第80話 ちょっとした

 「起きて」


 優しい声。

 ゆさゆさと背中をゆすられる。

 

 どうやら起こされているらしい。


 だが、やる気は起きない。


 「ねえ。起きてってば。今日は一緒に行くって約束でしょ」




 ううん。


 このまま寝ててもいいじゃないか。




 どうせ自宅謹慎中だし。


 そういやいつまでだっけなぁ。

 事情があるとはいえ、流石に学園祭をまるごと乗っ取るのは、怒られたなぁ。

 みんなには申し訳ないと思っている。


 「がるるるるる…折角義妹が起こしても起きない…今日は久しぶりの登校日なのに…そんなお兄ちゃんには、こうだっ」


 かぷり。


 耳に噛みつかれる。

 噛みつかれるというより、甘噛みといったところか。


 「ぐぬぬぬぬ…これで…」


 意識は覚めているけど、なんだか楽しくなってきたので、このまま寝たふりをした。

 



 「あ…あれ?いつもならこれで起きるのに。ま、まさか…」


 数十秒後に、義妹は耳から口を離す。


 「円二に何かがあって、意識を失ってる?どうしよう…まさか脱獄した凜さんが毒を盛ったとか?鮎川先輩と原田先輩に連絡しなきゃ!」


 やれやれ。




 そろそろ、起きてやるか。


 「…おはよう。朝からずいぶんと騒がしいな」


 俺の顔を心配そうに見つめていた


 「え、円二!?いつから起きてたの?」


 「俺のことを心配し始めたあたりかな」


 「べ、別に心配なんてしてないし!ただ、今日は早く起きてもらわないと困るってだけだし…」


 「義妹は可愛いなあ」


 「もう…いつも私を心配させるんだから。早く朝の準備して」


 「そうしよう」


 


 いつもと変わらない結愛の姿が、そこにはあった。


 


 


 「もう、3月か。月日が経つのは早い」


 「あの事件からもう半年ちょっとだもんね」


 「こっぴどく絞られたけど、卒業式は何とか出られそうだ。みんなに感謝するしかない」


 7時53分。


 冬の肌寒さが少し残る中、結愛と手を繋いで学校へと向かう。


 いつもと変わらない平凡な風景。

 いつもと変わらない人の流れ。

 いつもと変わらない街並み。

 

 でも、この光景を見られるのも残り数日。


 「そういえば、進路は決めたの?」


 「ああ。とりあえずはアルバイトだ。アルバイトしながら1年勉強して、大学入学を目指す!目指すは東大!」


 「やれやれ。目標だけは大きいんだから」


 「親父も少しは学費を出してくれるそうだ。ま、合格すればだがな」


 俺は結愛と軽口を叩きながら、桜がうっすらと咲いてきた並木を眺め、これまでにあったことを思い返す。







 全ての因縁に決着がついたあの日、駆けつけた警察によって、高井と凛は逮捕された。


 2人とも重傷。

 だが、命に別状はなし。


 ーほげぇぇぇぇ…

 ーあ、あべべべべ…

 

 …なんで凛が生きてるんだって?

 俺に聞かないでくれ。

 おそらくその場にいた救急隊員も理解できなかっただろう。




 だが、あいつを振り下ろす時に確信があった。


 あいつはこんなことで死ぬタマじゃないってな。 

 何もかも信じられないやつだが、タフネスだけは信じられる。


 残りの人生は被害者への償いのために使ってもらおう。


 ーい、いでででで…!流石に、死ぬかも…

 ー円二!しっかりして!

 ー円二さーん!?み、みんなで心臓マッサージするよ!原田さんも!

 ー分かった!円二くん!少し我慢しててね!

 ーちょ、ちょっと?今の俺に心臓マッサージは…ぎゃああああああっ!


 当日の俺の記憶はここまで。


 満身創痍のまま気を失った状態で院送りとなり、その後警察の捜査官に根掘り葉掘り尋問を受ける身に。

 小学生からの凛の悪行をなるべくかいつまんで話したが、全てを話し終えるまでに数日かかった。


 千恵美の事件に関しても証言したところ、警察関係者は驚愕。

 日本の犯罪史を揺るがす事件として、大規模な捜査が進行中だ。


 その後、腕の治療とリハビリを終えた俺は無事退院し、学校に復帰。

 …したかったのだが、学校からはしばらく自宅謹慎を命じられた。


 事情はどうあれ、学生の大事なイベントである学園祭を妨害したことについて、責任を取れというわけだ。


 俺は自宅謹慎を受諾。


 最後の学園祭に出れなかったのは残念だが、不義理を起こしたのは自分だし、仕方ないだろう。


 2度もトラブルを引き起こした札付きのワルとして生きるしかない。




 そのまま3月まで謹慎となり現在に至る。

 今日から学校に数日学校に通った後、卒業式となる。


 





 気がつけばあっという間だった。


 苦しいこともたくさんあったけど、結愛と出逢うことができた。

 結愛と笑って、泣いて、多くの時間を共有した。

 一生付き合える多くの友人も得られた。

 

 自分なりに、実りある学園生活だったと思いたい。

 



 「おーーーーーい!!!円二さーーーーん!!!おっはよーーーーー!!!」


 思い出にふけっていると、美也がやってくるのが見えた。

 相変わらずポニーテールをなびかせ、大きな胸を揺らしながら、元気いっぱいである。


 「円二くんおはよう!今日は何して遊ぶ?」


 千恵美もやってきた。


 ボーイッシュだった彼女も、だいぶ大人びた女性になっている。

 それでも、スポーツが大好きなのはずっと変わらない。




 この後ちょっとした修羅場が起きるのだが、俺はまだ知らないのであった。



  ****



  相変わらず癖の強い作品ですが、もし気に入れば応援や☆、フォローを頂けると嬉しいです!遅ればせながら第7回カクヨムWeb小説コンテストにも応募いたします。


 新たに「☆1000で電子書籍化」という目標を掲げることにしました!今後もコンスタントに更新しますので、よろしくお願いします!

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