第12話 ぐちゃぐちゃなんだ

 「えんじぃ…だっこしてぇ…」


 「大丈夫か?」


 「えんじがそばにいればぁ…だいじょうぶだよ?」


 「いや、そうじゃなくてだな…一度部屋に戻ってー」


 「やだぁ…!えんじとずっといっしょにいるのぉ…」


 俺は乱れてしまった結愛を眺めながら途方に暮れる。

 暑がりで比較的動きやすい服を好む結愛は、黒の薄いキャミソールとショートパンツしか身につけていない。


 ーあ。あたしシャワーしか浴びないから!

 ーシャワーだけ…?

 ーうん。嫌いなの、お風呂。


 帰宅してさっさとシャワーを浴び、その後は朝まで薄手の服で過ごすのが彼女の流儀だった。

 

 「ふぅん…ううん…だっこ、してぇ…」


 上目遣いでこちらを見つめながら悩ましい吐息を漏らし、テーブルに突っ伏しながら、発育途上の薄い胸元をチラチラとのぞかせている。


 (どうしてこうなった!?)


 俺はこれまでにあったことを思い返した。



 ****


 

 約2時間前。


 「丸山円二18歳の誕生日を祝して~~~?」


 「「かんぱーい!」」


 俺は自室から呼び出され、食卓が賑やかになっている。


 ケチャップで『おめでとう』とぎこちなく文字が描かれたオムライス。

 ジャガイモのつぶし方がちょっぴり甘いが、おしゃれに盛りつけられたポテトサラダ。

 表面がちょっぴり焦げたローストチキン。

 やや崩れているハート型のチョコレート。


 天井や壁にはささやかながら風船や飾り付けがされていた。

  

 拙いところはあっても、彼女の真心を確かに感じる。


 驚きと喜びを感じながら、結愛にシャンパン…ではなくシャンメリーを注いだ。


 「ありがとう。でも、こんなに手の込んだ料理を作るのは大変だったんじゃないか?」


 「鮎川さんや明智さんにも、お兄ちゃんがいない間に試食とかしてもらったの。失敗もあったりして大変だったけど…楽しかった」


 「俺も呼んでくれれば喜んで手伝ったのに」


 「それじゃあ意味ないでしょ」


 やれやれと肩をすくめつつもはにかんだ笑顔を浮かべる結愛を見て、2人で共同生活を始めたばかりの時を思い出す。


 ーいいか。生卵は角でコツンと割るんだぞ。

 ーこ、こう?

 ーちょっと弱すぎるな。

 ーじゃあ、えいっ!あれ?

 ー…割れて中身がこぼれたら失敗だ。

 

 当初は、いわゆる一般常識というものを教えるのに時間をかけた。


 親父さんと詠美さんがいた頃はまだ誤魔化せていたが、結愛はいわゆる『普通の生活』に疎い。学生なら誰もが持ってるスマートフォンも、この家に来てはじめて手に入れた。


 口には言えない苦労があったのだろう。家に来た当初は、自分の部屋で声を押し殺して泣いていた時もあった。


 だから、今の自分らしく振る舞う結愛の姿を見れるのが嬉しい。


 「あたし…た、誕生日とかこの家に来るまで祝ってもらったことないからさ。ちょっと出来が悪くても、許してとは言わないけど…手心を加えていただけばなと…」


 「妹の料理、忖度なしで食べさせてもらう!」


 「ちょ、ちょっとは忖度しなさい!」


 意を決してオムライスをスプーンですくい、口に運ぶ。


 「…うまい」


 「本当!?」


 「ああ。なんだか心もぽかぽかする」


 「じゃあ、あたしも…う~~~ん!我ながらおいしい」


 「俺もついに引退する時が来たか。この家の料理は頼んだぞ」


 「毎日作るのは無理!」


 お互い、食べたいものを我慢したりはしない性分である。




 料理は次々と2人の口に運ばれていき、みるみる減っていく。


 俺は家の中であったこと(といっても大した話題はないが)やこれまでの思い出を結愛に話し、結愛は学校であったことを俺に話した。


 他愛もなく、驚きもなく、淡々と過ぎていく時間。




 だが、とても暖かかった。



 



 「このシャンメリーってジュース美味しい!」


 「そうか?まあ、あまり飲まないから珍しいかもしれないが」


 「じゃあ、あたしがもうちょっと飲んじゃおっかな〜ちょっと買いすぎてまだ残ってるし」






 …え?

 これが原因?

 アルコール度数1%未満なんだが…



 「ねぇ」

 

 結愛が再び口を開き、俺は我に帰った。テーブルで顔を隠しており表情は見えない。

 

 「…てって」


 「ん?」


 「連れてって」

 

 一度深呼吸した後、結愛はぽつりと呟いた。




 「お風呂…連れてって」 






 「…だっこで」

 


 ****



 「気分が悪いのか?」


 「ううん…ぼーっとするだけ…」


 俺は結愛と一緒に風呂場に向かった。 

 折れてしまうのではと思うほど華奢な、結愛の腰と背中を抱えて。


 「おひめさまだっこされるのって、くすぐったいけど、あんしんする…」

 

 すっかり大人しくなった義妹は、手のひらを軽く握り、目を閉じて安らかな表情を浮かべている。

 俺の掌にはぽかぽかとして体温が伝わり、彼女が生きている人間であることを教えてくれた。


 その余りに無垢な姿に、少し心が痛む。


 「さ、着いたぞ。立てるか?」


 脱衣所でそっと壁際に結愛を降ろした。 


 「うん…」


 焦点があっていない目で結愛はこちらを見つめた。何かにすがるような、訴えかけるような、そんな目だ。


 「…着替えるのも無理そうか?ならー」

 

 「1つ聞いて、いい?」


 「…俺に答えられるなら」


 ずっと抱えていたであろう想いを口にする。






 「あたしとエッチなことは…もうしたくない?」


 「…!」


 「責めてるんじゃないの。円二の気持ちを聞きたいだけ」


 「…」


 「言いたくないなら、いいよ…忘れて…」




 嘘だ。

 そんな泣きそうな顔をして、鼻をすすって、体を震わせて。




 (誤魔化せるわけないじゃないか…)


 家から出て行こうとした時もそうだった。


 どれだけ理不尽な目にあっても、結愛は全て自分のものとして受け入れる。悲しくて泣く時もいつも1人きりだ。

 

 それが自分の運命だと言わんばかりに。


 「俺は…」


 喉がカラカラで、舌も上手く動かない。

 なんとか口を動かして、答えた。



 

 「あの事件の時から、何が正しくて、何が正しいのか、分からなくなった…今後どうすべきかも、結愛に対してどう接するべきなのかも…頭の中がぐちゃぐちゃなんだ…」



 ****


 本日は21~23時にかけて3話連続で更新します!話のクライマックスなので、一気に読んでいただけると幸いです。例の人もちょっとだけ出ます。


 相変わらず癖の強い作品ですが、もし気に入れば応援や☆、フォローを頂けると嬉しいです!遅ればせながら第7回カクヨムWeb小説コンテストにも応募いたします。


 ☆500達成でイラスト化企画を立ち上げますので、よろしくお願いしますm(__)m

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