる魔法の才能におぼれ、好きなときに好きなことをして生きている。それでも魔法使いとして一流になろうとしていた。
他の生徒だってそうだ。僕より魔法のことを考えている人なんていない。
一日中勉強をした、という話なんて、せいぜい一日の半分の時間を勉強にあてていたというだけだ。
でも僕はちがう。不眠不休で一日中勉強をしたときにしか使わない。言葉も態度もいい加減な、そんな人たち。魔法の努力をした、なんて言っていても、魔法使いとして生計を立てられるようにならなければ別の仕事を探そう、といった態度の人たち。
僕はちがう。
魔法だけだ。
魔法のことだけを考えている。
魔法だけを。
それこそがグランデール家にふさわしい態度なんだ!
僕だけが……!
ずっと!
魔法のことだけを!
僕だけが正しいんだ……!
「ライオネル。聞いているのか」
「……はい」
「それほど深刻になる必要はない。魔法学校にはいろいろな仕事の口もある。学校内にも事務だけでなくいろいろな仕事があるし、町、他の町でもいい。なんなら王都でも……」
「いままで、ありがとうございました」
僕は父に深く頭を下げた。
「ライオネル?」
僕は父に背を向け、部屋を出る。
「待ちなさい。ライオネル!」
廊下に出たら、自然に走り出していた。
部屋にもどって最低限の荷物とありったけのお金を持って、家を出た。
それから三十日くらい経ったころ。
見渡すかぎりの草原。
遠くに山。
たまに川。
僕は、ぼけーっ、と荷馬車にゆられていた。
ぼけーっ、と。
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