第1話 部署変更

私の仕えるお嬢様はとんでもない傑物だ。


眉目秀麗

一騎当千

金声玉振

古今独歩

才気煥発

絶世独立

英俊豪傑

海内無双

言笑自若

羞花閉月


彼女を称える言葉を並べ立てれば限が無い程に。

そんなお嬢様にメイドとして仕えられて、私は幸せ者である。


と言うのは建前だ。


正直私は4年間もの血も滲む努力で、今や国内に3人しかいない大賢者の称号を受けていた。

そんな私の就職先は引く手数多と言っていい。

確かにミャウハーゼン家は王家とも深い繋がりのある大貴族ではあるが、流石に大賢者の称号を持つ私が一メイドとして働くのは正直どうかと思っている。


もちろん、メイドの仕事を馬鹿にする積もりはない。

自分でやってみてその大変さは身に沁みてはいる。


でも、ねぇ。

流石に大賢者様がやる仕事では無いと思うんだ。

だって大賢者だよ?

おっきな研究室で、徒弟に偉そうに“ウム”とか言ってそうな雰囲気じゃない?

大賢者って。


まあ何が言いたいかと言うと。

折角才能が有るんだし。

適材適所としてメイドでは無く。

何かこう偉そうに踏ん反り返れる仕事がしたいなー等と、不埒な考えがあったり無かったりする訳よ。


そんな事を考えていると、背後から冷たい言葉が私の胸に突き刺さった。


「手が止まってるぞ、無いチチ。もっと真面目に働け」


私は心を落ち着けるべく、素数を数えつつ大きく深呼吸する。

そのまま振り返ると、怒りで相手の顔面にグーパンしてしまいそうだったから。


「申し訳ありません。執事長」


言って頭を下げる。

ムカつく奴だが相手は上役。

しかも手が止まっていたのは事実なので、セクハラ発言があったとはいえそこは我慢してきちんと謝罪しておかなければならない。


「ふん、大賢者の称号を持っているからと言って調子に乗るなよ。ここで働く以上、お前は只のメイドでしかないのだからな。その事はしっかりと胸に刻みつけておけ」


彼は私の事を毛嫌いしていて、何かにつけてお小言や嫌味を言いに来る。

きっと、若くして大賢者にまで登り詰めた私の事が気に入らないのだろう。

いい歳して嫉妬とか、ほんっとみっともない男だ。


「もちろん心得ています」


私はこの仕事を止めたくて仕方がない。

その最大の理由がこの男だ。


そんなに私が嫌いなら、さっさと首にしてくれると有難いのだが。


だが幾ら執事長とは言え、お嬢様肝いりの私をそう簡単に首には出来ない。

余程致命的なミスでもしない限りは。

だから彼は嫌がらせをして、私を自主的に辞めさせようとしているのだろう。


更に彼の小言は続く。

もちろん話など真面に聞いていない。

今の私はイエスを繰り返すだけの、ただの自動人形と化している。


案山子に説法とは正にこの事。

お互いに時間の無駄でしかない。


私は心の中で早くどっかいけと願いながら、適当に相槌を打って返事を返し続けた。


「分かったか?」


「はい」


「分かればいい。ならさっさと仕事に戻れ!」


「はい」


一通り小言を言い終えて満足したのか、彼は力強く声を張り上げて言葉を締め括り。そのまま私の横をすり抜け去っていく。


やっと終わってくれた。

時計に目をやると15分も針が進んでいる。

本当に暇な奴だ。


作業に戻る振りをして、その場を足早に去っていく執事長の小さな背中が消えるのを見送った。


完全に気配が消えた所で私は大きく溜息を吐く。

以前去ったと思って油断して痛い目を見た事があるのだ。

私はそれ以来、細心の注意を払うようにしている。


「まったく。早く天寿を全うしてくれればいいのに」


「それは難しいわね」


「うひゃぁ!?」


急に背後から声をかけられ、思わず変な叫びと共に私はその場を飛びのいた。

振り返り、不意に声をかけてきた相手に抗議の声を上げる。


「お嬢様!気配を消して近づくのは止めてください!心臓に悪いんですから!」


執事長を警戒して神経を張り巡らしていたにも関わらず、お嬢様は容易く私の背後を取って来る。その見事すぎる隠形には、いつも驚かせられてばかりだ。


「だって貴方、凄く良い反応をするんですもの」


私の抗議に彼女は楽し気に微笑み、理由にならない理由を口にする。

余りの理不尽に思わず私は閉口してしまった。


でも許す!

