悪役令嬢に転生してしまいましたが、撲殺エンド回避のためならヒロインと手を組むことも厭いません!え、変身しないと避けられないんですか!?

佐々木尽左

悪い子は浄化よ!

 王城を中心に街が広がる王都の夜は盛り場のような例外を除いて寝静まっていた。


 なのに、貧民街へと続く寂れた路地裏を身なりの良い少年が走っていく。四肢を包む上質な袖や裾は既に薄汚れていた。


 月明かりがほとんど届かない路地裏は薄暗く視界が悪い。不幸にも少年は地面の小さな穴に足を引っかけて、走る勢いそのままに路地裏を盛大に転げ回った。


 四つん這いになったまま荒い息を繰り返す少年が呻く。


「くそ、なんで、ぼくが、こんな目に」


 怒りと悲しみにまみれた声が震えたが、荒い呼吸に阻まれて言葉が続かない。


 混乱した少年が再び立ち上がろうとしたとき、体中が粟立つ。振り向いてはいけないと思いつつ、信じてもいない神に祈りながら振り向いた。


 少し離れた壁の上に桃色の豊かな髪を肩で揃えた少女が立っている。かわいらしいフリルの付いたピンクの衣装に顔の上半分を隠す仮面を付けていた。右手にはメタリックに輝く金属製の長い杖を握っており、その先端部はハート型になっている。


「ひっ!」


 腰を抜かした少年は地面に座り込んだまま後退あとずさろうとした。


 恐怖に満ちた少年の視線の先でかわいらしい少女が笑顔を浮かべている。しかし、大きな三日月の光を浴びたその姿は妖しく見えた。


 その少女が震える少年に向かって楽しそうな笑みを浮かべながら決めのポーズをとる。


「学園にはびこる悪を懲らしめるため、仮面令嬢ルナ参上!」


「お前、誰に刃向かっているのかわかっているのか!? ぼくはタンドリー男爵家の長男だぞ! 貴族に手を出したら平民なんてみんな死刑って知ってるだろ!」


 身分制度をよりどころに思いとどまらせようと少年は叫んだ。


 うろたえる相手を気にする様子もなく、ルナは壁の上から地面へ降り立った。桃色の豊かな髪と衣装のフリルが柔らかく揺れる。


「あんたが誰だかなんて関係ないわ。悪い子はこの裁きの杖でみんな浄化するだけよ!」


「死んじゃうだろ、そんなの!」


 少年が指差す杖の先端部にあるハートは中央部が赤で外周部は煌びやかな金細工だ。一方、杖の部分は白銀である。


 その見るからに怪しい杖でルナが仲間二人を撲殺したところを少年は先程見ていた。


 まるでお花畑を散歩するかのような足取りで近づいてくるルナに向かって少年が喚く。


「く、来るな! ばけものぉ!」


「そんなに怖がらなくても大丈夫! すぐに改心させてあげるから!」


 叫ぶ少年の前で立ち止まったルナは裁きの杖を横殴りに振り抜いた。ハートの部分が少年の左側頭部にめり込み、そのまま体ごと頭から石造りの壁に激突する。


 鈍い音を立て壁にぶつかった少年の体はそのまま地面へと崩れ落ちた。頭部は側面が陥没しており、穴からは血とそれ以外の物が噴き出している。


 惨劇の場を作り出したルナは、しかしまったく動じていない。相変わらず笑顔のままで裁きの杖のハートの部分を少年の頭部へかざす。


「さぁ、良い子になろうね!」


 ハートの部分から淡く赤い輝きが発せられると、まるで時間を巻き戻すかのように潰れた少年の頭部が快癒していった。


 傷が全快した少年は目を覚まし、呆然としたまま起き上がると目の前のルナに気付く。


「ここは、一体?」


「貧民街に近い場所よ。夜の街をさまよっていたから、あたしが保護してあげたの!」


「夜の街? ああ、そうだ思い出した!」


 仲間二人と一緒に盛り場で酒と女を楽しもうとしていたことを少年は思い出した。


「ぼくはなんて悪いことをしていたんだ! はっ、そうだ。他の二人は?」


「お友達は二人とも既に改心しているわ。あなたと同じようにね」


「ありがとう。明日から早寝早起き、勉強もしないと!」


 立ち上がった少年は嬉しそうにしゃべっていた。浄化前と比べると嘘のように晴れやかな顔つきだ。


 その様子を見ていたルナは満足そうな笑みを浮かべた。

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