許すしかない!


お嬢様の微笑み。

その眩しすぎる、美しくも屈託ない笑顔。

そんな物を見せられたら、何もかも許せてしまうから困る。


彼女の名はティア・ミャウハーゼン。

ミャウハーゼンの家の御令嬢様であり、私の仕えるべき主だ。


黄金に輝く神秘的な瞳と長い髪――比喩表現では無く、本当に淡く輝いている様に見える――整った顔立ちに桜色に膨らんだ愛らしい唇。

その美しさは庭に咲き誇る薔薇さえも恥じ入らせ。

美の女神の贔屓、ここに極まれりといった造形を誇っていた。


更には細く引き締まった腰に、大きな胸……

手足もすらりと長くスタイルも抜群となれば、女の私でも思わず見惚れてしまう程だ。


神様と言うのは本当に不公平だった。

自分の垂直に切り立った絶壁をみて、心の底からそう思う。


……まあこの際私の事はどうでもいい。


更にお嬢様は見た目だけではない。

彼女は何をやらせても完ぺきにこなし、当然の様に大賢者の称号も得ていた。

正に才色兼備の権化と言っていい完璧超人だ。


「ふふ、ペイルに絞られたみたいね」


「ええ、目の敵にされて困ってるんです」


「それだけ貴方に期待しているのよ」


期待?

自主退職でも期待しているのかな?


残念ながら、私は自分からこの仕事を辞めるつもりはない。

お嬢様には拾って頂いた恩があるもの。

仕事や上司に難はあるが、恩義には全力で答えるつもりでいる。

こう見え私は義理堅いのだ。


だから止めない。


でも配置換えは希望する!

せせこましく働きまわる小間使い等では無く、踏ん反り返って偉そうに出来る仕事へ!

具体的には、顧問とかお抱えの冠が付いた魔法使い枠に!


「ふふ、信じていないみたいね。まあいいわ。それよりも用意しなさい」


「用意?なんのですか?」


急に用意と言われて首を捻る。

今日の予定は夕方までこの糞広い――っと、私としたことが下品な言葉を想像しちゃったわ。まあこの広大な屋敷を掃除する予定なのだが。


そこでピンとくる。

お嬢様には以前から配置換えを申請していた。

それも猛烈に。

そんな私の熱意に押され、遂に要望が通ったに違いない。


「ひょっとして配置替えですか!?」


「ええ、そうよ。だから準備してらっしゃい 」


やった!

私は勝ち組だ!

これであの憎ったらしい執事長ともおさらばよ!


私の気分は正に天にも昇る気持ちだった。

彼女の次の一声が聞こえるまでは。


「旅の準備を――」


「へ?」


ん?

今なんて言った?

旅?足袋?度?


あれ、聞き間違い……かな?

今旅の準備って聞こえたような?

そんなわけないよね?

だって今してたのは、配置換えの話なわけだし。


どう考えても前後で内容がつながらない。

きっと聞き間違いに違いない。

もしくは暗号。


そう思い聞き直そうとするが――


「今日から貴方と私。それにペイルの三人で旅に出るわ。これからは、貴方にはメイドでは無く旅の従者として働いて貰います」


そう告げるとお嬢様は極上の笑顔を私に向ける。

普段なら見とれてしまう程の蕩ける様な甘い笑顔なのだが、今回ばかりはそれ所ではなかった。


「き……聞いてませんよそんな事!?」


「今伝えたわ。これは決定事項で、貴方に拒否権は無しよ。さあ、早く準備してらっしゃい」


お嬢様の決定は絶対だ。

彼女には誰も逆らえない。


ミャウハーゼン家の威光?そんなものは関係ない。

家とは関係なしに、彼女は自分の我儘を絶対に通す方だった。

その為の能力を彼女は備え、手段だって択ばない恐ろしい存在なのだ。


「念願の配置換えよ。良かったわね」


こうして念願の部署移動が行われる。

メイドから旅のお供に。


「結局重労働じゃないですか!やだー!」


私は楽がしたいのだ。

どう考えてもメイドより旅の従者の方がきつい。

マジ勘弁してください。


勿論そんな願いなど通るはずも無く。

私の旅が始まってしまう。


長く辛い旅が――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る